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御書に見る「成仏を約束された人々」30

 投稿者:サム  投稿日:2017年11月18日(土)00時29分38秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」30

上野殿(南条家一族)3

南条家一族の続きです。
南条平七郎は南条家一族と思われるが、生没年不詳。本尊供養御書を賜る。
南条九郎太郎も南条家一族と思われるが、詳細は不明。建治2年と弘安元年の計2編の九郎太郎殿御返事が遺されている。南条家一族の真心を大聖人が讃嘆されている。


「須弥山に近づく鳥は金色となるなり、阿伽陀薬は毒を薬となす、法華経の不思議も又是くの如し凡夫を仏に成し給ふ」(本尊供養御書1536頁)建治2年12月 55歳御作 南条平七郎に与う
通解:須弥山に近づく鳥は金色となり、阿伽陀薬(最も効力がある薬)は毒を薬とします。法華経の不思議な功力もまた同様なのです。凡夫を仏に成されるのです。
※法華経の不思議(功力)は凡夫を仏にする事と仰せです。


「悪積れば地獄となる.善積れば仏となる・女人は嫉妬かさなれば毒蛇となる。法華経供養の功徳かさならば・あに竜女があとを・つがざらん、山といひ・河といひ・馬といひ・下人といひ・かたがた・かんなんのところに・度度の御志申すばかりなし。御所労の人の臨終正念・霊山浄土疑なかるべし・疑なかるべし。」(南条殿女房御返事1547頁)弘安元年5月 57歳御作 南条七郎次郎の女房に与う
通解:悪が積もれば地獄に堕ち、善行を積めば仏となります。女人は嫉妬が重なれば毒蛇となります。法華経供養の功徳が重ければ、竜女のあとを継いで成仏する事は間違いありません。身延まで来るのに山といい、河といい・馬といい、下人といい、何かと御苦労の多いところに、度々の御供養のお志、申し述べようもありません。かねて病気であった人が臨終正念であったとの事ですが、霊山浄土(に参る事)は疑いありません。重ねて絶対に疑いありません。
※時光夫人の信心を称賛され、他の御抄から病気で亡くなったのは「石川兵衛入道殿のひめ御前」と考えられるが、霊山浄土に参る(仏に成る)だろうと断じられている。


「念仏は多けれども仏と成る道にはあらず・戒は持てども浄土へまひる種とは成らず、但南無妙法蓮華経の七字のみこそ仏になる種には候へ、此れを申せば人はそねみて用ひざりしを故上野殿信じ給いしによりて仏に成らせ給いぬ、各各は某の末にて此の御志をとげ給うか、竜馬につきぬる・だには千里をとぶ、松にかかれる・つたは千尋をよづと申すは是か、各各主の御心なり」(九郎太郎殿御返事、題目仏種御書1553-4頁)弘安元年11月 57歳御作 南条九郎太郎に与う
通解:念仏を多く称えても、仏になる道とはならないのです。戒は持っていても、浄土へ参る種とはならないのです。ただ南無妙法蓮華経の七字だけが仏になる種なのです。この事を言えば、人は妬んで用いなかったのに、故上野殿は信じられた事によって仏に成られたのです。あなたがたは、その一族であって、この御志を果たされるでしょう。竜馬に取り付いたダニは千里を飛び、松に懸ったツタは千尋をよじ登るというのはこの事でしょう。あなたがたは、故上野殿と同じ心です。
※人の偉大さは信受する法により決まり、成仏が成就できる妙法を信受する九郎太郎の心は、故兵衛七郎と同じであると称賛されている。


「つちのもちゐを仏に供養せし人は王となりき、法華経は仏にまさらせ給う法なれば供養せさせ給いて、いかでか今生にも利生にあづかり後生にも仏にならせ給はざるべき、その上みひんにして・げにんなし、山河わづらひあり、たとひ心ざしありとも・あらはしがたきに・いまいろをあらわさせ給うにしりぬ、をぼろげならぬ事なり、さだめて法華経の十羅刹まほらせ給いぬらんと・たのもしくこそ候へ」(九郎太郎殿御返事、題目仏種御書1553-4頁)弘安元年11月 57歳御作 南条九郎太郎に与う
通解:土の餅を仏に供養した人が王となりました。法華経は仏より勝れた法なので、この法華経に供養された人が、どうして今生で利益を得て、後生に仏に成れない事があるでしょうか。その上、貧しい身なので下人もいません。山河を超えるのにも苦労が多いのです。たとえ志はあっても、行為に表す事は難しいのです。しかしながら、今、貴殿が志を現されたのを見ても、その信心が薄っぺらでない事が解ります。必ず法華経の十羅刹女が守られるであろうと頼もしく思っています。
※苦しい中で御供養された九郎太郎の真心を大聖人は照覧され、讃嘆されている。


「法華経は草木を仏となし給う・いわうや心あらん人をや、法華経は焼種の二乗を仏となし給う・いわうや生種の人をや、法華経は一闡提を仏となし給う・いわうや信ずるものをや」(上野殿御返事1559頁)弘安2年8月 58歳御作
通解:法華経は心のない草木を仏とするのです。ましてや、心ある人間はなおさらです。また、法華経は仏となる種を焼いて芽が出る筈もないとされている二乗を仏とするのです。ましてや生きた種を持つ人はなおさらなのです。法華経は一闡提(正法を信ぜず成仏する機縁を持たない衆生)を仏とするのです。まして法華経を信ずる者はなおさらなのです。
※草木と異なり心があり、二乗と異なり成仏の種子を有し、一闡提と異なり法華経(御本尊)を信受する時光の成仏は間違いないと激励されている。


 
 

御書に見る「成仏を約束された人々」29

 投稿者:サム  投稿日:2017年11月15日(水)14時00分19秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」29

上野殿(南条家一族)2

南条家一族の続きです。
南条とは元々は伊豆国南条郷(静岡県田方郡韮山町)という地名を指すが、駿河国富士郡上野郷の地頭の南条家が以前に南条郷に住していたのでこう呼ばれる。性格温厚な南条兵衛七郎夫妻には5男4女の子があり、主人は鎌倉在勤時に大聖人に帰依して行増と名のるも念仏を捨て切れず病床に伏していたが、文永元年の南条兵衛七郎殿御書(慰労書)を賜り、念仏を断って妙法の信心を貫いたとされる。主人は次男・時光が7歳、五男・七郎五郎が母の胎内にいる時に死去するが、その死は夫人及び親族の信心の転機になったと思われる。


「此の御房は正月の内につかわして御はかにて自我偈一巻よませんとをもひてまいらせ候、 御とのの御かたみもなしなんとなげきて候へば・とのをとどめをかれける事よろこび入つて候、故殿は木のもと・くさむらのかげ・かよう人もなし、仏法をも聴聞せんず・いかにつれづれなるらん、をもひやり候へばなんだもとどまらず、とのの法華経の行者うちぐして御はかにむかわせ給うには・いかにうれしかるらん・いかにうれしかるらん。」(春の祝御書1510頁)文永12年1月 南条兵衛七郎の遺族に宛てたと推定される。
通解:この御房(日蓮の弟子)を正月のうちに遣わして、御墓前で法華経の自我偈一巻を読誦させようと思って行かせたのです。故殿の御形見も無いなどと嘆いていましたが、殿(子息の時光のこと)を止め置かれていた事は、喜ばしい事です。故殿は今でも木のもと、草むらの陰で人が通う事もなく、仏法を聴聞する事もできず、いかに寂しい処でしょうか。それを思いやると涙も止まりませんが、殿が法華経の行者をうち連れて、墓に参られたならば、(故殿は)どんなにうれしい事でしょう。重ねてうれしい事でしょう。
※兵衛七郎の忘れ形見として若い時光が、信心の跡を継いで南条家を支える事に期待を寄せている。


「いふにかひなきものなれども約束と申す事はたがへぬ事にて候に、さりとも・仏前の御約束をば・たがへさせ給い候べき、もし此の事まことになり候はば・わが大事とおもはん人人のせいし候、又おほきなる難来るべし、その時すでに此の事かなうべきにやとおぼしめして・いよいよ強盛なるべし、さるほどならば聖霊・仏になり給うべし、成り給うならば来りてまほり給うべし、其の時一切は心にまかせんずるなり、かへす・がへす人のせいしあらば心にうれしくおぼすべし」(上野殿御返事、阿那律果報1512頁)建治元年5月 54歳御作 上野次郎光時に与う
通解:言っても効果がない者であっても約束した事は違えないのが習いですから、この人々が仏前の御約束を違えられる事がどうしてあるでしょうか。もしこの事が本当になるならば、自身が大事と思う人々が信心を制止する様に働き、また大難が来るのです。その時こそまさにこの事が叶うに違いないと確信して、いよいよ強盛に信心すべきなのです。そうであるならば聖霊は成仏されるでしょうし、成仏されたならばこちらに来て守護されるでしょう。その時こそ一切は心のままなのです。くれぐれも人(権力者)からの制止があったならば、心から嬉んで臨んでいきなさい。
※権力者や身近な人が信心を妨げ様とする難に対して、正法を持つ者の心構えを教えられている。


「仏教の四恩とは一には父母の恩を報ぜよ・二には国主の恩を報ぜよ・三には一切衆生の恩を報ぜよ・四には三宝の恩を報ぜよ、(中略)三に一切衆生の恩を報ぜよとは、されば昔は一切の男は父なり・女は母なり・然る間・生生世世に皆恩ある衆生なれば皆仏になれと思ふべきなり、(中略)何れか四恩を報ずる経有りと尋ぬれば法華経こそ女人成仏する経なれば、八歳の竜女・成仏し・仏の姨母キョウ曇弥・耶輸陀羅比丘尼記ベツにあづかりぬ、されば我等が母は但女人の体にてこそ候へ・畜生にもあらず蛇身にもあらず・八歳の竜女だにも仏になる、如何ぞ此の経の力にて我が母の仏にならざるべき、されば法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり、我が心には報ずると思はねども此の経の力にて報ずるなり。然る間.釈迦・多宝等の十方.無量の仏・上行地涌等の菩薩も.普賢・文殊等の迹化の大士も.舎利弗等の諸大声聞も・大梵天王.日月等の明主諸天も・八部王も.十羅刹女等も・日本国中の大小の諸神も・総じて此の法華経を強く信じまいらせて余念なく一筋に信仰する者をば影の身にそふが如く守らせ給ひ候なり、相構て相構て心を翻へさず・一筋に信じ給ふならば・現世安穏・後生善処なるべし」(上野殿御消息、四徳四恩御書1527-8頁)建治元年 54歳御作
通解:仏教の四恩とは、一には父母の恩を報ぜよ・二には国主の恩を報ぜよ・三には一切衆生の恩を報ぜよ・四には三宝の恩を報ぜよ、ということです。(中略)三に一切衆生の恩を報ぜよとは、三世の生命から見れば、すべての男は過去世には父であり、すべての女は母です。こうして、生生世世にみな恩ある衆生ですから、一切衆生が成仏する様にと願うべきです。(中略) いずれの経に四恩を報ずる経があるかと尋ねてみると、法華経こそ女人成仏が説かれた経です。八歳の竜女は成仏し、釈尊の姨母憍曇弥や耶輸陀羅比丘尼も成仏の記別を受けているのです。従って、我等が母はただ女人の身ですが、畜生でもなく蛇身でもないのです。八歳の竜女ですら成仏するのですから、どうしてこの法華経の力で我が母が成仏できない事があるでしょうか。それ故に法華経を持つ人こそ、父と母との恩を報じているのです。我が心には恩を報じようとは思わなくても、この経の力によって報じているのです。だから、釈迦・多宝等の十方、無量の仏・上行地涌等の菩薩、普賢・文殊等の迹化の大士、舎利弗等の諸大声聞も、また大梵天王・日月等の明主諸天も、八部王も、十羅刹女等も、日本国中の大小の諸神も、すべてこの法華経を強盛に信じて、余念なく一筋に信仰する人を、ちょうど影の身にそうように守護されるのです。しっかりと心をひるがえさずに一筋に信じあれるならば、現世安穏・後生善処は間違いないのです。
※仏教の四徳を明かし、法華経の女人成仏の例として竜女の成仏を譬えているが、一切衆生の成仏こそが本義である。


「しかるに亦於現世得其福報の勅宣.当於現世得現果報の鳳詔・南条の七郎次郎殿にかぎりて.むなしかるべしや、日は西よりいづる世・月は地よりなる時なりとも・仏の言むなしからじとこそ定めさせ給いしか、これをもつて・おもうに慈父過去の聖霊は教主釈尊の御前にわたらせ給い・だんなは又現世に大果報をまねかん事疑あるべからず」(南条殿御返事、現世果報御書1529-30頁)建治2年正月 55歳御作 南条七郎次郎に与う
通解:だから、「現世にその福報を得る」という如来の勅宣や、「必ず現世に現実も果報を得る」という経文が南条平七郎次郎殿に限って空しい筈があるでしょうか。日が西より昇る様な世の中になり、月が大地から出る様な時であっても、仏の御言葉に虚言はないと定められています。これをもって推し量れば、亡くなられた慈父の聖霊は教主釈尊の御前にお出になり、南条殿がまた、現世に大果報を招く事は疑いないのです。
※献身的に供養の誠を尽くす時光の信心によって亡き父も必ず成仏し、時光自身も現世において大福運に包まれる事は間違いないと断言されている。


「夫れ衣は身をつつみ・食は命をつぐ、されば法華経を山中にして読みまいらせ候人を・ねんごろに・やしなはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ・法華経の命をつぐにあらずや、妙荘厳王は三聖を山中にやしなひて・沙羅樹王仏となり、檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏とならせ給ふ、されば必ずよみかかねども・よみかく人を供養すれば仏になる事疑ひなかりけり、経に云く『是の人仏道に於て決定して疑有ること無けん』」(南条殿御返事1530頁)建治2年3月 55歳御作
通解:さて衣服は身を包み、食物は命をつぐものです。それ故に、法華経を山中で読み修行する人を手厚く供養されるのは、釈迦仏を供養申し上げ、法華経の命をつぐ事と同じではないでしょうか。妙荘厳王は三人の修行者を山中に養った功徳により沙羅樹王仏となり、須頭檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏となられた。とすれば(法華経を)読み書く事をしなくても、読み書く人を供養するならば成仏する事は疑いないのです。経に「是の人仏道に於いて仏になることは決定して疑い無い」と説かれているのです。
※「財供養にとどまらず、自ら自行化他にわたって実践するならば、成仏は間違いない」と仰せであると拝せられる。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」28

 投稿者:サム  投稿日:2017年11月14日(火)17時01分54秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」28

上野殿(南条家一族)1

上野殿は、当初、南条兵衛七郎入道行増【生年不祥】の通称であったが、入道没後は嗣子の南条七郎次郎時光の事を云う。父子共に上野郷の地頭だったので此の名がある。七郎入道行増は伊豆国南条(静岡県田方郡)の出身の北条家の御家人で、後に駿河国富士郡上方の荘上野郷(静岡県富士宮市上野)の地頭に転じた。鎌倉在勤中に大聖人に帰依し信心篤かったが、文永2(1265)年3月に没した。夫人は松野六郎左衛門の娘で入道没後も信心に励み、多くの子供を育成したが、特に二男の七郎次郎時光が立派に父の跡を継ぎ、日興上人の身延離山、大石寺建立は、時光が居なければ有り得ず、富士興門派の存続も無かったでしょう。賜った御抄も門徒の中で最も多く60編にも及んでおり、中でも時光宛の方が圧倒的に多く遺されている。


「御所労の由承り候はまことにてや候らん、世間の定なき事は病なき人も留りがたき事に候へば・まして病あらん人は申すにおよばず・但心あらん人は後世をこそ思いさだむべきにて候へ、又後世を思い定めん事は私にはかなひがたく候、一切衆生の本師にてまします釈尊の教こそ本にはなり候べけれ。」(南条兵衛七郎殿御書、慰労書1493頁)文永元年12月 43歳御作 南条兵衛七郎に与う
通解:(兵衛七郎殿は)御病気であるとお聞きしましたが事実でしょうか。世間が無常であるという事は、病気でない人も死を免れる事はできないのですから、ましてや病気の人は申すまでもありません。故に心ある人は後世の事を考え定めておくべきです。その後世を考え定める事は、自分の力では不可能です。一切衆生の本師であられる釈尊の教えこそが根本となるのです。
※大聖人は南条兵衛七郎氏の病を慰労され、仏法の重要性を明かそうとされている。


「もし・さきにたたせ給はば梵天・帝釈.四大天王・閻魔大王等にも申させ給うべし、日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子なりとなのらせ給へ、よもはうしんなき事は候はじ、但一度は念仏・一度は法華経となへつ・二心ましまし人の聞にはばかりなんど・だにも候はば・よも日蓮が弟子と申すとも御用ゐ候はじ・後にうらみさせ給うな、但し又法華経は今生のいのりともなり候なれば、もしやとしていきさせ給い候はば・あはれ・とくとく見参してみづから申しひらかばや」(南条兵衛七郎殿御書、慰労書1498頁)
通解:もし日蓮より先に旅立たれたならば、梵天・帝釈天・四大天王・閻魔大王等に申し上げなさい。日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子であると名乗りなさい。よもや粗略な扱いはされないでしょう。但し、一度は念仏、一度は法華経を唱えるという様に二心があって、人の風聞でいっぱいになる様な事があるならば、日蓮の弟子と名乗られても、お用いにはならないでしょう。後になって恨んではなりません。但し法華経は今生の祈りとなるものですから、ひょっとして生き延びられる事があれば、一刻も早くお会いして、日蓮自らお話したいものです。
※もし病気を治し生命を延ばせたならば、直接お会いして法華経の信心について語りたいと、述べられている。


「生生世世の間ちぎりし夫は大海のいさごのかずよりも・ををくこそをはしまし候いけん、今度のちぎりこそ・まことのちぎりのをとこよ、そのゆへは・をとこのすすめによりて法華経の行者とならせ給へば仏とをがませ給うべし、いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門これなり、法華経の第四に云く、「若し能く持つこと有れば即ち仏身を持つなり」云云。
夫れ浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ」(上野殿後家尼御返事、地獄即寂光御書1504頁)文永11年7月 53歳御作
通解:生死を繰り返す間に、(尼御前が)夫婦の契りを交わした男性は大海の砂の数よりも多くいらっしゃるでしょうが、この度の契りこそ真実の絆で結ばれた夫なのです。その理由はあなた(尼御前)が夫の勧めによって法華経の行者となられたからです。だから、(亡き夫を)仏として拝すべきです。生きておられた時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なのです。即身成仏という重要な法門はこの事なのです。法華経の第四の巻、宝塔品に「若し能く(この経を)持ち続けるならば、すなわちこれ仏身を持つことになる」とあります。
さて浄土といっても地獄といっても外にあるのではありません。ただ我等の胸中にあるのです。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫といいます。これを悟る事ができるのは法華経なのです。もしそうであるならば、法華経を受持する者は「地獄即寂光」と悟る事ができるのです。
※亡夫(南条兵衛七郎)の生死不二の成仏(尊敬に値すれば生死は不問)の原理を述べられ、地獄即寂光の妙理を明かされている。


「故聖霊は此の経の行者なれば即身成仏疑いなし、さのみなげき給うべからず、又なげき給うべきが凡夫のことわりなり、ただし聖人の上にも・これあるなり、釈迦仏・御入滅のとき諸大弟子等のさとりのなげき・凡夫のふるまひを示し給うか。」(上野殿後家尼御返事1506頁)文永11年7月 53歳御作
通解:故聖霊(南条兵衛七郎殿)は法華経の行者だったので即身成仏は疑いありません。だからさほどに嘆かれる事はないのです。しかし嘆かれるのもまた凡夫である道理なのでしょう。ただし聖人にもそれはあるのです。釈迦仏が御入滅された時の覚りを得ている諸大弟子等の嘆きは、凡夫の振る舞いを示されたものなのでしょうか。
※南条兵衛七郎の成仏を約束され、聖人の嘆き悲しむ例を挙げられている。


「此の法華経は他経にもすぐれさせ給へば・多宝仏も証明し諸仏も舌を梵天につけ給う、一字一点も妄語は候まじきにや。其の上殿はをさなくをはしき、故親父は武士なりしかども・あなかちに法華経を尊み給いしかば・臨終正念なりけるよしうけ給わりき、其の親の跡をつがせ給いて又此の経を御信用あれば・故聖霊いかに草のかげにても喜びおぼすらん、あわれいきてをはせば・いかにうれしかるべき、此の経を持つ人人は他人なれども同じ霊山へまいりあわせ給うなり、いかにいはんや故聖霊も殿も同じく法華経を信じさせ給へば・同じところに生れさせ給うべし」(上野殿御返事1508-9頁)文永11年11月 53歳御作
通解:この法華経は他の経よりも勝れて真実を説いている経なので、多宝仏も証明され、諸仏も舌を梵天につけて証明されているのです。一字一点も妄語がある筈はありません。その上、殿は幼少でした。亡き父君は武士だったが、強盛に法華経を信仰されていたので、臨終正念であったと承っています。その親の跡を継がれて、またこの経を信仰されているので、亡き聖霊が、どんなにか草葉の陰で喜ばれている事でしょう。もしも生きておられたならばどれほどうれしく思われる事でしょう。この経を受持する人々は、他人であっても同じく霊山へ参ってまた会う事ができるのです。ましてや故聖霊も殿も同じく法華経を信仰されているのですから必ず同じ所にお生まれになられるでしょう。
※同じ正法を信じる父子が、必ず霊山に生まれ再会できると、信心を励まされている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」27

 投稿者:サム  投稿日:2017年10月18日(水)12時45分22秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」27

大学三郎夫妻

大学三郎とは比企能員の子とされる比企大学三郎能本のこと。建仁2(西暦1202)年に生まれ、京都で儒学を学び、順徳上皇に仕え、後に鎌倉に下り、文応の頃に大聖人に帰依した。立正安国論の校訂者とも云われ、弘安9(1286)年に逝去しているが、大聖人の御遷化記録(日蓮聖人年譜、富要集5巻142頁)の大聖人御葬送の次第において、9番目に『次仏 大覚三郎』とあり、夫婦共に純真な信心を貫き通したと考えられ、大聖人からの御消息文として、大学三郎殿御書、月水御書が遺されている。


「凡そ一代聖教を披き見て顕密二道を究め給へる様なる智者学匠だにも・近来は法華経を捨て念仏を申し候に何なる御宿善ありてか此の法華経を一偈一句もあそばす御身と生れさせ給いけん。されば此の御消息を拝し候へば優曇華を見たる眼よりもめづらしく・一眼の亀の浮木の穴に値へるよりも乏き事かなと・心ばかりは有がたき御事に思いまいらせ候間、一言・一点も随喜の言を加えて善根の余慶にもやと・はげみ候へども只恐らくは雲の月をかくし塵の鏡をくもらすが如く 短く拙き言にて殊勝にめでたき御功徳を申し隠しくもらす事にや候らんといたみ思ひ候ばかりなり、然りと云えども貴命もだすべきにあらず」(月水御書、方便寿量読誦事、大覚抄1200頁)文永元年 43歳御作 大学三郎妻に与う
通解:およそ一代聖教を聞き見て、顕教、密教の二道を究めたような智者、学匠ですらも、近頃は法華経を捨て念仏を称えているというのに、あなたはどんな宿善があって、この法華経を一偈一句も唱えられる御身と生まれたのでしょうか。それ故、このお手紙を拝見する事は、優曇華を見たよりも珍しく、一眼の亀の浮木の穴に遭うよりも稀な事かと、心から尊い事だと思ったので、一言一点でも隨喜の言葉を加えて、あなたの善根の余慶にもなる様にと励んだのですが、ただおそらくは雲が月を隠し塵が鏡を曇らす様に、短く拙い言葉で、特に優れて素晴らしいあなたの御功徳を隠し、曇らす事になるのではないかと、恐れ思うばかりです。そうは言っても、もしあなたからの御尋ねに、黙っている訳にはいかないので申し上げるのです。
※大聖人は御夫人の法華経受持と積極的に質問する求道心を称賛されている。


「十悪・五逆を造れる者なれども法華経に背く事なければ往生成仏は疑なき事に侍り、一切経をたもち諸仏・菩薩を信じたる持戒の人なれども法華経を用る事無ければ悪道に堕つる事疑なしと見えたり。」(月水御書、方便寿量読誦事、大覚抄1201頁)
通解:十悪・五逆を造った者であっても、法華経に背く事が無ければ、往生成仏は疑いない事です。一切経を持ち、諸仏や菩薩を信じている持戒の人であっても、法華経を用いる事が無かったならば、悪道に堕ちる事は疑いないと経文に書かれているのです。
※法華経信謗の功罪を説かれている。


「古へも女人の御不審に付いて申したる人も多く候へども一代聖教にさして説かれたる処のなきかの故に証文分明に出したる人もおはせず、日蓮粗聖教を見候にも酒肉・五辛・婬事なんどの様に不浄を分明に月日をさして禁めたる様に月水をいみたる経論を未だ勘へず候なり、在世の時多く盛んの女人・尼になり仏法を行ぜしかども月水の時と申して嫌はれたる事なし、是をもつて推し量り侍るに月水と申す物は外より来れる不浄にもあらず、只女人のくせかたわ生死の種を継ぐべき理にや、又長病の様なる物なり例せば屎尿なんどは人の身より出れども能く浄くなしぬれば別にいみもなし是体に侍る事か。」(月水御書、方便寿量読誦事、大覚抄1202頁)
通解:昔も女人のご不審について答えた人も多くいるが、一代聖教に、特にこれとして説かれたところがないから、証文を明らかにした人もいない。日蓮がほぼ聖教を見るにも、酒肉・五辛・婬事などの様に、不浄を明らかに月日をさして禁止している様に、月水(女性特有の月経のこと)を忌む経論はいまだ思いあたらないのです。釈尊在世の時、多くの若い女人が尼になり、仏法を行じましたが、月水の時といって嫌われた事はないのです。この事から推量すると、月水というのは外から来た不浄でもなく、ただ女人としての肉体的特質で、それは生死の種を継ぐべき理(生理)ではないでしょうか。また長患いの様なものです。たとえば屎尿などは、人の身から出ますが、よく清くさえすれば別に忌むべきものではないのです。これと同じ様な事でしょう。
※仏界を有する存在が故に男女を平等視する大聖人の仏法からは、瑣末な差異など問題にならないのです。


「設い世間の諸戒之を破る者なりとも堅く大小・権実等の経を弁えば世間の破戒は仏法の持戒なり、涅槃経に云く『戒に於て緩なる者を名けて緩と為さず乗に於て緩なる者を乃ち名けて緩と為す』等云云、法華経に云く『是を持戒と名く』等云云、重き故に之を留む、事事霊山を期す」(殿御書、権実違目1205頁)建治元年7月 54歳御作
通解:たとえ世間の諸戒を破る者であっても、大乗経と小乗経、権経と実経の経典をわきまえるならば、世間の破戒は仏法では持戒なのです。故に涅槃経には「戒を守ることに緩怠である者を緩怠とはせず、仏智に到る乗り物としての教法を受持することにおいて緩怠である者を、名づけて緩怠となすのである」とあります。また法華経見宝塔品には「法華経を持つ者を戒律を持つ者と名づける」とあります。繁雑になるので筆を止めておきます。委細は霊鷲山でお会いする時に申し上げます。
※「仏法の持戒」とは、最も本源的な法の実践であり、この法理で、一往は大聖人ご自身の仏法上の尊貴を示し、再往は仏法を信じる者の真実の在り方を教えられている。
重要なのは、大聖人は「霊鷲山でお会いする」と言下に大学三郎の成仏を約束されている事です。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」26

 投稿者:サム  投稿日:2017年10月 1日(日)20時14分13秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」26

三沢殿

三沢小次郎は、駿河国(静岡県)富士郡の大鹿窪に住む大聖人門下なれど詳細は不明。所領を有する領主である事が覗われ、立場上とかく北条幕府の嫌疑を意識して大聖人より遠ざかりがちであった。大聖人は氏に対して、情味ある温かい言葉で激励されると共に立場を考慮され、病気の噂の折りにも使いを出そうと思案しながら本人の迷惑になる事を恐れて中止されたほどである。氏は他の終始不退の信心を貫いた武士門下とは大いに異なり、頂いた御消息文も数少なく、三沢御房御返事と三沢抄が遺されている。


「佐渡の国の行者数多此の所まで下向ゆへに今の法門説き聞かせ候えば未来までの仏種になる事是れ皆釈尊の法恩ありがたし」(三沢御房御返事1486頁)文永12年2月 54歳御作 三沢小次郎に与う
通解:佐渡の国の行者が沢山此の場所まで来られたので、いま日蓮が弘通する法門を彼らに説き聞かせました。従ってこれにより尽未来までの仏種(仏種子ともいい、成仏の種、衆生の仏性のことで、衆生の成仏得道の因種を草木の種子に喩えたもの)となる事でしょう。これはみな釈尊の法恩であって、ありがたい事です。
※身延におられた大聖人が何故か、駿河の三沢氏に佐渡の信徒の求道心の尊さを述べておられる。


「抑仏法をがくする者は大地微塵よりをほけれども・まことに仏になる人は爪の上の土よりも・すくなしと・大覚世尊・涅槃経にたしかに.とかせ給いて候いしを、日蓮みまいらせ候て.いかなれば・かくわ・かたかるらむと・かんがへ候いしほどに・げにも・さならむとをもう事候、仏法をばがくすれども或は我が心のをろかなるにより或はたとひ智慧は・かしこき・やうなれども師によりて我が心のまがるをしらず、仏教をなをしくならひうる事かたし、たとひ明師並に実経に値い奉りて正法をへたる人なれども生死をいで仏にならむとする時には・かならず影の身にそうがごとく・雨に雲のあるがごとく・三障四魔と申して七の大事出現す、設ひ・からくして六は・すぐれども第七にやぶられぬれば仏になる事かたし」(三沢抄、佐前佐後抄1487頁)建治4年2月 57歳御作 三沢小次郎に与う。
通解:さて「仏法を学ぶ者は大地の微塵の数よりも多いけれども、真実に仏に成る人は爪の上の土よりも少ない」と大覚世尊が涅槃経に確かに説かれているのを日蓮が拝見して、どうしてそんなに難しいのかと考えた時に、なるほどそうであろうと思う事があります。
 仏法を学んでも、あるいは自分の心が愚かである事により、あるいたとえ智慧は賢いようであっても師匠によって自分の心が曲がってしまっているのを知らずにいる為に、仏教を正しく修学し会得する事は難しいのです。たとえ正師および実経に値えて正法を得た人であっても、生死を出離して仏に成ろうとする時には、必ず影が身に添う様に、雨の時に雲がある様に三障四魔といって七つの大きな障魔が現れてくるのです。たとえ辛うじて六つは通過したとしても、第七番目に破られたならば仏に成る事は難しいのです。
※大聖人の仏法の正意を理解する上で、三沢氏だけでなく、全門下にとっても重要な御教示である。


「各各は又たとい・すてさせ給うとも一日かたときも我が身命をたすけし人人なれば・いかでか他人にはにさせ給うべき、本より我一人いかにもなるべし・我いかにしなるとも心に退転なくして仏になるならば・とのばらをば導きたてまつらむとやくそく申して候いき、 各各は日蓮ほども仏法をば知らせ給わざる上俗なり、所領あり・妻子あり.所従あり・いかにも叶いがたかるべし、只いつわりをろかにて.をはせかしと申し候いき・こそ候へけれ、なに事につけてか・すてまいらせ候べき・ゆめゆめをろかのぎ候べからず。」(三沢抄、佐前佐後抄1489頁)
通解:あなたがたはまた、たとえ法華経を捨てられたとしても、一日方時であっても私の命を助けてくれた人々ですから、どうして他人の様に思えましょうか。もとより私一人はどうなってもよいのです。私がどの様になったとしても心に退転する事なく仏に成るならば、あなたがたをお導きしましよう、と約束を申し上げたのです。あなたがたは日蓮ほども仏法を御存知ない上に、在家の身であり、所領があり、妻子があり、家来がおり、どう見ても初志を貫き通し難いでしょう。ただ愚かなふりをしていなさい、と申し上げた通りにしていきなさい。どうして見捨てる事があるでしょうか。決して決して疎かにする事はないのです。
※門下を何処までも守り抜き、必ず成仏に導こうとする大聖人の御心が我々に迫ってくる御文です。


「とのは・をととしかのけさんの後そらごとにてや候いけん御そらうと申せしかば・人をつかわして・きかんと申せしに・此の御房たちの申せしはそれはさる事に候へども・人をつかわしたらば・いぶせくやをもはれ候はんずらんと申せしかば・世間のならひは・さもやあるらむ、げんに御心ざしまめなる上・御所労ならば御使も有りなんと・をもひしかども・御使もなかりしかば・いつわりをろかにて・をぼつかなく候いつる上無常は常のならひなれども・こぞことしは世間はうにすぎて・みみへまいらすべしとも・をぼへず、こひしくこそ候いつるに御をとづれあるうれしとも申す計りなし、尼ごぜんにも・このよしをつぶつぶとかたり申させ給い候へ」(三沢抄、佐前佐後抄1490頁)
通解:殿は一昨年であったかお会いした後、根拠のない噂でしょうが、御病気と言われていたので「人を遣わして聞いてみよう」と言ったところ、この御房達が言うには「それはそうですが、人を遣わしたならば、却って訝しく思われ、迷惑になるのではないでしょうか」と言ったので「世間の道理はそうかもしれない。現に御志は実直である上、御病気ならば、お使いを寄越されるでしょう」と思っていたのですが、お使いも無かったので、疎遠なふりをしながらも心配していたのです。その上、無常は世の常ですが、去年や今年は世の中が特にひどく、お目にかかれるとも思っていなかったのです。恋しく思っていたところにお便りがあり、嬉しさは申し上げ様が無いほどです。尼御前にも、この事を詳しく話し上げてください。
※大聖人が全ての門下に対して心配りをされている事が解る御抄ですが、残念ながら資料が少なく、三沢氏に成仏を約束された御文は見出せませんでした。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」25

 投稿者:サム  投稿日:2017年 9月29日(金)10時43分47秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」25

弥源太殿

北条弥源太は北条氏の一門であり、大聖人が立正安国論を著わされた当時からの信徒ながら、生没年など詳細は不明。大聖人から賜った御書として、北条弥源太への御状、弥源太殿御返事、弥源太入道殿御返事、弥源太入道殿御消息、の4編が遺されている。入道が大聖人に御供養した太刀として宗近の名刀と他の刀の二振りは、大石寺に存在している筈なのに、共に行方不明になっている。


「日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あつて種種の大難にあへり然るにかかる者の弟子檀那とならせ給う事不思議なり定めて子細候らん相構えて能能御信心候て霊山浄土へまいり給へ。」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1226頁)年号不記載ながら、文永11年2月 53歳御作と推考される。
通解:日蓮は法華経の行者であるが故に、三類の強敵があって、種々の大難にあったのです。それなのに、この様な者(日蓮)の弟子檀那となられた事は不思議な事です。きっと詳しい事情があるのでしょう。よくよく信心を強盛にして霊山浄土に参ってください。
※仏法の鏡に照らせば、種々の大難に遭ったが故に、大聖人は偉大な法華経の行者であり、その弟子である事に無上の誇りを持ちなさいと、指導されている。


「御祈祷のために御太刀同く刀あはせて二つ送り給はて候、此の太刀はしかるべきかぢ・作り候かと覚へ候、あまくに或は鬼きり或はやつるぎ・異朝には・かむしやうばくやが剣に争でか・ことなるべきや・此れを法華経にまいらせ給う、殿の御もちの時は悪の刀・今仏前へまいりぬれば善の刀なるべし、譬えば鬼の道心をおこしたらんが如し、あら不思議や不思議や、後生には此の刀を・つえとたのみ給うべし」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1226-7頁)
通解:御祈祷の為に太刀と刀とを合わせて二振をお送りいただきました。この太刀は相当な刀鍛冶が作ったかと思われます。日本の天国あるいは鬼切あるいは八剣、外国(中国)の干将・莫耶の剣とどうして異なるでしょうか。これを法華経(御本尊)に供養されたのです。あなたのお持ちの時は悪の刀でしたが、今は仏前に来たのですから、善の刀なのです。譬えば鬼が道心を発した様なものです。まことに不思議な事です。後生にはこの刀を杖と頼んでいきなさい。
※奉納された刀は殺人の道具ですが、法華経に供養された故に、前の持ち主の弥源太を死後、悪道に堕ちない様に支える善の刀と成り得る、と仰せです。


「法華経は三世の諸仏・発心のつえにて候ぞかし、但し日蓮をつえはしらとも.たのみ給うべし、けはしき山・あしき道.つえを・つきぬれば・たをれず、殊に手を・ひかれぬれば・まろぶ事なし、南無妙法蓮華経は死出の山にては・つえはしらとなり給へ、釈迦仏・多宝仏上行等の四菩薩は手を取り給うべし日蓮さきに立ち候はば御迎にまいり候事もやあらんずらん、又さきに行かせ給はば日蓮必ず閻魔法王にも委く申すべく候、此の事少しもそら事あるべからず、日蓮・法華経の文の如くならば通塞の案内者なり、只一心に信心おはして霊山を期し給へ、ぜにと云うものは用に・したがつて変ずるなり、法華経も亦復是くの如し、やみには燈となり・渡りには舟となり・或は水ともなり或は火ともなり給うなり、若し然らば法華経は現世安穏・後生善処の御経なり。」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1227頁)
通解:法華経は三世の諸仏の発心の杖なのです。ただし日蓮を杖、柱と頼まれるがよいでしょう。険しい山、悪い道では杖をつくならば倒れないのです。特に手を引かれるならば転ぶ事はないのです。南無妙法蓮華経は死出の山では杖・柱となられ、釈迦仏、多宝仏、上行等の四菩薩はあなたの手をとられるでしょう。日蓮が先に霊山に立つならば、あなたをお迎えにいく事もあるでしょう。また、あなたが先にお行きになるなら、日蓮は必ず閻魔法王にも詳しく申し上げましょう。この事は少しも虚偽の事ではないのです。日蓮は法華経の文の通りならば、通塞の案内者(通塞とは通る事と塞がる事で、運の開く事と開かない事を意味し、その案内者は生死・煩悩の悪道を案内して衆生を仏道に導く者の意で仏のこと)なのです。ただ一心に信心を持たれて霊山を目指しなさい。銭というものは使い様によって変わるのです。法華経もまた同じです。闇には燈となり、渡りには舟となり、あるいは水ともなり或いは火ともなるのです。それ故、法華経は「現世は安穏にして後には善処に生じる(薬草喩品の文)」の御経なのです。
※法華経・即ち南無妙法蓮華経があらゆる仏の発心の杖(仏道を遂げる為の支え)であり、貴方は日蓮を支えとし、法は「死出の山」でも支えに為るのだから、信心を貫き通して成仏を目指しなさいと、激励されている。


「能く能く諸天にいのり申べし、信心にあかなくして所願を成就し給へ女房にも・よく・よく・かたらせ給へ」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1227頁)
通解:よくよく諸天に祈りなさい。信心に怠りない様にして、所願を成就してください。女房にもよくよく語り伝えてください。
※重ねてどこまでも妻ともども、信心に励み、心合せて祈り、所願を成就してくださいと指導されている。


「御音信も候はねば何にと思いて候つるに御使うれしく候、御所労の御平愈の由うれしく候うれしく候、尚仰せを蒙る可く候」(弥源太入道殿御返事、転子病御書1228頁)文永11年9月 53歳御作
通解:お便りもなかったので、どうされたかと案じていたところに、このお便りがあり嬉しく思っています。ご病気も快復されたとの事、重ねて嬉しい限りです。なお仰せ(質問)を承りたく期待しています。
※大聖人は本抄でも、弟子への深い心遣いと共に、弟子を育てる為に質問を受ける事を期待されている。


「日蓮は度度知つて日本国の道俗の科を申せば是は今生の禍・後生の福なり、(中略)又は日蓮房が存知の法門を人に疎ませんとこそたばかりて候らめ、あまりの事どもなれば誑惑顕われなんとす、但しばらく・ねうじて御覧ぜよ、根露れぬれば枝かれ・源渇けば流尽くると申す事あり」(弥源太入道殿御消息、建長寺道隆事1229頁)弘安元年8月 57歳御作
通解:日蓮はこの事を知って、たびたび日本国の道俗の誤りを諌めたので、これは今生には迫害を受ける禍であっても、後生には福となるのです。(中略)又は日蓮の存知の法門を人に疎ませようとして、噂を仕組んだものでしょう。しかしあまりの仕打ちなので、その誑惑(人をだまし惑わすこと、たぶらかし)が露見しかけているのです。ただしばらく我慢してご覧なさい。根が露われれば枝は枯れ、源が渇けば流れは途絶えるという道理なのです。
※大聖人の真の弟子ならば、いかなる時代・立場であれ、どんなに「今生の禍」を惹き起こそうとも「後生の福」の為、正義を貫き、邪悪に対しては敢然と責める精神である事を教示されている。しかしながら、弥源太入道の成仏の確約を一切提示されていないのは、残念でなりません。


 

東方出版刊 苅田定彦 『法華経〈仏滅後〉の思想』

 投稿者:愚人  投稿日:2017年 9月 2日(土)20時41分30秒
  大乗仏教の起こりは阿羅漢を目指す伝統仏教の僧院の中から、菩薩道を行じてブッダになることを目指す僧が顕れたことによるそうですね。

その中で法華経は、ほんらい皆ボサツであり成仏確定者であることを説いているそうです。
 

御書に見る「成仏を約束された人々」24

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月30日(水)01時13分30秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」24

内房女房とその父


内房女房と内房尼御前と同人物ではなく、むしろ内房女房の母親が内房尼御前とも推考される。駿河国(静岡県)庵原郡の内房の住人で大聖人の檀那とされるが、詳細は不明。三沢抄には、内房尼御前が、神社参拝のついでに大聖人にお会いしょうとして、厳しく追い返されている。内房女房御返事には、内房女房が、父の百か日追善供養に大聖人に布施十貫文を献じ、願文を奉って「女弟子大中臣氏敬白」と署名しており、神祇に関係した人物か。布施の状況から経済的に裕福な婦人であったと思われる。内房女房への御消息文は、内房女房御返事の外には遺されていなく、此処で大聖人が亡父の成仏を約束されている。


「うつぶさの御事は御としよらせ給いて御わたりありしいたわしくをもひまいらせ候いしかども・うぢがみへあまいりてあるついでと候しかば・けさんに入るならば・定めてつみふかかるべし、其の故は神は所従なり法華経は主君なり・所従のついでに主君への・けさんは世間にも・をそれ候、其の上尼の御身になり給いては・まづ仏をさきとすべし、かたがたの御とがありしかばけさんせず候、此の又尼ごぜん一人にはかぎらず、其の外の人人も・しもべのゆのついでと申す者をあまた・をひかへして候、尼ごぜんは・をやのごとくの御としなり、御なげきいたわしく候いしかども此の義をしらせまいらせんためなり。」(三沢抄、佐前佐後抄1489-90頁)建治4年2月 57歳御作 三沢小次郎に与う
通解:内房の尼御前の事は、お年をめされてお越しになり、気の毒に思ったけれども、氏神へ参詣するついでという事であったので、お目にかかるならば必ず罪業が深くなるでしょう。その理由は、神は家来であり、法華経は主君なのです。家来の所へ行くついでに主君を訪ねるというのは、世間でもおそれ多い事です。その上、尼の身にあったからには、まず仏を先とすべきです。あれこれと過ちがあったので対面しなかったのです。また、この尼御前一人に限った事ではないのです。その他の人々にも、下部の湯のついで、という者を数多く追い返しています。尼御前は親の様な年齢であり、お嘆きの事については心が痛んだけれども、この法義をお知らせしておきたい為だったのです。
※神社参拝を優先された内房尼御前に対し、大聖人が信心上の不心得を厳しく御指導されている。


「内房よりの御消息に云く八月九日父にてさふらひし人の百箇日に相当りてさふらふ、 御布施料に十貫まいらせ候乃至あなかしこあなかしこ、御願文の状に云く『読誦し奉る妙法蓮華経一部読誦し奉る方便寿量品三十巻読誦し奉る自我偈三百巻唱え奉る妙法蓮華経の題名五万返』云云同状に云く『伏して惟れば先考の幽霊生存の時弟子遥に千里の山河を凌ぎ親り妙法の題名を受け然る後三十日を経ずして永く一生の終りを告ぐ』等云云、又云く『嗚呼閻浮の露庭に白骨仮りに塵土と成るとも霊山の界上に亡魂定んで覚蕊を開かん』又云く『弘安三年女弟子大中臣氏敬白す』等云云。」(内房女房御返事、白馬白鳥御書1420-1頁)弘安3年8月 59歳御作
通解:内房からの御手紙に「八月九日は父の百箇日に当たります。御布施料に十貫文をお送り申し上げます。ないし、あなかしこあなかしこ」とあります。また御願文の状に「読誦し奉る妙法蓮華経一部、読誦し奉る方便品・寿量品三十巻、読誦し奉る自我偈三百巻、唱え奉る妙法蓮華経の題名五万遍」云云とあります。また同状に「伏してよく考えてみますと、亡父が生存しておりました時に、弟子(私、内房女房)がはるばる千里の山河をしのいで、(身延山に参り)親しく妙法蓮華経のお題目をお受けし、それから後、三十日を経たずに永く一生の終りを告げました」等とあります。また「ああ、閻浮の露庭に白骨となり、仮に塵土となっても、この功徳によって霊山において亡父の魂は必ず妙覚の悟りを開くでしょう」とあり、また「弘安三年女弟子大中臣氏敬白す」等云云とあります。
※「妙法の題名を受け」は大聖人と一緒にお題目を唱えて頂いたか、御本尊を授与されたのどちらかだろう。女房は、亡父の百日忌にあたり法華経・方便品・寿量品を読誦すると共に五万遍唱題しており、亡父の成仏を願った事が示されている。


「妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし、毒薬変じて薬となる妙法蓮華経の五字は悪変じて善となる、玉泉と申す泉は石を玉となす此の五字は凡夫を仏となす、されば過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人なり、石変じて玉と成るが如し孝養の至極と申し候なり、故に法華経に云く『此の我が二りの子已に仏事を作しぬ』又云く『此の二りの子は是我が善知識なり』等云云。」(内房女房御返事1423頁)
通解:妙法蓮華経の徳を大まかに申し開いていきましょう。毒薬が変じて薬となるとの譬えの様に、妙法蓮華経の五字は、悪が変じて善となるのです。玉泉という泉は石を玉に変えると云われていますが、この五字は凡夫を仏に変えるのです。それ故、過去の慈父尊霊は、存命中に南無妙法蓮華経を唱えていたのですから、即身成仏の人なのです。それはちょうど石が変じて玉となる様なものです。これこそ孝養の至極というべきで、法華経の妙荘厳王本事品に「この我が二人の子がすでに仏事をなした」とあり、また「この二人の子はこれ我が善知識である」と説かれています。
※内房女房の父親は、生存中の唱題により「即身成仏の人」と断じられ、妙荘厳王本事品の「子が親を正法に導く」事例を引いて、内房女房自身も妙法を信受して父親にも唱題させた事こそ「孝養の至極」と称賛されている。


「氏女の慈父は輪陀王の如し氏女は馬鳴菩薩の如し、白鳥は法華経の如し・白馬は日蓮が如し・南無妙法蓮華経は白馬の鳴くが如し、大王の聞食して色も盛んに力も強きは、過去の慈父が氏女の南無妙法蓮華経の御音を聞食して仏に成せ給ふが如し。」(内房女房御返事1424頁)
通解:氏女(内房女房のこと)の慈父は輪陀王の様であり、氏女は馬鳴菩薩の様なのです。白鳥は法華経の様であり、日蓮は(輪陀王を蘇らせた)白馬の様であり、南無妙法蓮華経の題目は白馬のいななきの様なものです。そして、輪陀王が(白馬のいななきを)聞かれて色も盛んに、力も強くなった姿は、ちょうど過去の慈父が氏女の唱える南無妙法蓮華の題目を聞かれて、仏に成られた様なものなのです。
※大聖人は、輪陀王が白馬のいななきを聞いて徳と力を増した様に、内房女房の追孝報恩の功徳によって、慈父は必ず成仏するであろうと述べられている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」23

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月28日(月)21時22分2秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」23

新尼と大尼

安房国(千葉県)長狭郡東条は北条の支族で名越家の領知であり、その領地の尼を大尼といい、その嫁が新尼と云われている。新尼は信心が強盛で、大尼は信心が弱く大聖人が佐渡へ流罪された際に退転している。後に大聖人が身延に居られた時、二人は御本尊のお下げ渡しを願い出たが、退転した大尼には渡されず、新尼にはお下げ渡しになっている。拝受した御書には、新尼御前御返事(別名:新尼御前御書、新尼抄)と大尼御前御返事の断簡が遺されている。


「此の御本尊こそ冥途のいしやうなれ・よくよく信じ給うべし、をとこのはだへをかくさざる女あるべしや・子のさむさをあわれまざるをやあるべしや、釈迦仏・法華経はめとをやとの如くましまし候ぞ、日蓮をたすけ給う事・今生の恥をかくし給う人なり後生は又日蓮御身のはぢをかくし申すべし、昨日は人の上・今日は我が身の上なり、花さけばこのみなり・よめのしうとめになる事候ぞ、信心をこたらずして南無妙法蓮華経と唱え給うべし、度度の御音信申しつくしがたく候ぞ、此の事寂日房くわしくかたり給へ。」(寂日房御書903頁)弘安2年9月の御述作で寂日房日家に与えられた書と推定されている。
通解:この御本尊こそ、冥途の恥を隠す衣装なので、よくよく信心してください。夫の膚を隠そうとしない妻がいるでしょうか。子供の寒さを憐れと思わない親がいるでしょうか。釈迦仏・法華経は妻と親の様なものなのです。日蓮に供養し、身を助けてくださる事は、私の今生の恥を隠してくださる人ですから、後生は日蓮があなたの恥をお隠しするでしょう。昨日は他人の上、今日は我が身の上です。花が咲けば必ず実がなり、嫁はやがて姑になる事は疑いない事です。信心を怠らず南無妙法蓮華経と唱えてください。度々のお便りをくださり、いい尽くせない思いです。この事について寂日房から(婦人に)詳しく語ってあげてください。
※本書は、房州出身の寂日房を介して、同地の御婦人(恐らく新尼と思われる)に与えられた感謝と激励に満ちた御指導書と拝される。


「東条左衛門景信が悪人として清澄のかいしし等をかりとり房房の法師等を念仏者の所従にし・なんとせしに日蓮敵をなして領家のかたうどとなり清澄・二間の二箇の寺・東条が方につくならば日蓮法華経をすてんと、せいじやうの起請をかいて日蓮が御本尊の手にゆいつけていのりて一年が内に両寺は東条が手をはなれ候いしなり、(中略)領家の尼ごぜんは女人なり愚癡なれば人人のいひをどせば・さこそとましまし候らめ、 されども恩をしらぬ人となりて後生に悪道に堕ちさせ給はん事こそ不便に候へども又一つには日蓮が父母等に恩をかほらせたる人なればいかにしても後生をたすけたてまつらんと・こそいのり候へ」(清澄寺大衆中894-5頁)建治2年正月 55歳御作
通解:東条左衛門景信は悪人であり、清澄寺で飼っている鹿等を狩り取り、各房の法師等を念仏者の所従にしようと企んだ時に、日蓮はこれに反対をして領家の味方となり、清澄・二間の二つの寺が東条方に付くならば日蓮は法華経を捨てましょう、と真心から起請文を書いて、日蓮が御本尊の手に結びつけて祈ったので、一年の内に両寺は東条方の手を離れたのです。(中略)領家の(大)尼御前は女性であり愚かな人なので、人々が言い嚇すと、そうかと思って納得されるでしょう。だけど恩を知らない人となってしまい、後生に悪道に堕られる事が可哀想ですし、また一つに日蓮の父母等に恩を施された人なので、何としても後生を助けて差し上げようと祈っているのです。
※地頭の東条景信が大尼の領内の二つ寺を奪う等の土地侵犯を企てたのに対し、大聖人は、大尼に味方してこの窮地を助けられており、大尼の後生を心配されている。


「領家は・いつわりをろかにて或時は・信じ或時はやぶる不定なりしが日蓮御勘気を蒙りし時すでに法華経をすて給いき、日蓮先よりけさんのついでごとに難信難解と申せしはこれなり、日蓮が重恩の人なれば 扶けたてまつらんために此の御本尊をわたし奉るならば十羅刹定めて偏頗の法師と・をぼしめされなん、又経文のごとく不信の人に・わたしまいらせずば日蓮・偏頗は・なけれども尼御前我が身のとがをば・しらせ給はずして・うらみさせ給はんずらん、此の由をば委細に助阿闍梨の文にかきて候ぞ召して尼御前の見参に入れさせ給うべく候。」(新尼御前御返事906-7頁)文永12年2月 54歳御作
通解:領家(の大尼御前)は偽り愚かで、ある時は信じある時は破る、という風に信念が定まらなかったのですが、日蓮が御勘気を蒙った(竜の口の法難、佐渡流罪)時に法華経を捨ててしまわれたのです。日蓮が前からお目にかかる毎に「法華経は信じ難く解し難し」と話してきたのはこの事なのです。(領家の大尼御前は)日蓮にとって重恩の人ですから、助けてあげようとこの御本尊をしたためて差し上げるならば、十羅刹はきっと日蓮を偏頗な法師と思われるでしょう。また経文に説かれている通りに不信の人に御本尊を差し上げるならば、日蓮は偏頗ではないけれども、大尼御前は自身の失を知らないで、日蓮を恨まれる事でしょう、その事は詳しく助阿闍梨(領家に親しい人物と思われるが、詳細は不明)の手紙に書いておきましたので、(助阿闍梨を)呼ばれて(大)尼御前に御目にかけてください。
※大聖人は、大尼に御本尊を授与すれば、たとえ重恩の人でも御自身が法義をまげる事になり、授与しなければ「大尼が自分の過ちに気付かず日蓮を恨むでしょう」と大尼の御本尊を戴けない場合の心情を酌み、弟子に丁寧に伝えるようにと配慮されている。


「御事にをいては御一味なるやうなれども御信心は色あらわれて候、さどの国と申し此の国と申し度度の御志ありてたゆむ・けしきは・みへさせ給はねば御本尊は・わたしまいらせて候なり、それも終には・いかんがと・をそれ思う事薄冰をふみ太刀に向うがごとし、くはしくは又又申すべく候、それのみならず・かまくらにも御勘気の時・千が九百九十九人は堕ちて候人人も・いまは世間やわらぎ候かのゆへに・くゆる人人も候と申すげに候へども・此れはそれには似るべくもなく・いかにも・ふびんには思いまいらせ候へども骨に肉をば・かへぬ事にて候へば法華経に相違せさせ給い候はん事を叶うまじき由いつまでも申し候べく候」(新尼御前御返事907頁)
通解:新尼御前は大尼御前と御一緒の様ですが、法華経への信心は形(行動)に現れておられます。佐渡の国までの御心尽くしといい、この国(身延)までといい、度々の厚い志で信心が弛む御様子は見えないので、御本尊をしたためて差し上げたのです。しかし、この先はどうであろうかと思うと、薄い氷を踏み、太刀に向かう様です。詳しくは、また申し上げましょう。それだけではなく、鎌倉での御勘気の時、千人のうち九百九十九人が退転してしまいましたが、それらの人々も今は世間も(日蓮や法華経信仰に対して)和らいできた為か、後悔されている人々もおられるという事です。大尼御前はそれらの人々とは全く違っているので、本当に可哀想だとは思いますが、骨に肉を換えられない道理ですから、法華経に相違された人に御本尊を差し上げる事はできないと、どこまでもお伝えください。
※大聖人は新尼に対しても、縁に紛動されやすい人の心の弱さを指摘し信心の確立を目指しあえて厳しく指導されている。


「日蓮が弟子にもをはせず・よくよく内をしたためて・をほせを・かほり候はん、なづきをわりみをせめて・いのりてみ候はん、たださきの・いのりと・をぼしめせ、これより後は・のちの事をよくよく御かため候へ」(大尼御前御返事908頁)年代不明9月御作
通解:(大尼御前は現在)日蓮の弟子ではありません。それ故、あなたの心の内を充分にしたためて、仰せを承る事に致しましょう。(もし本当に法華経を信じられるならば)頭を破り、身を責めて祈ってみましょう。(しかしそれは)ただ、これから先の祈りと思いなさい。これより後は、後生の事を十分に(思慮し)固められる事が肝要でしょう。
※大聖人は大尼に対して、前文で閻魔王や獄卒の恐ろしさを説かれ、一度は「日蓮の弟子ではない」と突き放しつつも、後生の大苦を思うならば、真剣に信心に励むべきと御指導されている。

結局どちらの尼に対しても、大聖人が成仏を約束された文面は見つけられなかったけれど、素直な信心を貫く新尼と不安定な信心の大尼の両者に、平等に「幸福になって欲しい」との大聖人の御心が伝わってきますね。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」22

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月25日(金)11時43分54秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」22

道善房と浄顕房・義浄房

道善房は安房国(千葉県)の清澄寺の住僧で大聖人幼少時の出家・剃髪の師匠である。浄顕房・義浄房は大聖人の同寺修行時代の兄弟子達で、大聖人を何くれとなく庇護し、開宗の当日に強盛な念仏信者である地頭東条景信等が大聖人を斬殺しようと襲った時も大聖人を匿い逃がしている。道善房に与えられた書は無く、浄顕房には本尊問答抄が、義浄房には義浄房御書が現存し、二人に充てられた御書として、有名な報恩抄を始め、善無畏三蔵抄、華菓成就御書があり、その他、佐渡御勘気抄、清澄寺大衆中は、二人が対告衆と見られている。


「此の功徳は定めて上三宝・下梵天・帝釈・日月までも・しろしめしぬらん、父母も故道善房の聖霊も扶かり給うらん、但疑い念うことあり」(報恩抄323頁)建治2年7月 55歳御作、安房の清澄寺における故師、道善房の追善供養の為、浄顕房・義浄房に送られた御書
通解:この(日蓮の死身弘法の)功徳は、必ずや、上は仏法僧の三宝から下は大梵天王・帝釈天王・日天・月天まで承認される事になるでしょう。故に、わが父母も、故道善房の聖霊も、(この大功徳によって)成仏される事でしょう。但し、疑念する事があるのです。
※大聖人は師匠の故道善房の成仏を願われていますが、下記の理由で苦慮されている。


「故道善房はいたう弟子なれば日蓮をば・にくしとは・をぼせざりけるらめども・きわめて臆病なりし上・清澄を・はなれじと執せし人なり、地頭景信がをそろしさといゐ・提婆・瞿伽利に・ことならぬ円智・実成が上と下とに居てをどせしをあながちにをそれて・いとをしと・をもうとしごろの弟子等をだにも・すてられし人なれば後生はいかんがと疑わし(中略)それにつけても・あさましければ彼の人の御死去ときくには火にも入り水にも沈み・はしりたちても・ゆひて御はかをも・たたいて経をも一巻読誦せんとこそ・おもへども賢人のならひ心には遁世とは・おもはねども人は遁世とこそ・おもうらんに・ゆへもなくはしり出ずるならば末へも・とをらずと人おもひぬべし、さればいかにおもひたてまつれども・まいるべきにあらず、但し各各・二人は日蓮が幼少の師匠にて・おはします、勤操僧正・行表僧正の伝教大師の御師たりしが・かへりて御弟子とならせ給いしがごとし、日蓮が景信にあだまれて清澄山を出でしにかくしおきてしのび出でられたりしは天下第一の法華経の奉公なり後生は疑いおぼすべからず。」(報恩抄323-4頁)
通解:わが師匠・故道善房にとって、日蓮はかわいい弟子であるから、日蓮を憎いとは思わなかったでしょうが、(故道善房は)きわめて臆病であった上に、邪宗清澄山の住職を離れまいと執着した人でした。地頭の東条景信を恐れていたし、また釈尊時代の提婆達多・瞿伽利という悪僧にも異ならない円智や実成(共に清澄山の住僧と思われる)が、それぞれ上と下とに居られて脅かされていたので、大変恐れていたのです。(その為に故道善房は、)最もかわいいと思っていた正法を奉ずる年頃の弟子達までも捨てた様な人でしたから、後生はどうなるだろうかと疑ったのです。(中略)それにしても、(故道善房が法華経を信受した事にはならないと)心から思っていたので、故道善房が亡くなられたと聞いた時には、火の中をくぐり、水の中にも沈み、走って行って、故道善房のお墓をたたいて、法華経一巻を読誦してあげたいと思ったけれど、賢人の習いとして、我が心では遁世とは思っていないが、世の人々は皆遁世と思っているのですから、理由もなく走り出すならば、最後まで志を全うできなかったと、人々は非難するでしょう。従っていかに故道善房のお墓にお参りしたいと思っても、参る訳にはいかないのです。但し、あなた方、浄顕房・義浄房のお二人は、日蓮の幼少時の師匠でした。あたかも勤操僧正と行表僧正は、初め伝教大師の師匠であったが、かえって後に、伝教大師の弟子となられた様なものです。日蓮が東条景信に仇まれて、清澄山を出ようとした時、あなた方二人で、この日蓮を匿い密かに道案内をして無事に逃がしてくださった事は、まことに天下第一の法華経の行者に対するご奉公というべきです。それによって、あなた方二人の後生の成仏は疑う余地のない事なのです。
※大聖人が師の道善房の恩に報いようとの御心情を吐露され、此処で兄弟子であった浄顕房・義浄房の後生の成仏を確約されている。


「いかでかその義候べき、其の義なくば日本国は一同の南無妙法蓮華経なり、されば花は根にかへり真味は土にとどまる、此の功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし」(報恩抄329頁)
通解:(法華経薬王品の経文が空しくなるという)その義があるでしょうか。その義が無ければ、日本国は一同に南無妙法蓮華経と唱えるのは決定的なのです。されば花は根に帰り、菓は土に留まるのです。(日蓮の)この功徳は、道善房の聖霊の御身に集まるでしょう。
※結局、未来永劫の衆生が救済される証明として、完全には日蓮仏法を信受できない道善房だったのに、大聖人の大慈悲は、功徳の回向を約束されている。


「故道善御房は師匠にておはしまししかども法華経の故に地頭におそれ給いて心中には不便とおぼしつらめども外にはかたきのやうににくみ給いぬ、後にはすこし信じ給いたるやうにきこへしかども臨終にはいかにやおはしけむおぼつかなし地獄まではよもおはせじ又生死をはなるる事はあるべしともおぼへず中有にやただよひましますらむとなげかし、 貴辺は地頭のいかりし時・義城房とともに清澄寺を出でておはせし人なれば 何となくともこれを法華経の御奉公とおぼしめして生死をはなれさせ給うべし。」(本尊問答抄373頁)弘安元年9月 57歳御作 浄顕房日仲に与う
通解:故道善御房は師匠でしたが、法華経を信受するか否かの理由で、地頭・東条景信に恐れを抱いており、日蓮の事を心中では気に掛けておられた様ですが、表面上は仇の様に憎んでいたのです。後に法華経を少し信じられた様に聞きましたが、臨終の時はどうであったのか心配なのです。よもや地獄に堕ちたと思えませんが、かといって生死の苦しみから離れたとも思われないので、中有に漂っておられるかと想像すると気の毒に思います。あなた(浄顕房)は東条景信が襲ってきた時、義城房(義浄房)と共に、私を案内して清澄寺から逃がしてくれた人ですから、何か特別な事をしなくてもこれを法華経への御奉公だと確信して、生死の苦しみから離れられると覚悟してください。
※大聖人は道善房には厳しく、浄顕房・義浄房には成仏を約束されています。


「草木は大地なくして生長する事あるべからず、日蓮・法華経の行者となつて善悪につけて日蓮房・日蓮房とうたはるる此の御恩さながら故師匠道善房の故にあらずや、日蓮は草木の如く師匠は大地の如し、(中略)いねは華果成就すれども必ず米の精・大地にをさまる、故にひつぢおひいでて二度華果成就するなり、日蓮が法華経を弘むる功徳は必ず道善房の身に帰すべしあらたうとたうと、よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり」(華果成就御書900頁)弘安元年4月 57歳御作 浄顕房・義浄房に与う
通解:草木は大地が無ければ生長する事ができません。日蓮が法華経の行者となって、善悪につけて日蓮房・日蓮房と呼ばれる様になりましたが、此の御恩はさながら故師匠道善房のおかげなのです。例えば日蓮は草木の様であり、師匠の道善房は大地の様なものなのです。(中略)稲は花を咲かせて果を実らせても、米の精は必ず大地に還ります。故に一度刈り取った後に芽が出て再び花や果を結ぶのです。日蓮が南無妙法蓮華経を弘める功徳は必ず道善房の身に帰るでしょう。まことに貴い事なのです。良い弟子を持てば師弟はとも共に成仏し、悪い弟子を養えば師弟共に地獄に堕ちると言われているのです。
※大聖人という稲を生み出した道善房の大地に、大聖人の米の精が納まり、そこから再び苗が出生するとあり、道善房が成仏するのは疑いないとの大聖人の御心を拝する事ができます。

考察すると、法華経を正視できなかった道善房は、大聖人の仏法を歪曲している現在の日蓮正宗・宗門の姿と重なって見えます。法華経を信受した浄顕房・義浄房は、御書根本で進む創価学会の姿であり、我々・創価学会員は宗門・法華講を含めて全民衆を救済する使命を有するのですね。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」21

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月19日(土)03時17分33秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」21

高橋殿

「高橋六郎兵衛入道は、日興第一の弟子なり、仍て申し与うる所件のごとし」(日興上人の弟子分帳より)と有る通り、日興上人により入信し、大聖人にも信頼篤く、富士周辺信者の最古老であり、夫人は日興上人の叔母である。富士郡南方の賀島(静岡県富士市本市場)に住み、四十九院・熱原の法難中は外護の本拠となり、大井・西山・由比の各氏と同族であり、岩本実相寺に住む筑前房とも深縁であった。一時病気にもなったが、富士一帯に信仰の礎を築き、入道死後も夫人に数々の激励書簡が送られている。


「妙楽大師釈して云く『供養すること有らん者は福十号に過ぐ』と云云、されば仏を供養する功徳よりも・すぐれて候なれば仏にならせ給はん事疑いなし。其の上女人の御身として尼とならせ給いて候なり・いよいよ申すに及ばず。」(高橋殿御返事1457頁) 建治元年7月 54歳御作 高橋入道及びその妻に与えられた書とされる。
通解:妙楽大師法華文句記に「法華経の行者に供養する者は福が十号に過ぐ」と釈されています。この様に釈尊を供養する功徳よりも、末代の法華経の行者を供養する功徳が勝れているのであるから、あなたが成仏される事は疑いないのです。その上、あなたは女人の身でありながら、尼となられたのです。仏になる事はいよいよ間違いないのです。
※供養の功徳の甚大さと夫人の正法堅持の信心を喜ばれている。


「阿闍世王は父をころし仏の敵となれり、悪瘡身に出で後に仏に帰伏し法華経を持ちしかば悪瘡も平癒し寿をも四十年のべたりき、而も法華経は閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ、閻浮の内の人は病の身なり法華経の薬あり、三事すでに相応しぬ一身いかでかたすからざるべき、但し御疑のわたり候はんをば力をよばず」(高橋入道殿御返事1462頁)建治元年7月 54歳御作
通解:阿闍世王は父を殺害し仏の敵となりましたが、悪瘡が身に出て、後に悔いて仏に帰伏して法華経を持ったので、悪瘡も平癒して寿命を四十年延ばしたのです。その上、法華経の薬王菩薩本事品には「閻浮提の人の病の良薬」と説かれているのです。閻浮提(全世界)の人々は病気の身なのですが、それには法華経という薬があるのです。病気回復の為の三事(新田殿御書1452頁での「経・仏・行者」のこと、同書で「経は法華経・顕密第一の大法なり、仏は釈迦仏・諸仏第一の上仏なり、行者は法華経の行者に相似たり、三事既に相応せり檀那の一願必ず成就せんか」とある)は既に相応しているのです。どうして貴方が助からないという理由があるでしょうか。ただし、貴方に法華経への疑いがあるのならば、日蓮の力は及ばないのです。
※病気回復の為の三事は揃っており、疑い無き信心を貫くように勧めて激励されている。


「本末究竟と申すは本とは悪のね善の根・末と申すは悪のをわり善の終りぞかし、善悪の根本枝葉をさとり極めたるを仏とは申すなり、(中略)智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり、殷の代の濁りて民のわづらいしを大公望出世して殷の紂が頚を切りて民のなげきをやめ、二世王が民の口ににがかりし張良出でて代ををさめ民の口をあまくせし、此等は仏法已前なれども教主釈尊の御使として民をたすけしなり、外経の人人は・しらざりしかども彼等の人人の智慧は内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり。」(減劫御書、智慧亡国書1466頁)執筆年代、宛先不明、但し六郎入道の家族に与えられたと推定される。
通解:本末究竟というのは、本とは悪の根本・善の根本であり、末というのは悪の終わり、善の終わりの事です。善悪の根本から枝葉までを悟り極めている人を仏というのです。(中略)智者とは世間の法以外である仏法を行ずる事はありません。世間の治世の法を十分に心得ているのを智者というのです。殷の世が濁乱して民衆が苦しんでいた時に大公望が世に出て殷の紂王の頚を切って民の嘆きを止め、二世王(中国・秦の第二世皇帝・胡亥)が民衆の生活を苦しめた時には張良が出て世の中を治め、民の生活を豊かにしましたが、これらは仏法以前であるけれども教主釈尊の御使として民衆を助けたのです。外道の経書を持った人々は認識しなかったけれども、それらの人々の智慧は実際には仏法の智慧を内心に包含していたのです。
※生活上の事象と仏法とは一体不二であり、世法が一分仏法に通じる事から、大聖人は仏教者でない人物をも高く評価されている。


「又法華の行者をやしなうは慈悲の中の大慈悲の米穀なるべし、一切衆生を利益するなればなり、故に仏舎利変じて米と成るとは是なるべし、かかる今時分人をこれまでつかはし給う事うれしさ申すばかりなし、釈迦仏・地涌の菩薩・御身に入りかはらせ給うか。其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従つて起る是の故に一乗を説くなるべし」(高橋殿御返事、米穀御書1467頁)執筆年代、宛名不明なれど、建治・弘安年間で高橋六郎兵衛宛て、と推定される。
通解:また法華経の行者を養うのは、慈悲の中の大慈悲の米でしょう。一切衆生を利益する事になるからです。故に仏舎利が変じて米と成るというのは、この事なのです。この様な今時分に人を当方まで遣わされた事の嬉しさは、言い様がないほどです。釈迦仏や地涌の菩薩が、あなたの御身に入り替わられているのでしょうか。その国の広宣流布は、あなたにお任せします。仏種は縁によって起こるのです。この為に一乗の法を説くのです。
※大聖人は高橋氏に「その国の仏法流布は、あなたにお任せする」と、深い信頼を寄せられている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」20

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月22日(土)22時24分52秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」20

治部房

大聖人の門下の中老の一人日位とされ、大聖人の墓所輪番では八月勤仕となり、「治部公日位・持師の弟子で孫弟子に当たり庵原郡の住」(堀日亨上人著・日興上人詳伝上210頁)、「(前略)治部房(承賢)日位があつて、共に南条家の支族の出身で日興上人の門下であった」(御書・弟子檀那等列伝21頁)とあり、日興弟子分帳に「一、駿河国四十九院の住治部房(日位)は蓮華闍梨の弟子なり仍て日興之を与え申す、但し聖人御滅後に背き了ぬ」(富要集8巻6頁)とあるが、生没年、略伝等は明らかではない。通俗の伝聞では駿河国(静岡県)安部郡に本覚寺を建立したとされている。賜書に本人への治部房御返事と祖母への盂蘭盆御書の2編が遺されている。

「仏には春の花秋の紅葉・夏の清水・冬の雪を進らせて候人人皆仏に成らせ給ふ、況や上一人は寿命を持たせ給ひ下万民は珠よりも重くし候稲米を法華経にまいらせ給う人・争か仏に成らざるべき」(治部房御返事1425頁)年代不明8月
通解:仏に春の花・秋の紅葉・夏の清水・冬の雪を供養した人々でも、皆、仏に成られるのです。ましてや、上一人の寿命を持ち、下万民が珠より大切にしている白米を法華経に供養された人が、どうして仏にならない事があるでしょうか。
※当時の貴重な白米を法華経に供養されたその信心を褒めておられる。


「我等は過去遠遠劫より菩提をねがひしに、或は国をすて或は妻子をすて或は身をすてなんどして、後生菩提をねがひし程にすでに仏になり近づきし時は、一乗妙法蓮華経と申す御経に値いまいらせ候いし時は、第六天の魔王と申す・三界の主・をはします、すでに此のもの仏にならんとするに二の失あり、一には此のもの三界を出ずるならば我が所従の義をはなれなん、二には此のもの仏になるならば此のものが父母・兄弟等も又娑婆世界を引き越しなん、いかがせんとて身を種種に分けて・或は父母につき・或は国主につき、或は貴き僧となり、或は悪を勧め・或はおどし・或はすかし、或は高僧或は大僧或は智者或は持斎等に成りて或は華厳或は阿含或は念仏或は真言等を以て法華経にすすめかへて・仏になさじとたばかり候なり、法華経第五の巻には末法に入りては大鬼神・第一には国王・大臣・万民の身に入りて法華経の行者を或は罵り或は打ち切りて、それに叶はずんば無量無辺の僧と現じて一切経を引いてすかすべし、それに叶はずんば二百五十戒・三千の威儀を備へたる大僧と成りて国主をすかし国母をたぼらかして、或はながし或はころしなんどすべしと説かれて候。」(治部房御返事1425頁)
通解:我等は過去遠遠劫から菩提を願って、あるいは国を捨て、あるいは妻子を捨て、あるいは身を捨てるなどして後生菩提を願ってきたので、すでに成仏が近づいた時、つまり一乗妙法蓮華経と申す御経に値った時に、第六天の魔王という三界の主が存在して「すでにこの人が仏に成ろうとすれば、自分に二つの損失ができる。一には、この人が三界を離れれば我が所従を離れてしまう。二には、この人が仏に成るならば、父母・兄弟等もまた、娑婆世界を引き越してしまう。どうしてこれを食い止めようか」と、身を種々に変じて、あるいは父母の身に付き、あるいは国主の身に入り、あるいは立派そうな僧となって、あるいは悪を勧め・あるいは脅し・或はすかしたりします。また、高僧・大僧、或は智者・持斎等に成って華厳・阿含・念仏・真言等をもって法華経に勧め代えて、成仏させまいと歎くのです。この事を、法華経の第五の巻・勧持品には「末法に入ると、大鬼神が第一に国王・大臣・万民の身に入って法華経の行者を、あるいはののしり、あるいは打ったり切ったりし、それでもかなわなければ無量無数の僧として現われて、一切経を引いて、すかすであろう。それでもかなわなければ、二百五十戒・三千の威儀を備えた大僧となって、国主をすかし、国母をたぶらかして、あるいは島流しにし、あるいは殺すなどするであろう」と説かれているのです。
※民衆が成仏に近づいた時、成仏をさせない様にあらゆる手段を使って魔が妨害するのです。それに紛動されては、成仏は叶わないのです。


「目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、乃至子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生・三悪道をはなるるのみならず皆初住・妙覚の仏となりぬ、故に法華経の第三に云く『願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん』云云。」(盂蘭盆御書、治部房祖母への書1430頁)建治3年7月 治部房日位の祖母に与う
通解:目連尊者が法華経を信じた大善は、目連自身が仏に成っただけでなく、目連の父母も仏になったのです。また父母のみならず上七代・下七代に及び、ひいては上無量生・下無量生の父母達までが存外に成仏することができるのです。更には、子息・夫妻・所従・檀那・その他無量の衆生までも三悪道を離れる事ができただけでなく、皆、ことごとく初住・妙覚の仏と成ったのです。だから、法華経の第三の巻の化城喩品に「願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」と説かれているのです。
※我々自身の人間革命が、一切の環境を善知識の方向へ影響を及ぼしていく事を自覚すべきです。


「貴女は治部殿と申す孫を僧にてもち給へり、此僧は無戒なり無智なり二百五十戒一戒も持つことなし三千の威儀一も持たず、智慧は牛馬にるいし威儀は猿猴ににて候へども、あをぐところは釈迦仏・信ずる法は法華経なり、例せば虵の珠をにぎり竜の舎利を戴くがごとし、藤は松にかかりて千尋をよぢ鶴は羽を恃みて万里をかける、此は自身の力にはあらず。治部房も又かくのごとし、我が身は藤のごとくなれども法華経の松にかかりて妙覚の山にものぼりなん、一乗の羽をたのみて寂光の空にもかけりぬべし、此の羽をもつて父母・祖父.祖母・乃至七代の末までも・とぶらうべき僧なり、あわれ・いみじき御たからは.もたせ給いてをはします女人かな、彼の竜女は珠をささげて・仏となり給ふ、此女人は孫を法華経の行者となして・みちびかれさせ給うべし」(盂蘭盆御書1430頁)
通解:貴女は治部殿という孫を僧にもっておられます。この僧は無戒・無智で二百五十戒の一戒も持つ事はなく、三千の威儀の一つも満たしていませんが、智慧は牛馬の頭で、威儀(の整わないこと)は猿の様なのですが、その仰ぐところの仏は釈迦仏であり、信ずる法は法華経です。これを譬えれば、蛇が珠を握り竜が舎利を戴いている様なものです。藤は松に懸って千尋をよじ登り、鶴は羽の力によって万里を飛ぶ事ができます。これらは自身の力ではありません。治部房もまた同じです。我が身は藤の様でも法華経という松の木に懸かれば妙覚の山にも登る事ができ、一乗妙法の羽をたのんで寂光の空を自由に翔ること事ができるのです。この羽をもって父母・祖父・祖母・乃至七代の末まで弔う事のできる僧なのです。立派な、素晴らしい宝をお持ちになっている女人です。彼の竜女は珠を仏に供養して成仏されました。この女人(貴女)は孫を法華経の行者にして、寂光浄土に導かれていくことでしょう。
※大聖人は、治部房の祖母に対して、素晴らしい宝をお持ちになっている、と褒められている。しかし残念ながら、大聖人から治部房直接に成仏の約束はされておられず、治部房は大聖人滅後、日興上人に違背されています。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」19

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月15日(土)09時20分34秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」19

新池殿

新池左衛門尉といい、生没年不明、大聖人御在世当時の鎌倉幕府直参の武人の門下で遠江国磐田郡新池(静岡県袋井市)に住み、日興上人の折伏によって妻・新池尼と共に大聖人に帰依されたと思われる。新池殿御消息と新池御書の2編が遺されている。


「諸経は随他意なり仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に、法華経は随自意なり一切衆生を仏の心に随へたり、諸経は仏説なれども是を信ずれば衆生の心にて永く仏にならず、法華経は仏説なり仏智なり一字一点も是を深く信ずれば我が身即仏となる、譬えば白紙を墨に染むれば黒くなり黒漆に白き物を入るれば白くなるが如し毒薬変じて薬となり衆生変じて仏となる故に妙法と申す」(新池殿御消息、法華経随自意事1437頁)弘安2年5月 58歳御作
通解:諸経は随他意なのです。仏が一切衆生の心に随って説かれたからです。法華経は随自意です。一切衆生を仏の心に随がわせて説かれたからなのです。故に諸経は仏説ではあるけれども、これを信ずるならば、衆生の心に随ったものであるから、永久に仏に成れないのです。法華経は仏説であり仏智であるから、一字一点でもこれを深く信ずるならば、我が身は即仏となるのです。たとえば、白紙を墨で染めると黒くなり、黒漆に白い物を入れると白くなる様なものです。毒薬が変じて薬となり衆生が変じて仏となる、故に妙法というのです。
※衆生を仏と変じさせるから、日蓮仏法を妙法というのです。


「かかる上下万人一同のにくまれ者にて候に・此れまで御渡り候いし事・おぼろげの縁にはあらず宿世の父母か昔の兄弟にておはしける故に思い付かせ給うか、又過去に法華経の縁深くして今度仏にならせ給うべきたねの熟せるかの故に・在俗の身として世間ひまなき人の公事のひまに思い出ださせ給いけるやらん。(中略)かかる所へ尋ね入らせ給いて候事・何なる宿習なるらん、釈迦仏は御手を引き帝釈は馬となり梵王は身に随ひ日月は眼となりかはらせ給いて入らせ給いけるにや、ありがたしありがたし」(新池殿御消息1438頁)
通解:この様に、日蓮が日本国の上下万人一同の憎まれ者であるのに、この身延山まで訪ねて来られた事は、浅い縁ではないのでしょう。前世の父母か、昔の兄弟でおられた故に、思いつかれたのでしょうか。また過去に法華経との縁が深くて、今度仏になるべき種が熟した故に、多忙な在家の身でありながら、公務の暇に思い出されたのでしょうか。(中略)この様な所に尋ねて来られた事は、どの様な過去世の因縁なのでしょうか。釈迦仏は手を引き、帝釈は馬となり、梵王は身に随い、日月は眼と成り代わって来られたのでしょう。有難い事です、重ねて有難い事です。
※我等も宿縁深しと思い合わせて、弘教に励めば、道は開かれるのです。


「相構へて・いかにしても此の度此の経を能く信じて命終の時・千仏の迎いに預り霊山浄土に走りまいり自受法楽すべし、信心弱くして成仏ののびん時・某をうらみさせ給ふな、 譬えば病者に良薬を与ふるに毒を好んでくひぬれば其の病愈えがたき時・我がとがとは思はず還つて医師を恨むるが如くなるべし、此の経の信心と申すは少しも私なく経文の如くに人の言を用ひず法華一部に背く事無ければ仏に成り候ぞ、仏に成り候事は別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申し候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり」(新池御書1443頁)弘安3年2月 59歳御作
通解:心して、何としてもこの度この経をよく信じて臨終の時は千仏の迎えを受け、霊山浄土に速やかに参り自受法楽すべきです。信心弱くて成仏が延びた時に、私を恨んではならなりません。例えば、病人に良薬を与えたのに、病人が毒を好んで食べていれば、その病は癒えがたいのです。そのくせ病人は自分の過ちとは思わずにかえって医師を恨む様なものです。この経の信心というのは、少しも我見なく経文の通りに、人の言動を用いないで法華経の一部に背く事が無ければ、仏に成るのです。仏に成るという事は別の事ではないのです。南無妙法蓮華経と他の事に捉われる事無く唱へていく時に自然と三十二相・八十種好を備えるのです。「我が如く等しくして異なることなし」と説かれており、釈尊の様な仏に簡単に成るのです。
※簡単に釈尊の様な仏に成れると云われていますが、「如我等無異」は師弟不二の関係でもあるのです。


「有解無信とて法門をば解りて信心なき者は更に成仏すべからず、有信無解とて解はなくとも信心あるものは成仏すべし、皆此の経の意なり私の言にはあらずされば二の巻には『信を以て入ることを得己が智分に非ず』とて智慧第一の舎利弗も但此の経を受け持ち信心強盛にして仏になれり・己が智慧にて仏にならずと説き給へり、舎利弗だにも智慧にては仏にならず、況や我等衆生少分の法門を心得たりとも信心なくば仏にならんことおぼつかなし、末代の衆生は法門を少分こころえ僧をあなづり法をいるかせにして悪道におつべしと説き給へり、法をこころえたる・しるしには僧を敬ひ法をあがめ仏を供養すべし、今は仏ましまさず解悟の智識を仏と敬ふべし争か徳分なからんや、後世を願はん者は名利名聞を捨てて何に賎しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬ふべし、是れ正く経文なり。」(新池御書1443-4頁)
通解:有解無信といって法門を理解しても信心の無い者は、絶対に成仏する事はできないのです。有信無解といって理解は無くても信心の有る者は成仏できるのです。これが全てこの経(法華経)の意味するところであり、私の言ではないのです。それ故に法華経第二の巻の譬喩品第三には「信をもって悟りに入る事ができた。自分の智慧ではない」といって、智慧第一の舎利弗も、ただこの経を受持し信心を強盛にして仏に成ったのであり、自分の智慧によっては仏に成らなかったのです。ましてや我ら衆生が少しばかりの法門を心得たといっても、信心が無ければ、仏に成る事は明確でないのです。末法の時代の衆生を指して『法門を少しばかり心得て、僧を侮り、法をゆるがせにして悪道に堕ちるであろう』と説かれているのです。法を心得た証拠としては、僧(日蓮)を敬い、法(妙法:南無妙法蓮華経)を崇め、仏(文底の教主釈尊)を供養すべきなのです。今は仏がいらっしゃらないので、仏法を解悟した善知識(日蓮)を仏として敬うべきなのです。そうすれば、どうして功徳が無い事があるでしょうか。後世を願う者は名利名聞を捨てて、どんなに賎しい者であっても法華経を説く僧(日蓮)を生身の仏の様に敬うべきです。此れが正しく経文に説かれているのです。
※宗門・法華講では、本文を曲解して、僧宝を歴代法主としたり、僧を敬わなければ謗法の様に言っているが、此処での僧は大聖人御自身の事なのです。あくまでも日蓮仏法に信を採るべきなのです。


「是等の法門を能く能く明らめて一部八巻・廿八品を頭にいただき懈らず行ひ給へ、又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、此の僧によませまひらせて聴聞あるべし、此の僧を解悟の智識と憑み給いてつねに法門御たづね候べし、聞かずんば争か迷闇の雲を払はん足なくして争か千里の道を行かんや、 返す返す此の書をつねによませて御聴聞あるべし」(新池御書1444頁)
通解:これらの法門をよくよく明解にして、法華経一部八巻二十八品を信じ敬い、怠らず修行してください。また私を恋しく想った時には日々に太陽を拝してください。私は日に一度、天の太陽に影を映す者です。この僧(日蓮)に法華経を読ませ解釈させて聞く事が良いでしょう。この僧を解悟の智識と頼みにされて、常に法門をお聞きください。聞かなければ、どうして迷いの雲を払えるでしょうか。足がなくて、どうして千里の道を行けるでしょうか。繰り返しになりますが、この書を常に読ませて、お聞きください。
※信心の要諦として、法華経を根本として信受し懈怠なく自行化他の実践に励む事を教示されているが、残念ながら、新池氏の成仏への確約は見出せていないのです。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」18

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月 5日(水)18時54分14秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」18

日妙聖人

生没年、本名不明、大聖人御在世当時の鎌倉に住む女性信徒、寡婦となったが、堀日亨上人は、乙御前の母であると推定されている。日妙尼とも称され、幼き娘の乙御前を連れて佐渡の大聖人を訪ねたほどの純真な信心から、『日妙聖人』の法号を賜り、日妙聖人御書に娘の名を冠した乙御前御消息、乙御前母御書が遺されている。


「我等具縛の凡夫忽に教主釈尊と功徳ひとし彼の功徳を全体うけとる故なり、経に云く「如我等無異」等云云、法華経を心得る者は釈尊と斉等なりと申す文なり、譬えば父母和合して子をうむ子の身は全体父母の身なり誰か是を諍うべき、牛王の子は牛王なりいまだ師子王とならず、師子王の子は師子王となる・いまだ人王・天王等とならず、今法華経の行者は其中衆生悉是吾子と申して教主釈尊の御子なり、教主釈尊のごとく法王とならん事・難かるべからず。(中略)
民の現身に王となると凡夫の忽に仏となると同じ事なるべし、一念三千の肝心と申すはこれなり。」(日妙聖人御書1215-6頁)文永9年5月 51歳御作
通解:煩悩に縛られた私達・凡夫が、たちまちに教主釈尊と等しい功徳が得られるのです。それは教主釈尊の功徳全体を受けとるからです。法華経方便品には「我が如く等しくして異なること無し」とあります。法華経を信じ行ずる者は釈尊と等しいという文なのです。譬えば、父母が和合して子を産みますが、その子の身はすべて父母の身であり、誰がこの事で異論をはさむでしょうか。牛王の子は牛王であり、いまだに師子王とはなりません。師子王の子は師子王です、いまだに人王や天王などにはなりません。今、法華経の行者は「其の中の衆生は悉く是れわが子なり」(譬喩品)といって、教主釈尊の御子なのです。よって、教主釈尊の様に法の王となる事は難しくないのです。(中略)
民が現身に王の身となる事と、凡夫がたちまちに仏と成る事とは同じ事なのです。一念三千の肝心というのはこの事なのです。
※大聖人は「一念三千の肝心」と云って、「凡夫がたちまちに仏と成る事は難しくない」と仰せです。


「此の御経こそ実語の中の実語にて候へ、実語の御経をば・正直の者心得候なり、今実語の女人にて・おはすか、当に知るべし須弥山をいただきて大海をわたる人をば見るとも此の女人をば見るべからず、砂をむして飯となす人をば見るとも此の女人をば見るべからず、当に知るべし釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏・上行・無辺行等の大菩薩・大梵天王・帝釈・四王等・此女人をば影の身に・そうがごとく・まほり給うらん、日本第一の法華経の行者の女人なり、故に名を一つつけたてまつりて不軽菩薩の義になぞらへん・日妙聖人等云云。」(日妙聖人御書1215-6頁)
通解:此の法華経こそ実語の中の実語です。実語の法華経は正直の者が信じ会得できるのです。今、あなたは実語の女人でおられるのでしょう。まさに(御自身を)認識してください。須弥山を頭に載せて大海を渡る人を見る事ができても、此の(様な)女人を見る事はできません。砂を蒸して飯とする人を見る事はできても、此の(様な)女人を見る事はできません。まさしく釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏・上行菩薩・無辺行等の大菩薩・大梵天王・帝釈天王・四王等が、此の女人を影が身に添う様に守られる事でしょう。あなたは、日本第一の法華経の行者の女人です。それ故、名を一つ付けて不軽菩薩の義に準えましょう、「日妙聖人」等と。
※「日妙聖人」の名が、どれ程深い敬意を込められていたかは明瞭です。


「法華経を信ずる人人は志あるも・なきも知られ候はざりしかども・御勘気を・かほりて佐渡の島まで流されしかば問い訪う人もなかりしに・女人の御身として・かたがた御志ありし上・我と来り給いし事うつつならざる不思議なり、其の上いまのまうで又申すばかりなし、定めて神も・まほらせ給ひ十羅刹も御あはれみましますらん、法華経は女人の御ためには暗きに・ともしび・海に船・おそろしき所には・まほりと・なるべきよし・ちかはせ給へり、(中略)
されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりも・つよかるべしと・おぼすべし」(乙御前御消息、身軽法重抄1220頁)建治元年8月 54歳御作
通解:法華経を信ずる人々の中で誰が、信心が有るとか無いとかは知らなかったけれど、(北条氏の)咎めを受けて佐渡の島まで流されると、問い訪ねる人も無かったのに、女人の身でありながら、いろいろとお志を示された上、あなた自らはるばる来られた事は、現実とは思えないほど不思議な事です。その上この度の身延への訪れは何とも申し述べ様もありません。必ず諸天善神も守られ、十羅刹も賞嘆されている事でしょう。法華経には女人の為に、暗い夜は灯となり、海を渡る折には船となり、恐ろしい所では守護役になると、薬王品で誓われています。(中略)
それ故に妙楽大師は「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等と云われています。心の堅固な者には神の守りも必ず強いというのです。此れは、あなたの為に申すのです。これまでのお志については、言いつくせません。だが、それよりも尚、一層強盛な信仰に励んでください。その時は、いよいよ十羅刹女のお守りも強くなっていくと確信してください。
※大聖人の最も苦しい時から変わらない信心だからこそ、諸天善神の守りも強くなっていく、と仰せなのでしょう。


「いかなる男をせさせ給うとも法華経のかたきならば随ひ給うべからず、いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる、同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり」(乙御前御消息、身軽法重抄1221頁)
通解:どんな男を夫とされても、法華経に敵対するならば随ってはなりません。いよいよ強盛な信心を持ちなさい。氷は水から出たけれども水よりも冷たく、青い色は藍から出たけれども色を重ねると藍よりも色が濃いのです、同じ法華経ですが、信心を強く重ねれば他人よりも色もすぐれ利益もある筈なのです。
※この法華経とは御本尊であり、御本尊を受持するにあたって、持つ人の信心こそ大切であると御教示されている。


「をとごぜんのはは
いまは法華経をしらせ給いて仏にならせ給うべき女人なり、かへすがへすふみものぐさき者なれども・たびたび申す、又御房たちをも・ふびんにあたらせ給うとうけ給わる・申すばかりなし。なによりも女房のみとして・これまで来りて候いし事・これまで・ながされ候いける事は・さる事にて御心ざしの.あらわるべきにや・ありけんと・ありがたくのみをぼへ候、(中略)
をとごぜんが・いかに尼となり候いつらん、法華経にみやづかわせ候ほうこうをば・をとごぜんの尼は・のちさいわいになり候に○○○。」(乙御前母御書1222頁)年代不明11月
通解:乙御前の母
今は法華経を慕われて、仏に成るべき女人です。返すがえすも筆無精の者ですが、度々申し上げます。また御房達をも色々と面倒をみてくださっていると伺っています。お礼の申しようもありません。何よりも女房の身として此処までこられたこと(佐渡の事か?)日蓮が此処まで流された事は理由あっての事であり、あなたの厚い御志が顕れる為であったのかと、ただありがたくのみ思っているのです。(中略)
乙御前は、どの様に成長されたのでしょうか。法華経に宮仕えをされているともいえるその奉公は、乙御前の御命となり、幸福になる事でしょう。○○○。
※此処でも、大聖人は、妙法を求める信心の一念により、乙御前の母は必ず仏に成られるであろうと喜ばれている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」17

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月 4日(火)08時40分39秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」17

日女御前

大聖人御在世当時の女性信徒、池上太夫志氏の妻や松野後家尼の娘と云われているが、詳細は不明。信心強盛で身分高く、学識があり、裕福な婦人であったと思われる。日女御前に与えられた御書は、日女御前御返事として2編が遺されている。


「かかる御本尊を供養し奉り給ふ女人・現在には幸をまねぎ後生には此の御本尊左右前後に立ちそひて闇に燈の如く険難の処に強力を得たるが如く・彼こへまはり此へより・日女御前をかこみ・まほり給うべきなり」日女御前御返事、本尊相貌抄1244頁)建治3年8月 56歳御作
通解:この様な尊い御本尊を供養する女人は、現在には幸せを招きよせ、後生には、この御本尊が左右前後に立ち添いて、あたかも闇夜に燈火を得た様に、また険難な山路で強い力を得た様に、彼方へ回ったり此処に寄り添ったりして、日女御前の周りを囲みあなたを護る事でしょう。
※大聖人は、尊い御本尊を授与され日女御前の「現世安穏後生善処」を願われている。


「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり。日蓮が弟子檀那等・正直捨方便・不受余経一偈と無二に信ずる故によつて・此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり・たのもし・たのもし、如何にも後生をたしなみ給ふべし・たしなみ給ふべし、穴賢・南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり、信心の厚薄によるべきなり仏法の根本は信を以て源とす」(日女御前御返事、本尊相貌抄1244頁)
通解:この御本尊も、ただ信心の二字に収まっているのであり、「信を以って入ることを得たり」とあるのは、この事なのです。日蓮の弟子檀那等は「正直に方便を捨てて」の文や「余経の一偈をも受持してはならない」の文の通り、法華経のみを唯一無二に信ずる事によって、この御本尊の宝塔の中へ入る事ができるのです。まことに頼もしいことです。なんとしても、未来の福運の為に、仏道に心を打ち込んでいきなさい。「南無妙法蓮華経」とだけ唱えて、仏に成っていく事が最も大切なのです。ひとえに信心の厚薄によるのであり、仏法の根本は信をもって源とするのです。
※大聖人は、信こそ成仏の要諦である事、題目を唱えて仏に成っていく事が最も大切、と述べられている。


「法華経を受け持ちて南無妙法蓮華経と唱うる即五種の修行を具足するなり、此の事伝教大師入唐して道邃和尚に値い奉りて五種頓修の妙行と云う事を相伝し給ふなり、日蓮が弟子檀那の肝要是より外に求る事なかれ」(日女御前御返事、本尊相貌抄1245頁)
通解:御本尊を受け持って南無妙法蓮華経と唱える事が、即ち、五種の修行(法華経法師品にあり、法華経を修行する五種の行のことで、経文を①受持し、②読み、③暗唱でき、④書写し、他者に⑤法を説く修行である)を具える事になるのです。この事は、伝教大師が中国に渡り、道邃和尚に会って、五種頓修の妙行という事を相伝されたのです。日蓮の弟子檀那にとっての信心の肝要は、この事以外に、断じて求めてはならないのです。
※大聖人は、繰り返し「御本尊を受持して題目と唱える事」が信心の肝要と、述べておられる。


「妙荘厳王品と申すは殊に女人の御ために用る事なり、妻が夫をすすめたる品なり、末代に及びても女房の男をすすめんは名こそかわりたりとも 功徳は但浄徳夫人のごとし、いはうや此は女房も男も共に御信用あり・鳥の二の羽そなはり車の二つの輪かかれり・何事か成ぜざるべき、天あり地あり日あり月あり日てり雨ふる功徳の草木花さき菓なるべし。」(日女御前御返事、嘱累品等大意1249頁)弘安元年6月 57歳御作
通解:妙荘厳王品というのは、特に女性の為の重要な経であり、妻が夫を信仰に勧めた経なのです。末法においても妻が夫を勧める功徳は名称が変わっても浄徳夫人と同じなのです。ましてやあなた方は夫婦共々に強信なのですから、それはちょうど鳥に二つの翼があり、車に両輪があるのと同様で何事も成就しないことはないのです。天地・日月があって、日が照ったり雨が降ったりしているのです。必ず功徳の草木に花咲き菓がなるでしょう。
※夫婦共に信心に励んでいる事を褒められ、力をあわせれば、和楽の家庭という功徳が顕れる、と断言されている。


「日女御前の御身の内心に宝塔品まします凡夫は見ずといへども釈迦・多宝・十方の諸仏は御らんあり、日蓮又此をすいす・あらたうとし(中略)女人の御身として法華経の御命をつがせ給うは釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母の御命をつがせ給うなり此の功徳をもてる人・一閻浮提に有るべしや」(日女御前御返事、嘱累品等大意1250頁)
通解:日女御前の御身の内に、厳然と宝塔品はましますのです。凡夫には見えなくても、釈迦・多宝・十方の諸仏はご覧になっているのです。日蓮もまたこれを本当に尊い事だと推察するのです。(中略)あなたが女人の身でありながら、法華経を信仰し法華経の御命を継いでおられる事は、釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母の御命を継いでおられる事になるのです。この様な大きい功徳を持っている人は、世界中で他におられるでしょうか。
※日女御前の信心を賞讃されている事から、他の女性信徒と同様に、日女御前の成仏を約束されたものと拝される。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」16

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月 1日(土)10時49分12秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」16

西山殿(西山入道)

生没年不明、大聖人御在世当時の信徒で富士郡西山(静岡県富士郡芝川町西山)に住み、芝川が富士川と合流する河合に住した由比氏(日興上人の外戚)の老翁とされている河合入道蓮光の子で日興上人の叔父にあたり、日善、日代の甥が富士興門の僧侶として名跡を残しているが、西山入道の俗士としての明確な系統、史実は遺されていない。身延に入山された大聖人の元にしばしば御供養を届けられ、賜った御書は、三三蔵祈雨事、蒙古使御書、宝軽法重事等、六編がある。


「三千大千世界のなかには舎利弗・迦葉尊者をのぞいては仏よにいで給はずば一人もなく三悪道に堕つべかりしが、仏を・たのみまいらせし強縁によりて一切衆生は・をほく仏になりしなり、まして阿闍世王・あうくつまらなんど申せし悪人どもは・いかにも・かなうまじくて必ず阿鼻地獄に堕つべかりしかども・教主釈尊と申す大人にゆきあはせ給いてこそ仏にはならせ給いしか、されば仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせちなり(中略)而るに末代悪世には悪知識は大地微塵よりもをほく善知識は爪上の土よりもすくなし」(三三蔵祈雨事1468頁)建治元年6月 56歳御作 西山入道に与う
通解:三千大千世界の中では舎利弗・迦葉尊者を除いては、仏が世に出現されなかったならば、一人ももれなく三悪道に堕ちるところなのに、仏を頼み奉った強い因縁によって、一切衆生が多く仏になったのです。ましてや阿闍世王・鴦掘摩羅などという悪人達は、どうしても成仏できなくて必ず阿鼻地獄に堕ちる筈だったけれども、教主釈尊という偉大な人に遭遇したからこそ仏に成る事ができたのです。それ故に、仏になる道は善知識に勝るものはないのです。我が智慧が何の役に立つでしょう。ただ暑さ寒さを知るばかりの智慧だけでもあるならば、善知識であり大切なのです。(中略)ところが末代悪世には、悪知識は大地微塵よりも多く、善知識は爪の上の土よりも少ないのです。
※善知識に値う事こそ成仏の要諦であるとされ、この善知識に値う事の難しさを述べられている。


「末法に入つて仏法をばうじ無間地獄に堕つべきものは大地微塵よりも多く、正法をへたらん人は爪上の土よりも・すくなしと涅槃経にはとかれ、法華経には設い須弥山をなぐるものはありとも・我が末法に法華経を経のごとくにとく者ありがたしと記しをかせ給へり(中略)すりはむどくは三箇年に十四字を暗にせざりしかども仏に成りぬ提婆は六万蔵を暗にして無間に堕ちぬ・是れ偏に末代の今の世を表するなり、敢て人の上と思し食すべからず」(三三蔵祈雨事1471-2頁)
通解:「末法に入って、仏法を謗り無間地獄に堕ちる者は大地微塵よりも多く、正法を会得する人は爪上の土よりも少ない」と涅槃経には説かれ、法華経には「設え須弥山を投げる者はいても、末法に法華経を経文通りに説く者は稀である」と記し置かれています。(中略) 修利槃特は3箇年に14字すら暗唱できなかったのに仏に成り、提婆達多は六万蔵を暗唱したが無間地獄に堕ちたのです。この事はひとえに末代の今の世の事を表しているのです。決して他人の事と思ってはならないのです。
※仏を信じ一句でもそれを実践に移す事が成仏への道であると、西山氏に御教示されている。


「夫れ大事の法門と申すは別に候はず、時に当て我が為め国の為め大事なる事を少しも勘へたがへざるが智者にては候なり、仏のいみじきと申すは過去を勘へ未来をしり、三世を知しめすに過ぎて候御智慧はなし、(中略)所詮・万法は己心に収まりて一塵もかけず九山・八海も我が身に備わりて日月・衆星も己心にあり、然りといへども盲目の者の鏡に影を浮べるに見えず・嬰児の水火を怖れざるが如し、外典の外道・内典の小乗・権大乗等は皆己心の法を片端片端説きて候なり、然りといへども法華経の如く説かず、然れば経経に勝劣あり人人にも聖賢分れて候ぞ」(蒙古使御書1473頁)建治元年 54歳御作 西山入道に与う
通解:さて大事の法門というのは別の事ではないのです。時に当たって、我が身の為、国の為に、大事を考慮して少しも間違わないのが智者なのです。仏が尊いというのは、過去を考え、未来を知り、三世を知っておられるからであり、これに勝る智慧はないのです。(中略)結果として、万法は己心に収まって、一塵も欠けてはいないのです。九山・八海も我が身に備わり、日月・衆星も己心に収まっているのです。ところが、盲目の者には鏡に映る影が見えず、嬰児の水火を怖れない様に、凡夫には己心に収まる万法が見えないのです。外典の外道や内典の小乗・権大乗等は、全て己心の法をほんの一部ずつ説いているのです。しかしながら、法華経の様には説いていないのです。だからこそ、諸経に勝劣があり、持つ人々にも聖人・賢人が分かれるのです。
※同じ人であっても、物事の対処で、凡夫、智者、賢人、聖人に分かれる、と仰せです。


「うつりやすきは人の心なり、善悪にそめられ候、真言・禅・念仏宗等の邪悪の者にそめられぬれば必ず地獄にをつ、法華経にそめられ奉れば必ず仏になる」(西山殿御返事1474頁)建治2年 55歳御作
通解:移りやすいのは人の心です。善にも、また悪にも染められるのです。真言宗・禅宗・念仏宗等の邪悪の者に染められてしまうならば必ず地獄に堕ち、反対に法華経に染められるならば必ず仏になるのです。
※人心は環境に影響されやすく、成仏は法華経に染まる(妙法を信受する)事にあるのです。


「法華経は一切経にすぐれ給へる経なり、心あらん人・金をとらんと・おぼさば・ふくろをすつる事なかれ、蓮をあひせば池をにくむ事なかれ、わるくて仏になりたらば法華経の力あらはるべし、よつて臨終わるくば法華経の名をりなん」(西山殿御返事1476頁)弘安4年 60歳御作
通解:法華経は一切経に勝れたる経です。経を求める心のある人が、金を取ろうと思うなら臭い袋を捨ててはなりません。蓮を愛するなら濁った池を憎んではなりません。悪いといわれても仏と成るのであれば、法華経の力が顕われるのです。従って臨終が悪かったならば法華経の名折れとなるでしょう。
※他者の誤解から非難されても、仏に成ろうとの覚悟ならば、妙法の力が顕われる、と仰せですが、残念ながら、西山氏の成仏への確約は見当りません。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」15

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月20日(火)21時53分14秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」15

妙心尼・高橋六郎入道の妻・持妙尼・窪尼御前

日蓮大聖人の檀徒として純真に信心に励んだ婦人で、標記の名称はすべて同一人物であるとの説がある。即ち妙心尼は、由比入道の娘で日興上人の叔母に該当し、かつ高橋六郎兵衛の室となり夫が病気中(建治元年7月頃)に尼となって妙心と称し、夫の死後(建治3年11月)幼少の一人娘を連れて、生家の西山・由比家に帰り、窪(静岡県富士郡芝川町大久保)に住して法号を持妙と大聖人から頂き、人々から窪尼御前と尊称されたと云われている。


「おさなき人の御ために御まほりさづけまいらせ候、この御まほりは法華経のちのかんじん一切経のげんもくにて候、たとへば天には日月・地には大王・人には心・たからの中には如意宝珠のたま・いえにははしらのやうなる事にて候。このまんだらを身にたもちぬれば王を武士のまほるがごとく・子ををやのあいするがごとく・いをの水をたのむがごとく草木のあめをねがうがごとく・とりの木をたのむがごとく・一切の仏神等のあつまり・まほり昼夜に・かげのごとく・まほらせ給う法にて候、よくよく御信用あるべし」(妙心尼御前御返事、御本尊護持事1477頁)建治元年8月 54歳御作
通解:あなたの幼子の為に御守り御本尊を授けて上げましょう。この御本尊は法華経の肝心であり、一切経の眼目です。例えば天には日月、地には大王、人には心、宝の中では如意宝珠、家では柱の様なものです。この曼荼羅を身に持てば、王が武士を護る様に、子が親を愛する様に、魚が水を頼みとする様に、草木が雨を願う様に、鳥が木を頼みとする様に、一切の仏・神等が集って、昼夜にわたって影の様に護られるでしょう。よくよく御信用ください。
※大聖人は、法華経の肝心たる御本尊を妙心尼の幼子に授けられ、御本尊を深く信ずる様に勧められている。


「人の死ぬる事は・やまひにはよらず・当時のゆきつしまのものどもは病なけれども・みなみなむこ人に一時に・うちころされぬ・病あれば死ぬべしといふ事不定なり、又このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり」(妙心尼御前御返事1479-80頁)弘安元年8月 57歳御作
通解:人が死ぬのは、必ずしも病によるのではありません。当時の壱岐・対馬の人達は皆、蒙古軍に一時に打ち殺されてしまいました。病になったから必ず死ぬとは限っていません。また、この病は仏の御計らいなのでしょうか。その理由は浄名経・涅槃経には「病がある人は仏に成る」と説かれているからです。病によって仏道を求める心が起こるのです。
※人の死は、必ずしも病によるのではなく、「病によって仏道を求める心が起こる」とあります。


「さるは木をたのむ・魚は水をたのむ・女人はおとこをたのむ・わかれのをしきゆへにかみをそり・そでをすみにそめぬ、いかでか十方の仏もあはれませ給はざるべき、法華経もすてさせ給うべきとたのませ給え」(妙心尼御前御返事、病之良薬御書1480頁)弘安元年8月 57歳御作
通解:猿は木を頼りにし、魚は水を頼りにするものです。女人は男を頼みとし、別れを惜しむ故に髪をそり、墨染めの袖の着物に着替えられ(尼になられ)たのです。どうして十方の仏が憐れに思われない事があるでしょうか。また法華経も見捨てられる筈がないと信じて、信心に励んでください。
※大聖人は、入道の病の為に髪を剃って尼に成ったその真剣な信心を諸仏・法華経が認めておられると確信していく様に励まされている。


「阿育大王と申せし王はこの天の日のめぐらせ給う一閻浮提を大体しろしめされ候いし王なり、此の王は昔徳勝とて五になる童にて候いしが釈迦仏にすなのもちゐをまいらせたりしゆへにかかる大王と生れさせ給う、此の童はさしも心ざしなし・たわぶれなるやうにてこそ候いしかども仏のめでたくをはすればわづかの事も・ものとなりて・かかる・めでたき事候、まして法華経は仏にまさらせ給う事星と月とともしびと日とのごとし、又御心ざしもすぐれて候。されば故入道殿も仏にならせ給うべし、又一人をはする・ひめ御前も・いのちもながく・さひわひもありて・さる人の・むすめなりと・きこえさせ給うべし、当時もおさなけれども母をかけてすごす女人なれば父の後世をもたすくべし。」窪尼御前御返事1481頁)弘安2年5月 58歳御作
通解:阿育大王という王は、この太陽が照らす一閻浮提のほぼ全体を治めた王です。この王が昔、徳勝といっていた五歳の童子の時、釈迦仏に砂の餅を差し上げた功徳によりこの様な大王と生まれたのです。この童子はそれほどの志もなく、戯れの様に供養したのですが、(それを受け取られた)仏が尊かったので、僅かの事でもそれが因となって、この様なめでたい果報を受けられたのです。ましてや法華経が仏より勝れている事は、星と月、燈火と太陽、との違いの様なものです。また、(御供養してくださった尼御前の)御志も勝れているのです。だから、故入道殿も成仏されるでしょうし、また一人おられる姫御前は、寿命も長く幸福で、さすがあの人の娘よと、評判になるでしょう。(姫御前は)今も幼いのに母御前に孝養を尽くされるほどの女人ですから、故入道殿の後世をも助けられる事でしょう。
※尼御前の供養の功徳がどれ程大きいかを、阿育大王の果報を例にして述べられている。


「法華経の題目をつねは・となへさせ給へば此の妙の文じ御つかひに変ぜさせ給い・或は文殊師利菩薩或は普賢菩薩或は上行菩薩或は不軽菩薩等とならせ給うなり(中略)さばせかいの事を冥途につげさせ給うらん、又妙の文字は花のこのみと・なるがごとく半月の満月となるがごとく変じて仏とならせ給う文字なり。されば経に云く『能く此の経を持つは則ち仏身を持つなり』と、天台大師の云く『一一文文是れ真仏なり』等云云、妙の文字は三十二相・八十種好・円備せさせ給う釈迦如来にておはしますを・我等が眼つたなくして文字とは・みまいらせ候なり」(妙心尼御前御返事1484頁)弘安3年5月 59歳御作
通解:(尼御前は)法華経の題目を常に唱えられているのですから、この妙の文字が(冥途への)御使いに変身せられ、文殊師利菩薩・普賢菩薩・上行菩薩・不軽菩薩等と成られたのです。(中略)(題目の一字が)娑婆世界の事を冥途(の入道殿)に告げられている事でしょう。また妙の文字は花と果とがなる様に半月がやがて満月となる様に変じて仏と成られる文字です。その為に法華経宝塔品には「能く此の経を持つ人は則ち仏身を持つなり」と説かれ、天台大師は「一一文文是れ真仏なり」等と述べられているのです。妙の文字は三十二相・八十種好を円満に備えられている釈迦如来であられますが、我等の眼が拙いので文字と見ているのです。
※法華経の題目の文字は、仏と成られる文字と仰せなのです。


「仏の御弟子の中にあなりち(阿那律)と申せし人はこくぼん王の御子いえにたからを・みてて・おはしき、のちに仏の御でしとなりては天眼第一のあなりちとて三千大千世界を御覧ありし人、法華経の座にては普明如来とならせ給う、そのさきのよの事をたづぬれば・ひえのはんを辟支仏と申す仏の弟子にくやうせしゆへなり、いまの比丘尼はあわのわさごめ山中にをくりて法華経にくやうしまいらせ給う、いかでか仏にならせ給はざるべき」(窪尼御前御返事、阿那律事1485頁 )弘安3年6月 59歳御作
通解:仏の御弟子の阿那律という人は、斛飯王の子で家には財宝が満ちていました。のちに仏の御弟子となってからは天眼第一の阿那律と呼ばれ、三千大千世界を見尽くす事のできた人で、法華経の会座で普明菩薩と成られたのです。この人の前世を尋ねると、稗の飯を辟支仏という仏の弟子に供養したから、この様な果報を得たのです。今、尼御前の粟の早稲米をわざわざ身延の山中に送って法華経に供養されたのですから、どうして仏に成られない理由があるでしょうか。
※大聖人は、尼御前をも「仏に成る」と約束されています。

また「高橋殿御返事」の御抄に妙心尼に関連する文抄がありますが、別掲する事とします。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」14

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月18日(日)15時26分41秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」14

妙一尼

生没年不詳、大聖人御在世当時の鎌倉に住む女性信徒、妙一女・辨殿尼御前・王日女と同一人物との説もあるが不明、六老僧の一人である日昭の縁者で、夫(不詳)は信仰に命をかけた大聖人の信者で、妙一尼も信仰の為に所領を没収されても大聖人への供養を怠らず、学識豊かで強盛な信者であった、と思われる。


「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には『若有聞法者無一不成仏』ととかれて候。」(妙一尼御前御消息1253頁)建治元年5月 54歳御作
通解:法華経を信じる人は冬の様なものです。冬は必ず春となります。いまだかって昔より聞いたことも見たこともありません。冬が春とならずに秋に戻るという事を。(同じ様に)未だかつて聞いた事がありません。法華経を信じる人が仏に成らずに凡夫のままでいる事を。法華経方便品には「もし法を聞く事ができた者は、一人として成仏しない者はいない」と説かれているのです。
※大聖人が、妙法を信受した人は全員成仏する、と約束されています。


「信心と申すは別にはこれなく候、妻のをとこをおしむが如くをとこの妻に命をすつるが如く、親の子をすてざるが如く・子の母にはなれざるが如くに、法華経釈迦多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神等に信を入れ奉りて南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり、しかのみならず正直捨方便・不受余経一偈の経文を女のかがみをすてざるが如く・男の刀をさすが如く、すこしもすつる心なく案じ給うべく候」(妙一尼御前御返事、信心本義事1255頁)弘安3年5月 59歳御作
通解:信心というのは、特別これといって難しいものではありません。妻が夫を愛おしく思う様に、夫が妻の為には命を捨てる様に、親が子を捨てない様に、子供が母親から離れない様に、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏・菩薩・諸天善神(つまり御本尊)に信を入れて、南無妙法蓮華経と唱え奉る事を信心というのです。それだけではなく、法華経方便品の「正直に方便を捨てて(但だ無上道を説く)」又法華経譬喩品の「(合唱し頂受し、但ねがって、大乗経典を受持して)乃至、余経の一偈をも受けざる有らん‥」の経文を、ちょうど女の人が身から鏡を離さない様に、また男のが刀をいつも差している様に、瞬時も見放さないで護持し行動してください。
※日蓮仏法を信仰する本義を述べられています。


「其の後は一定法華経の即身成仏を御用い候らん、さなく候ては当世の人人の得意候・無得道の即身成仏なるべし不審なり、先日書きて進らせ候いし法門能く心を留めて御覧あるべし、其の上即身成仏と申す法門は世流布の学者は皆一大事とたしなみ申す事にて候ぞ、就中予が門弟は万事をさしをきて此の一事に心を留む可きなり。」(妙一女御返事、事理成仏抄1260頁)弘安3年10月59歳御作
通解:その後はきっと法華経の即身成仏の法を用いておられると思います。もし、そうでないならば、今日、世間の人達が考えている無得道の即身成仏となってしまうでしょう。気がかりな事です。先日書いて指し上げたこの法門を、よくよく心に留めてご覧ください。その上即身成仏という法門は、世間で著名な学者は、皆、最も大事な法門であると心得ているところです。まして、我が門弟においては、世間の全ての事をさしおいて此の即身成仏の法門に心を留めるべきです。
※大聖人は、仏法における即身成仏(人間革命)の重要性を述べられています。


「さばかりの上代の人人だにも即身成仏には取り煩はせ給いしに、女人の身として度度此くの如く法門を尋ねさせ給う事は偏に只事にあらず、教主釈尊御身に入り替らせ給うにや・竜女が跡を継ぎ給うか・又憍曇弥女の二度来れるか、知らず御身は忽に五障の雲晴れて寂光の覚月を詠め給うべし」妙一女御返事、事理成仏抄1262頁)
通解:この様な上代の人々ですら即身成仏の法門について、悩まれてきたのに、女性の身として度々この様に即身成仏の法門について尋ねられた事は、ひとえにただ事ではなく、おそらく教主釈尊があなたの身に入り替られたのでしょうか。それとも竜女が跡を継いで、女人成仏を証明される人か、あるいは釈尊の姨母憍曇弥女生まれ替わって来られたのでしょうか。いずれかは知りませんが、あなたの身はたちまちに、五障の雲が晴れて寂光の覚月を詠められるでしょう。
※大聖人は、妙一女が女人成仏を証明される人か、釈尊の姨母の生れ替りかと讃嘆され、常寂光土の月を眺める様な成仏の境涯を、胸中に築くに違いないと激励されています。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」13

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月15日(木)08時27分24秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」13

妙法尼

生没年不明で妙法尼について、①駿河国(静岡県)岡宮の岡宮妙法尼とも云われ、夫(尾張次郎兵衛)や兄に先立たれながらも信仰厚く、大聖人から妙法尼御前御返事等の御消息文を頂き、弘安5年2月に逝去したと伝えられている。他に同名で、②四条金吾の母、③佐渡中興(新潟県佐渡郡佐和田町字中原)に住む中興入道の母で夫を中興次郎入道といい、大聖人が佐渡流罪中に帰依し、身延入山後も音信を寄せた人、④新田五郎重綱(日目上人の父)の母、がある。


「先法華経につけて御不審をたてて其趣を御尋ね候事ありがたき大善根にて候、須弥山を他方の世界へつぶてになぐる人よりも・三千大千世界をまりの如くにけあぐる人よりも 無量の余の経典を受け持ちて人に説ききかせ聴聞の道俗に六神通をえせしめんよりも、 末法のけふこのごろ 法華経の一句一偈のいはれをも尋ね問う人はありがたし、此の趣を釈し給いて人の御不審をはらさすべき僧もありがたかるべしと、法華経の四の巻・宝塔品と申す処に六難九易と申して大事の法門候、今此の御不審は六の難き事の内なり、爰に知んぬ若し御持ちあらば即身成仏の人なるべし」(妙法尼御前御返事、一句肝心事1402頁)弘安元年7月 57歳御作
通解:まず法華経について、疑問を立て、その趣旨を尋ねられた事は、尊い大善根です。
 須弥山を他方の世界へ小石の様に投げる人よりも、三千大千世界を鞠の様に蹴り上げるよりも、無量の経典を受け持って、人に説き聞かせ、聴聞した道俗に六神通を得させる人よりも、末法の今日において法華経の一句一偈の意義を訪ね問う人は稀です。またこの趣旨を説き聞かせて、人の疑問を晴らす事のできる僧も稀であると法華経の第四の巻・宝塔品というところに六難九易といって大事の法門が説かれています。今貴女がこの疑問を尋ねられた事は、六つの難しい事の中の一つです。それ故、もし法華経を持っていくならば、その人は即身成仏する事ができる人なのです。
※法華経(妙法)を持つ人は即身成仏する事ができる人です。


「此の経の題目は習い読む事なくして大なる善根にて候、悪人も女人も畜生も地獄の衆生も十界ともに即身成仏と説かれて候は、水の底なる石に火のあるが如く百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる、世間のあだなるものすら尚加様に不思議あり、何に況や仏法の妙なる御法の御力をや、我等衆生悪業・煩悩・生死果縛の身が、正・了・縁の三仏性の因によりて即法・報・応の三身と顕われん事疑ひなかるべし、妙法経力即身成仏と伝教大師も釈せられて候、心は法華経の力にてはくちなはの竜女も即身成仏したりと申す事なり」(妙法尼御前御返事、一句肝心事1403頁)
通解:この法華経の題目は、その意味を理解して唱えなくても、大きな善根となります。悪人も、女人も、畜生も、地獄の衆生も、十界の衆生が皆、即身成仏できると説かれている事は、ちょうど水底に沈んでいる石でも、擦れば火を発す様に、百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、燈を入れれば明るくなる様なものです。世間の訳の分からない事でさえ、まだ、この様な不思議があるのです。ましてや、仏法の不思議な御力においてはなおさらです。我等衆生の悪業・煩悩・生死果縛の身が、正・了・縁の三仏性の因によって、即法・報・応の三身如来と顕れる事は疑いないことです。「妙法の経力を以て即身に成仏する」と伝教大師も釈されています。その意味は、法華経の力によって、蛇身の竜女も即身成仏したということです。
※唱題する事で、我等衆生の悪業・煩悩・生死果縛の身が法・報・応の三身如来と顕れる事は疑いない、と仰せです。


「しかれば故聖霊・最後臨終に南無妙法蓮華経と・となへさせ給いしかば、一生乃至無始の悪業変じて仏の種となり給う、煩悩即菩提・生死即涅槃・即身成仏と申す法門なり、かかる人のえんの夫婦にならせ給へば又女人成仏も疑なかるべし、若し此の事虚事ならば釈迦・多宝・十方・分身の諸仏は妄語の人・大妄語の人・悪人なり、一切衆生をたぼらかして地獄におとす人なるべし」(妙法尼御前御返事、臨終一大事1405頁)弘安元年7月 57歳御作
通解:故聖霊は最後臨終の時に南無妙法蓮華経と唱えられたのですから、一生ないし無始以来の悪業は変じて仏の種となっているのです。これが煩悩即菩提・生死即涅槃・即身成仏という法門です。この様な人と夫婦の間柄となられたのですから、また女人成仏も疑いないでしょう。もしこの事が嘘ならば釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏は嘘つきの人・大嘘つきの人・悪人であり、一切衆生を騙して地獄に堕とす人なのです(でも決して、そうではないのです)。
※仏説が真ならば、夫婦共に成仏を約束されているのです。


「女人の御身・男にもをくれ親類をも・はなれ一二人ある・むすめもはかばかしからず便りなき上・法門の故に人にも・あだまれさせ給ふ女人・さながら不軽菩薩の如し」(妙法比丘尼御前御返事1419頁)弘安4年60歳御作
通解:あなたは、女人の御身として、夫に先立たれ、親類も離れ、一人・二人ある娘もあまりしっかりしておられず、便りもない(頼りにならない?)上、法華経の法門の故に人に怨まれる女人のあなたは、まるで不軽菩薩の様です。
※大聖人は妙法尼を「不軽菩薩の様です」と讃えておられます。


「女人は由なき道には名を折り命を捨つれども成仏の道はよはかりけるやと・をぼへ候に、 今末代悪世の女人と生れさせ給いてかかるものをぼえぬ島のえびすにのられ打たれ責られしのび法華経を弘めさせ給う彼の比丘尼には雲泥勝れてありと仏は霊山にて御覧あるらん、 彼の比丘尼の御名を一切衆生喜見仏と申すは 別の事にあらず、今の妙法尼御前の名にて候べし、王となる人は過去にても現在にても十善を持つ人の名なり名は・かはれども師子の座は一也、此の名も・かはるべからず、彼の仏の御言をさかがへす尼だにも一切衆生喜見仏となづけらる、是は仏の言をたがへず此の娑婆世界まで名を失ひ命をすつる尼なり、 彼は養母として捨て給はず是は他人として捨てさせ給はば偏頗の仏なり、争でかさる事は候べき、況や其中衆生悉是吾子の経文の如くならば今の尼は女子なり彼の尼は養母なり、 養母を捨てずして女子を捨つる仏の御意やあるべき、此の道理を深く御存知あるべし」(妙法比丘尼御前御返事1420頁)
通解:女人はつまらない。世間の道には、名を汚して命を捨てるけれども、成仏の(修行の)道には弱いだろうと思っていました。ところが今、末代悪世の女人と生まれて、この様に物の道理をわきまえない日本国の野蛮な人達にののしられ、打たれ、責められながら耐えて法華経を弘めておられる姿は、かの比丘尼とは雲泥の差ほど勝れていると、仏は霊鷲山でご覧になっている事でしょう。かの比丘尼(仏の御姨母・摩訶波闍波提比丘尼)の御名を一切衆生喜見仏というのは別の事ではなく、今の妙法尼御前の名なのです。王となる人は、過去にも現在にも十善戒を持つ人の名です。名は変わる事はあっても、師子の座は一つです。同じ様に、この(一切衆生喜見仏という)名も同じです。かの仏の御言葉に逆らった尼でさえ一切衆生喜見仏と名づけられました。あなたは仏の御言をたがえず、この娑婆世界で名誉もなげうち、命を捨てている尼です。彼(仏)は(摩訶波闍波提)比丘尼を養母としてお捨てにならなかったのです。あなたの事を他人として捨てられたならば、不公平な仏となります。どうしてその様な事がありましょうか。ましてや法華経譬喩品の「其の中の衆生は悉く是れ我が子」の経文通りならば、今の尼(妙法尼)は女子であり、彼の尼は養母です。養母を捨てないが女子を捨てるなどという事が、仏の御意である筈がありません。この道理を深く御理解してください。
※大聖人は、記別を与えられた釈尊の姨母よりも、妙法尼の方が優れており、親である仏が見ておられる、と仰せなのです。


「日月は地におち須弥山はくづるとも、彼の女人仏に成らせ給わん事疑いなし、あらたのもしや・たのもしや。(中略)
仏・法華経にまいらせ給へる女人の成仏得道・疑うべしや。」(松野殿御返事1390頁) 元号年不明、5月1日 妙法尼への御返事
通解:たとえ、日や月が地に落ち須弥山が崩れる事があったとしても、彼の女人が仏に成られる事は疑いないことです。まことに、たのもしいことです。(中略)
仏・法華経に御供養なされた女性の成仏得道は、絶対に疑いないのです。
※タイトルは異なるが、妙法尼への御返事と拝され、妙法尼の成仏を約束されています。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」12

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月13日(火)04時13分16秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」12

松野殿

松野六郎左衛門入道は、駿河国(静岡県)庵原郡松野の邑主で、娘が南条兵衛七郎に嫁いだ縁によって大聖人に帰依したとされる。多くの子供が居られたらしく、蓮華寺建立の長男・六郎左衛門尉、六老僧の一人である次男・日持それに南条家の兵衛七郎に嫁いだ娘だけが知られており、日持を出家させた後に自らも入道となり建治4年に病没している。女房である後家尼と長男の妻の外に妙法尼(刑部左衛門尉女房)も一族と見られ、松野殿及びその一族に与えられた御書は、松野殿御返事4編(内妙法尼に1編)、松野殿御消息2編、松野尼御返事、松野殿後家尼御返事、松野殿女房御返事2編、浄蔵浄眼御消息、刑部左衛門尉女房御返事、春麦御書の計13編が残されている。松野殿女房との宛名がどちらを指しているのか判明できないものもある。


「在家の御身として皆人にくみ候に、而もいまだ見参に入り候はぬに何と思し食して御信用あるやらん、是れ偏に過去の宿植なるべし、来生に必ず仏に成らせ給うべき期の来りてもよをすこころなるべし」(松野殿御消息、一劫御書1379頁)
通解:あなたは、在家の身でありながら、人々が皆日蓮を憎んでいるのに、しかも、いまだ一度もお目にかかった事もないのに、何故この様にご信用なされるのでしょう。これは、ひとえに妙法の仏種を過去に植えられた因縁によるものでしょう。来生に必ず仏に成られる時が来たので、この様に仏法を求める心が起きたのでしょう。
※大聖人は松野殿の求道心を認めておられます。


「過去の不軽菩薩は一切衆生に仏性あり法華経を持たば必ず成仏すべし、彼れを軽んじては仏を軽んずるになるべしとて礼拝の行をば立てさせ給いしなり、法華経を持たざる者をさへ若し持ちやせんずらん仏性ありとてかくの如く礼拝し給う何に況や持てる在家出家の者をや」(松野殿御返事、十四誹謗抄1382頁)建治2年12月
通解;過去の不軽菩薩は、「一切の衆生には、みな仏性を所持している。法華経を持つならば必ず成仏する。その一切衆生を軽蔑する事は、仏を軽んずる事になる」といって、一切衆生に向かって礼拝の行を立てたのです。不軽菩薩は法華経を持っていない者でさえも、「もしかすると持つかもしれない。(本来誰もが)仏性を所持している」として、この様に敬い礼拝したのです。ましてや、法華経を持っている在家出家の者は、当然尊敬しなければならないのです。
※法華経を持っている者(法華経行者)を、在家出家に関わらず、当然同志として、尊敬しなければならないのです。


「但在家の御身は余念もなく日夜朝夕・南無妙法蓮華経と唱え候て最後臨終の時を見させ給へ、妙覚の山に走り登り四方を御覧ぜよ、法界は寂光土にして瑠璃を以て地とし・金繩を以て八の道をさかひ、天より四種の花ふり虚空に音楽聞え、諸仏菩薩は皆常楽我浄の風にそよめき給へば・我れ等も必ず其の数に列ならん、法華経はかかる・いみじき御経にて・をはしまいらせ候」(松野殿御返事1388頁)建治3年9月
通解:在家の身としては、ただ余念なく、日に夜に、朝に夕に南無妙法蓮華経と唱えて、最後臨終の時を見なさい。妙覚の山(成仏の高き境涯)に走り登って、頂上から四方を御覧なさい。法界は寂光土であり、瑠璃を以って大地とし、黄金の繩で涅槃にいたる八つの道を境とし、天からは曼荼羅華等の四種類の花がふり、虚空に妙なる音楽が聞え、諸仏・菩薩は皆常楽我浄の四徳の風にそよめいているのです。我らも必ず、その仏・菩薩の数の内に列なる事でしょう。法華経はこの様に大変すぐれた御経なのです。
※大聖人は、我らも必ず、仏・菩薩の数の内に列なる、と明言されています。


「日月は地におち須弥山はくづるとも、彼の女人仏に成らせ給わん事疑いなし、あらたのもしや・たのもしや。干飯一斗・古酒一筒.ちまき・あうざし・たかんな方方の物送り給いて候草にさける花.木の皮を香として仏に奉る人・霊鷲山へ参らざるはなし、況や民のほねをくだける白米・人の血をしぼれるが如くなる・ふるさけを仏・法華経にまいらせ給へる女人の成仏得道・疑うべしや。」(松野殿御返事1390頁)弘安元年5月 57歳御作
通解:日や月が地に落ち須弥山が崩れる事があっても、彼の女人が仏に成られる事は疑いないのです。まことに、たのもしいことです。たのもしいことであります。干飯一斗・古酒一筒.ちまき・あうざし・筍などの品々をお送りいただきました。野辺に咲く草の花や、木の皮を香として仏に供養した人で、霊鷲山へ参らない者はありません。まして民の骨をくだいて作った様な(尊い)白米、また、人の血をしぼった様な(大事な)古酒を、仏・法華経に御供養された女性の成仏得道は、絶対に疑いないのです。
※此処でも、「女性の成仏得道は、絶対に疑いない」と仰せです。


「南無妙法蓮華経と心に信じぬれば心を宿として釈迦仏懐まれ給う、始はしらねども漸く月重なれば心の仏・夢に見え悦こばしき心漸く出来し候べし、法門多しといへども止め候、法華経は初は信ずる様なれども後遂る事かたし、譬へば水の風にうごき花の色の露に移るが如し、何として今までは持たせ給うぞ是・偏へに前生の功力の上・釈迦仏の護り給うか、たのもし」(松野殿女房御返事、仏身懐胎抄1395頁)弘安3年9月 59歳御作
通解:南無妙法蓮華経を心に深く信じるならば、その心を宿として釈迦仏は宿られるのです。それも、始めは気づかないけれど、だんだんと月が重なれば、心中に宿った仏が夢の様に見えてきて喜悦の心が次第に出て来るのです。法門は多いが、ここで止めておきます。法華経は、初めは信ずる様であっても、最後まで信心を貫き通す事は難しいのです。譬えば水が風によって動き、花の色は露によって移る様なものなのです。(この様に全てが移ろい易いのにあなたはどの様にして)今日まで持ち続けられたのでしょうか。これはひとえに前生において積まれた功徳の上に、釈迦仏があなたを護られているからでしょうか。まことに頼もしい事です。
※妙法(南無妙法蓮華経)の功徳と信心持続の困難さを述べられています。我々も手本にすべきです。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」11

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月11日(日)09時35分10秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」11

光日房

安房(千葉県)の清澄寺山下の天津の人で、今日〇〇房と呼べば男性僧侶を通常意味するが、大聖人から賜った御抄から推察すると、光日尼の事を示している様に思われ、夫は武人とされるが詳細は不明である。先に息子の弥四郎が青年時代に大聖人に帰依し其の後、光日尼も共に信心に励むが、弥四郎は横死する。賜書に、種種御振舞御書、光日房御書、光日上人御返事、光日尼御返事があり、大聖人からは慈愛溢れる指導激励を受けている。


「各各我が弟子となのらん人人は一人もをくしをもはるべからず、をやををもひ・めこををもひ所領をかへりみること・なかれ、無量劫より・このかた・をやこのため所領のために命すてたる事は大地微塵よりも・をほし、法華経のゆへには・いまだ一度もすてず、法華経をばそこばく行ぜしかども・かかる事出来せしかば退転してやみにき、譬えばゆをわかして水に入れ火を切るにとげざるがごとし、各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり。」(種種御振舞御書910頁)建治2年3月 55歳御作 安房の光日房に与う
通解:各各日蓮の弟子と名乗る人々は、一人も臆する心を起こしてはなりません。大難の時には親の事を心配したり、妻子の事を心配したり、また所領を顧みてはなりません。無量劫の昔から今日まで、親子の為や所領の為に命を捨てた事は、大地の土の数よりも多いのです。だが法華経の為にはいまだ一度も命を捨てた事はないのです。過去世に法華経を多少修行したけれど、この様な大難が出て来た場合に退転してしまったのです。それは譬えば折角湯を沸かしておきながら水を入れてしまい、火を起すのに途中で止めて起しきれない様なものです。各々覚悟を決めきって修行を遣り遂げなさい。この身を法華経と交換するのは、石を黄金と取り換え、糞を米と交換うる様なものなのです。
※大聖人は、法華経の死身弘法の精神を説いて弟子を励まされている。


「人のをやは悪人なれども子・善人なれば・をやの罪ゆるす事あり、又子悪人なれども親善人なれば子の罪ゆるさるる事あり、されば故弥四郎殿は設い悪人なりともうめる母・釈迦仏の御宝前にして昼夜なげきとぶらはば争か彼人うかばざるべき、いかに・いわうや彼の人は法華経を信じたりしかば・をやをみちびく身とぞ・なられて候らん」(光日房御書931頁)建治2年3月 55歳御作
通解:人の親は悪人であっても子が善人であれば、親の罪を許す事も有り得ます。また子が悪人であっても、親が善人であれば、子の罪を許される事も有り得るでしょう。ですから、故弥四郎殿はたとえ悪人であっても、生みの母が釈迦仏の御宝前で昼夜になげき・追善供養するならば、どうして弥四郎殿が成仏できない事があるでしょうか。ましてや弥四郎殿は、生前には法華経を信じていたのですから、悪道へ堕ちるどころか、親を成仏へ導く身となられるでしょう。
※親の信心で子を、子の信心で親を、成仏へ導く事ができると、仰せなのです。


「光日尼御前はいかなる宿習にて法華経をば御信用ありけるぞ、又故弥四郎殿が信じて候しかば子の勧めか此の功徳空しからざれば子と倶に霊山浄土へ参り合せ給わん事疑いなかるべし、(中略)何に況や親と子との契り胎内に宿して九月を経て生み落し数年まで養ひき、彼にになはれ彼にとぶらはれんと思いしに彼をとぶらふうらめしさ、後如何があらんと思うこころぐるしさ・いかにせん・いかにせん、子を思う金鳥は火の中に入りにき、子を思いし貧女は恒河に沈みき、彼の金鳥は今の弥勒菩薩なり彼の河に沈みし女人は大梵天王と生まれ給えり、何に況や今の光日上人は子を思うあまりに法華経の行者と成り給ふ、母と子と倶に霊山浄土へ参り給うべし、其の時御対面いかにうれしかるべき」(光日上人御返事932-4頁)弘安4年8月 60歳御作
通解:光日尼御前はいかなる宿習によって法華経を信ずる様になったのでしょうか。また亡くなった弥四郎殿が法華経を信じていたので、その子の勧めによって信ずる様になったのでしょうか。法華経を信じた功徳があるのですから、子の弥四郎殿と共に霊山浄土へ参って会う事は疑いないのです。(中略)ましてや親と子との宿縁はそれ以上なのです。母は胎内に子を宿して九ヵ月を経て出産して数年間養育してきたのです。老後はその子に荷われ、死後も追善を営んでもらえるだろうと思っていたのに、逆に子の弥四郎を弔うこの悲しさ、わが子は今どうしているだろうかと思う心の苦しさは一体どうしたら良いのでしょうか。子を思う金鳥は子を助けるために火の中に入って一命を捨てました。子を思う貧女は最後まで子を守ってガンジス河に沈みました。だが彼の金鳥は今の弥勒菩薩であり、ガンジス河に沈んだ貧女は大梵天王と生まれたのです。ましてや今の光日上人はわが子を思うあまり法華経の行者となったのです。よって必ず母と子が共に霊山浄土へ参る事ができるのです。その時の対面はどんなに嬉しい事でしょう。
※親と子との宿縁により、共に法華経を信ずる様になったのであれば、親子が共に霊山浄土へ参る事ができる、と大聖人は仰せなのです。


「三つのつなは今生に切れぬ五つのさわりはすでにはれぬらむ、心の月くもりなく身のあかきへはてぬ、即身の仏なり・たうとし」(光日尼御返事934頁)年代不明9月
通解:三つの綱である女性の三従(大智度論にある女人が一生涯において服従すべき三つをいい、幼なれば父母に従い、嫁して夫に従い、老いて子に従う、とされている)の業は今生において切れています。五つの障(女人が持つ五つ障りをいい、法華経提婆達多品での舎利弗は、女人の身では梵天・帝釈・魔王・転輪聖王・仏には成れず、従って成仏できないのではないかと疑問するが、八歳の竜女が即身成仏の現証を示し、法華経の正しさを證明する)も既に晴れたでしょう。心奥の仏性の月は曇りがなく煌々と照り輝き、苦集の身の垢は消え果てているのです。まさしく光日尼あなたは即身の仏なのです。まことに尊い事です。
※大聖人は、弥四郎亡き後の光日尼の健気な信心をめでられ、光日尼を三従、五障を離れた「即身の仏」であると、述べられている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」10

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月10日(土)09時32分20秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」10


最蓮房

最蓮房日栄とも日浄ともいい、京都出身で佐渡流罪中に大聖人の門下となった天台学匠である。大聖人の身延入山後に赦免されて京都へ帰り、次いで甲州に移って甲州下山の本国寺を開き、87歳で逝去したと伝えられている。大聖人より賜った御書は、生死一大事血脈抄、草木成仏口決、最蓮房御返事、祈祷抄、祈祷経送状、諸法実相抄、当体義抄、立正観抄、同送状、十八円満抄等であり、いずれも甚深の法門が明かされている。


「然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり」(生死一大事血脈抄1337頁)文永9年2月 51歳御作 最蓮房日浄に与う
通解:この様に、十界の当体が妙法蓮華経であるから、仏界の象徴である久遠実成の釈尊と、皆成仏道の法華経すなわち妙法蓮華経と、我等九界の衆生の三は全く差別がないと信解して、妙法蓮華経と唱えたてまつるところを生死一大事の血脈というのです。この事こそが日蓮と弟子檀那等の肝要なのです。法華経を持つとはこの事を云うのです。
※我等衆生と仏とには差別が無いと信解して唱題する事が大事なのです。


「而るに貴辺・日蓮に随順し又難に値い給う事・心中思い遣られて痛しく候ぞ、金は大火にも焼けず大水にも漂わず朽ちず・鉄は水火共に堪えず・賢人は金の如く愚人は鉄の如し・貴辺豈真金に非ずや・法華経の金を持つ故か、経に云く『衆山の中に須弥山為第一・此の法華経も亦復是くの如し』又云く『火も焼くこと能わず水も漂わすこと能わず』云云、過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、『在在諸仏土常与師倶生』よも虚事候はじ。」(生死一大事血脈抄1337-8頁)
通解:そうした中で、あなたは日蓮に随順され、また法華経の為に難に遭われており、その心中が思いやられて心を痛めているのです。鋼鉄は大火にも焼けず、大水にも流されず、また朽ちる事も無いのです。銑鉄は水にも火にも、共に耐える事ができないのです。賢人は鋼鉄の様であり、愚人は銑鉄の様なものです。あなたは法華経の鋼鉄を持つ故に、まさに真金なのです。薬王菩薩本事品に「諸山の中で須弥山が第一である様に、この法華経もまた諸経中最第一である」とあり、また「火も焼く事ができず、水も漂わす事ができない」と説かれています。過去の宿縁で日蓮の弟子となられたのでしょうか。釈迦多宝の二仏だけは御存知と思われます。化城喩品の「在在諸仏の土に常に師と倶に生ぜん」の経文は、どうしても虚事とは思われないのです。
※大聖人は最蓮房を「真金の人」と信頼されています。


「何となくとも貴辺に去る二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ、結句は卯月八日・夜半・寅の時に妙法の本円戒を以て受職灌頂せしめ奉る者なり、此の受職を得るの人争か現在なりとも妙覚の仏を成ぜざらん、若し今生妙覚ならば後生豈・等覚等の因分ならんや、実に無始曠劫の契約・常与師倶生の理ならば・日蓮・今度成仏せんに貴辺豈相離れて悪趣に堕在したもう可きや、如来の記文仏意の辺に於ては 世出世に就いて更に妄語無し、然るに法華経には『我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし、是の人仏道に於て決定して疑有ること無けん』或は『速為疾得・無上仏道』等云云、此の記文虚くして我等が成仏今度虚言ならば・諸仏の御舌もきれ・ 多宝の塔も破れ落ち・二仏並座は無間地獄の熱鉄の牀となり.方・実・寂の三土は地・餓.畜の三道と変じ候べし、争か・さる事候べきや」(最蓮房御返事、師弟契約御書1342-3頁)文永9年4月
通解:何という事はないけれども、あなたに去る二月の頃から大事の法門を教へ申し上げました。最後には、四月八日の夜半、午前四時頃に、妙法の本円戒をもって受職(修行の最後に妙覚の仏位、即ち成仏を許されること)灌頂(法王が智水を菩薩の頂きに注ぎ、仏位を与えること)して差し上げました。この受職を得る人が、どうして現世であっても妙覚の仏と成らない事があるでしょうか。もし今生が妙覚ならば、後生がどうして等覚等の因位の分際である事があるでしょうか。実に、無始の昔からの約束であり、「常に師とともに生ぜん」という理ならば、日蓮がこのたび成仏するのに、あなたがどうして離れて悪道に堕ちる事があるでしょうか。如来の記した経文は、仏の本意から観る時、出世間にあって全く嘘はないのです。しかし法華経には「我が滅度の後に必ずこの経を受持すべきである。この人は仏道において成仏することは疑いないであろう」とあり、或いは「速やかに為れ疾く、無上の仏道を得たり」等とあるのに、この記文が事実でなくて私達の成仏が嘘であるならば、諸仏の御舌も切れ、多宝の塔も破ち、二仏が並座している所は、無間地獄の焼けた鉄の床となり、方便土・実報土・寂光土の三土は地獄・餓鬼・畜生の三悪道と変じるでしょう。どうして、その様な事があるでしょうか。
※大聖人は最蓮房に「成仏」を許されましたが、我等衆生の「成仏」もまた、大聖人の確約なのです。


「又一切の菩薩並に凡夫は仏にならんがために、四十余年の経経を無量劫が間・行ぜしかども仏に成る事なかりき、而るを法華経を行じて仏と成つて今十方世界におはします仏・ 仏の三十二相・八十種好をそなへさせ給いて九界の衆生にあをがれて、月を星の回れるがごとく須弥山を八山の回るが如く、日輪を四州の衆生の仰ぐが如く輪王を万民の仰ぐが如く、仰がれさせ給うは法華経の恩徳にあらずや、されば仏は法華経に誡めて云く「須らく復た舎利を安ずることをもちいざれ」涅槃経に云く「諸仏の師とする所所謂法なり是の故に如来恭敬供養す」等云云、法華経には我舎利を法華経に並ぶべからず、涅槃経には諸仏は法華経を恭敬供養すべしと説せ給へり、仏此の法華経をさとりて仏に成りしかも人に説き聞かせ給はずば仏種をたたせ給ふ失あり、此の故に釈迦如来は此の娑婆世界に出でて説かんとせさせ給いしを、元品の無明と申す第六天の魔王が一切衆生の身に入つて、仏をあだみて説かせまいらせじとせしなり」(祈祷抄1345-6頁)文永9年 51歳御作
通解:また一切の菩薩並びに凡夫は、仏に成る為に、四十余年の経々を無量劫が間、修行したけれども、仏に成る事はなかったのです。ところが、法華経を修行して仏に成られた、今十方世界におられる仏は、仏の三十二相・八十種好を具えられ、九界の衆生から、月を星が回る様に、須弥山を八山が回る様に、日輪を四州の衆生が仰ぐ様に、輪王を万民が仰ぐ様に、仰がれる事こそ、法華経の恩徳ではないでしょうか。そうであればこそ、仏は法華経に誡めて「また舎利を安置することは必要ない」と説かれ、涅槃経には「諸仏の師とする所は法である。この故に如来は恭敬し供養する」と説かれているのです。法華経には我が舎利を法華経と並べてはならないとし、涅槃経には諸仏は法華経を恭敬し供養すべきであると説かれたのです。仏はこの法華経を覚って仏に成られたのですから、人に説き聞かせなかったならば、仏種を断ってしまう罪悪となるのです。だから、釈迦如来はこの娑婆世界に出生してこの法華経を説こうとされたのですが、そこへ元品の無明という第六天の摩王が、一切衆生の身に入って、仏を怨嫉して説かせまいとしたのです。
※大聖人は、誰をも仏にさせる法華経の恩徳とそれを妨げようとする魔の働きがある、事を教示されています。


「其れに付いても法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり。」(祈祷経送状1357頁)文永10年正月 52歳御作
通解:それにつけても法華経の行者は信心において退転なく、身に偽りなく、一切を法華経にその身を任せて金言の通りに修行すれば、たしかに後生はいうまでもなく、今生においても息災延命で勝れた大果報を得、広宣流布大願をも成就する事ができるでしょう。
※誠実な信心を貫く法華経行者は、大果報を得、広布大願も成就する、と大聖人は仰せなのです。


「釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、其の故は如来と云うは天台の釈に『如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・本仏・迹仏の通号なり』と判じ給へり、此の釈に本仏と云うは凡夫なり迹仏と云ふは仏なり、然れども迷悟の不同にして生仏・異なるに依つて倶体・倶用の三身と云ふ事をば衆生しらざるなり」(諸法実相抄1358頁)文永10年10月 52歳御作
通解:釈迦仏が我ら衆生の為に主師親の三徳を備えられていると思っていたのでしょうが、そうではなくかえって仏に三徳をこうむらせているのは凡夫なのです。その理由は、如来というのは天台大師の法華文句には「如来とは十方三世の諸仏・真仏・応仏の二仏、法身・報身・応仏の三身・本仏・迹仏の一切の仏を通じて如来と号するのである」と判じられています。この釈に「本仏」というのは凡夫であり「迹仏」というのは仏なのです。しかしながら、迷りと悟りの相違によって、衆生と仏との異なりがあり、この為に衆生は倶体・倶用(体は本体、用は働きを意味し、体と用を共に備わっている事を云い、但体無用に対する語。我が身が妙法の当体であり、経文上の仏・菩薩は全て我が生命の用を表したものであるという事を覚知できないでいる、のが衆生と仏の違い。)という事を知らないのです。
※大聖人が、真実の成仏の姿は如何なるものかを示そうとされた、と拝される。


「日蓮が相承の法門等・前前かき進らせ候き、ことに此の文には大事の事どもしるしてまいらせ候ぞ不思議なる契約なるか、六万恒沙の上首・上行等の四菩薩の変化か、さだめてゆへあらん、総じて日蓮が身に当ての法門わたしまいらせ候ぞ、日蓮もしや六万恒沙の地涌の菩薩の眷属にもやあるらん、南無妙法蓮華経と唱へて日本国の男女を・みちびかんとおもへばなり、経に云く一名上行乃至唱導之師とは説かれ候はぬか、まことに宿縁のをふところ予が弟子となり給う、此の文あひかまへて秘し給へ、日蓮が己証の法門等かきつけて候ぞ」(諸法実相抄1361-2頁)
通解:あなたには日蓮の相承の法門を、前々から書き送っています。特に、この手紙には大事の法門を記して置きました。日蓮と貴辺とは不思議な契約があるのでしょうか。六万恒沙の上首の上行等の四菩薩の変化でしょうか。決められていた事なのでしょう。総じて日蓮が身にあたる法門を差し上げているのです。日蓮は六万恒沙の地涌の菩薩の眷属であるかもしれない。理由は南無妙法蓮華経と唱えて日本国の男女を導かんと思っているからです。法華経従地涌出品には「一名上行乃至唱導之師(注1)」と説かれているではありませんか。あなたにはまことに深い宿縁によって日蓮の弟子となられたのです。この手紙を心して秘していきなさい。日蓮が己証(自ら真理・妙理を悟ること、またその悟り自体のこと)の法門等を書き記したのです。
※大聖人は難解な相承の法門を先ず元天台僧の最蓮房に送られています。いかに大聖人が信頼されていたかが窺われます。

注1:従地涌出品第十五の文であり、詳しい内容は「是の菩薩衆の中に、四導師有り。一を上行と名づけ、二を無辺行と名づけ、三を浄行と名づけ、四を安立行と名づく。是の四菩薩、その衆中に於いて、最も為れ上首唱導の師なり」(「真訓両読 妙法蓮華経並開結」476頁、大石寺版 発行創価学会)とあります。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」9

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月 8日(木)19時38分42秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」9

秋元殿

秋元太郎兵衛尉勝光といい、下総(千葉県)印旛郡臼井の荘の武人で、文応元年(1260年)、大聖人が松葉ヶ谷の法難を避けて下総中山に行かれた時、入信され、曾屋氏や大田氏と親しく富木氏とは縁戚関係であったと伝えられている。正応四年(1291年、祖滅9年後)に没し、屋敷に法華経堂が建立され、現在は秋本寺という寺院になっている。現存するご消息文は、秋元殿御返事(別名:五節供御書)と秋元御書(別名:筒御器抄)の2通があります。


「法華経の行者をば一切の諸天・不退に守護すべき経文分明なり、経の第五に云く『諸天昼夜に常に法の為の故に 而も之を衛護す』云云、又云く『天の諸の童子以て給使を為し刀杖も加えず毒も害する能わず』云云」(秋元殿御返事、五節供御書1070頁)文永8年正月 50歳御作
通解:法華経の行者を一切の諸天が不退に守護することは経文に明らかです。法華経の第五の巻・安楽行品には「諸天は昼夜に常に法のためのゆえに法華経の行者を守護する」と説かれています。また「天の諸々の童子が給使をし、刀杖を加えることができず、毒をもってしても害することはできない」とも、説かれているのです。
※法華経の行者ならば一切の諸天が、行者を守護されるのです。


「法華経は末法の始め五百年に弘まり給ふべきと聴聞仕り御弟子となると仰せ候事、師檀となる事は三世の契り種熟脱の三益別に人を求めんや、『在在諸の仏土常に師と倶に生れん若し法師に親近せば速かに菩提の道を得ん是の師に随順して学ばば恒沙の仏を見奉る事を得ん」との金言違ふべきや、提婆品に云ふ「所生の処常に此の経を聞く』の人はあに貴辺にあらずや、其の故は次上に「未来世中・若有善男子・善女人」と見えたり、善男子とは法華経を持つ俗の事なり弥信心をいたし給うべし」(秋元殿御返事1070-1頁)
通解:法華経は末法の始めの五百年に弘まる事になっている、と聴聞して御弟子となると仰せられた事について、師となり檀那となる事は三世の契りなのです。種熟脱の三益の法理も別の人に求めても仕方が無いのです。「在在諸の仏土に常に師と倶に生まれる」また「もし法師に親近するならば、速やかに菩提の道を得ることができる。この師に随順して学ぶならば、恒河の沙のほどの仏を見ることができる」との金言に間違いがないのです。提婆品にある「生まれる処で常にこの法華経を聞く」の人は、どうして貴辺の事ではないのでしょうか。(あなたの事なのです)その理由は、この前の文に「未来世の中に、若し善男子・善女人あって」と説かれているからです。善男子とは法華経を持つ俗人の事なのです。ますます信心に励んでいってください。
※師弟の契りを信じ、法華経を持つ善男子と呼ばれる様になりたいですね。


「器は我等が身心を表す、我等が心は器の如し口も器・耳も器なり、法華経と申すは仏の智慧の法水を我等が心に入れぬれば・或は打ち返し・或は耳に聞かじと左右の手を二つの耳に覆ひ・或は口に唱へじと吐き出しぬ、譬えば器を覆するが如し、或は少し信ずる様なれども又悪縁に値うて信心うすくなり或は打ち捨て或は信ずる日はあれども捨つる月もあり是は水の漏が如し、(中略) 此の覆・漏・汙・雑の四の失を離れて候器をば完器と申して・またき器なり、塹つつみ漏らざれば水失る事なし、信心のこころ全ければ平等大慧の智水乾く事なし、今此の筒の御器は固く厚く候上・漆浄く候へば法華経の御信力の堅固なる事を顕し給うか、毘沙門天は仏に四つの鉢を進らせて四天下・第一の福天と云はれ給ふ、浄徳夫人は雲雷音王仏に八万四千の鉢を供養し進らせて妙音菩薩と成り給ふ、今法華経に筒御器三十・盞六十・進らせて争か仏に成らせ給はざるべき。」(秋元御書、筒御器抄1071-2頁)弘安3年1月 59歳御作
通解:また器は、我等の身心を表しているのです。我等の心は器の様なものであり、口も器・耳も器なのです。法華経というのは、仏の智慧の法水ですが、それを我等が心に入れると、或いは打ち返し、或いは耳に聞くまいと左右の手で二つの耳を覆い、或いは口に唱えまいと吐き出すのは、たとえば器を覆す様なものなのです。或いは少し信ずる様であっても、また悪縁にあって信心が薄くなり、或いは打ち捨て、或いは信ずる日はあっても、捨てる月もあれば、これは水の漏れる様なものなのです。(中略) この覆(ふく:うつぶせる、くつがえす、蓋をおおう)・漏(ろ:もれる)・汙(う:けがれる)・雑(ぞう:まざる)の四の失のない器を完器といって、完璧な器なのです。塹の堤が漏れなければ、水が失くなる事はないのです。信心の心が全ければ、平等大慧の智慧の水は乾く事はないのです。今あなたが供養されたこの筒の御器は、固く厚い上に、漆も浄らかなので、法華経の御信心が堅固である事を顕しているのでしょう。毘沙門天は仏に四つの鉢を供養して四天下第一の福徳の多い天といわれ、浄徳夫人は雲雷音王仏に八万四千の鉢を供養されて妙音菩薩と成られたのです。今、あなたは、法華経に筒御器三十と、盞六十を供養されたのですから、どうして仏に成らない事があるでしょうか。
※我等の心を器に譬えて、平等大慧の智水である妙法への取り組みにより、信心を教えられており、此処で大聖人は、秋元氏の成仏をお約束されています。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」8

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月 6日(火)16時09分38秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」8

大田乗明

大田五郎左衛門尉乗明は、鎌倉幕府の問注所の役人でその役職を唐では金吾と呼ぶところから大田金吾とも云われる。同僚の富木常忍に折伏され、天台真言を捨て、以後は富木常忍、曽谷教信、金原法橋等と共に下総(千葉県)中山を中心に大聖人の外護に当った強信者である。弘安元年頃に入道して「妙日」の法号を受けその館を本妙寺とした。建治元年に出家させた次男が師阿闍梨日高であり、中山の第2代となった日高は富木入道の館であったと云われる若宮寺と本妙寺を合併させて中山法華経寺とした。乗明は、弘安6年9月、62歳で逝去したが、大聖人から三大秘法抄、転重軽受法門、大田殿許御書等の多数の御書、富木氏、曽谷氏との共通の御消息文も多く賜っている。


「凡夫は煩悩業もあり苦果の依身も失う事なければ煩悩業を種として 報身・応身ともなりなん、苦果あれば生死即涅槃とて法身如来ともなりなんと二乗をこそ弾呵せさせ給いしか、さればとて煩悩・業・苦が三身の種とはなり候はず、今法華経にして有余・無余の二乗が無き煩悩・業・苦をとり出して即身成仏と説き給う時二乗の即身成仏するのみならず凡夫も即身成仏するなり」(太田殿女房御返事、即身成仏抄1005頁)建治元年7月 54歳御作
通解:凡夫は煩悩も業もあり、前生に作った業による苦果の現身を失うことがないので、煩悩や業を種として報身・応身となる事ができ、苦果の現身があるから、生死即涅槃と、そのまま法身如来となる事ができると説いて、二乗を叱り戒めたのです。そうであるからといって、煩悩・業・苦が法身・報身・応身の種にはなりえないのです。今、法華経において、有余涅槃(見惑思惑を断じ未来の生死の因を滅したが、生死の果である自分の身体を残した涅槃)・無余涅槃(色心の煩悩を全て断じ尽くして得られる二乗の最高悟りの境地)の二乗がなくした煩悩・業・苦を取り出して、即身成仏すると説かれた時、二乗が即身成仏しただけでなく凡夫も即身成仏したのです。
※法華経・妙法は、二乗ばかりでなく、凡夫も成仏するのです。


「此の方便品と申すは迹門の肝心なり此の品には仏・十如実相の法門を説きて十界の衆生の成仏を明し給へば舎利弗等は此れを聞いて無明の惑を断じ真因の位に叶うのみならず、未来華光如来と成りて成仏の覚月を離垢世界の暁の空に詠ぜり十界の衆生の成仏の始めは是なり、当時の念仏者・真言師の人人・成仏は我が依経に限れりと深く執するは此等の法門を習学せずして未顕真実の経に説く所の名字計りなる授記を執する故なり。」(太田左衛門尉御返事・方便寿量肝心事1015頁)弘安元年4月 57歳御作
通解:この方便品というのは法華経迹門の肝心です。この品には、仏が十如実相の法門を説いて、十界の衆生の成仏を明かされたもので、舎利弗らはこの法門を聞いて無明の惑を断じ、成仏すべき真実の因の位を得ただけでなく、未来に華光如来となって成仏の覚月を離垢世界の暁の空に眺める事ができるとの未来成仏の保証を受けたのです。十界の衆生の成仏の最初が是なのです。今の時代の念仏者や真言師の人々が成仏は自宗の依りどころとする経に限られると深く執着しているのは、法華経方便品のこれらの法門を習学しないで、未だ真実を顕していない経に説かれている、名目だけの未来成仏の保証に執着しているからなのです。
※迹門の肝心である法華経方便品にも、十界の衆生の成仏が説かれているのです。


「次に寿量品と申すは本門の肝心なり、又此の品は一部の肝心・一代聖教の肝心のみならず三世の諸仏の説法の儀式の大要なり、教主釈尊・寿量品の一念三千の法門を証得し給う事は 三世の諸仏と内証等しきが故なり、但し此の法門は釈尊一仏の己証のみに非ず諸仏も亦然なり、我等衆生の無始已来・六道生死の浪に沈没せしが 今教主釈尊の所説の法華経に値い奉る事は乃往過去に此の寿量品の久遠実成の一念三千を聴聞せし故なり、有り難き法門なり。」(太田左衛門尉御返事・方便寿量肝心事1016頁)
通解:次に寿量品というのは法華経本門の肝心です。また、この品は法華経一部の肝心、一代聖教の肝心だけでなく、過去・現在・未来の三世の諸仏の説法の儀式の重大な要なのです。教主釈尊が寿量品の一念三千の法門を悟られた事は、三世の諸仏と内面の悟りが等しい為です。但しこの法門は釈尊一仏の自らの悟りだけではなく、諸仏の悟りも同じなのです。無始の昔から六道の生死の苦しみの波浪に沈没してきた我ら衆生が、今の時に教主釈尊が説かれた法華経に遭えたのは、その昔、過去にこの寿量品の久遠実成の一念三千を聴聞したからであり、有り難い法門なのです。
※法華経本門の肝心である寿量品は、一代聖教の肝心であり、六道の生死の苦しみに沈没していた我ら衆生が過去に聴聞しており、現今に大聖人が説かれた妙法に遭い救済される事を示す重要な法門なのです。


「正しく久遠実成の一念三千の法門は前四味並びに法華経の迹門十四品まで秘させ給いて有りしが本門正宗に至りて寿量品に説き顕し給へり、此の一念三千の宝珠をば妙法五字の金剛不壊の袋に入れて末代貧窮の我等衆生の為に残し置かせ給いしなり」(太田左衛門尉御返事・方便寿量肝心事1016頁)
通解:まさしく久遠実成の一念三千の法門は、爾前経ならびに法華経の迹門十四品まで秘していましたが、法華経の本門正宗分である一品二半に至って寿量品に初めて説き明かされたのです。この一念三千の宝珠を妙法蓮華経の五字の金剛石の様に壊れない袋に入れて、末法時代の貧しく苦しんでいる我等衆生の為に残し置かれたのです。
※大聖人は、妙法こそ、貧しく苦しんでいる我等衆生を対象にした法門と明言されています。


「予年来己心に秘すと雖も此の法門を書き付て留め置ずんば門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加う可し、其の後は何と悔ゆとも叶うまじきと存ずる間貴辺に対し書き送り候、一見の後・秘して他見有る可からず口外も詮無し」(三大秘法禀承事1023頁)弘安5年4月 大田金吾に与う
通解:私が久しく以前から自己の心に秘めてきたのですが、この三大秘法の法門を書き付けて留め置かなければ、我が門家の弟子達が必ず、日蓮は無慈悲であると悪口をいうでしょう。その後はどの様に悔いても及ばない事と考えた為に、あなたに対し、この法門を書き送ったのです。一見した後、秘蔵して他人に見せてはならないし、むやみに他人に話しても無益です。
※宗門において重要書とされる本抄を大田金吾に送られている事自体が、大聖人が大田金吾の人格及び信仰心を認められていた証拠でしょう。
蛇足ながら、この御抄でも、「楠板曼荼羅」を連想させる記述は全く認められないのです。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」7

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月 5日(月)07時47分27秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」7

池上兄弟

兄の右衛門太夫宗仲が建長8年、弟の兵衛志宗長も続いて大聖人に帰依したと云われ、父の左衛門太夫康光も20年にわたる猛反対の末、弘安元年に入信している。父康光は極楽寺良観の信奉者で兄宗仲を二度にわたって勘当し、その際に大聖人から励まされたのが『兄弟抄』です。弘安5年日蓮大聖人は湯治の途中、武州池上兄弟の館に寄られ御入滅され、その跡に池上本門寺(開基日朗上人)が建てられている。


「されば法華経を信ずる人の・をそるべきものは賊人・強盗・夜打ち・虎狼.師子等よりも当時の蒙古のせめよりも法華経の行者をなやます人人なり、此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみを・すすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす(中略)
設ひ等覚の菩薩なれども元品の無明と申す大悪鬼身に入つて法華経と申す妙覚の功徳を障へ候なり、何に況んや其の已下の人人にをいてをや、又第六天の魔王或は妻子の身に入つて親や夫をたぼらかし或は国王の身に入つて法華経の行者ををどし或は父母の身に入つて孝養の子をせむる事あり」(兄弟抄1081-2頁)文永12年4月 54歳御作、池上兄弟に与う
通解:だから法華経を信ずる人が、畏れなければならないものは、賊人、強盗、夜打ち、虎狼、師子等よりも、現在の蒙古の責めよりも、法華経の行者の修行を妨げ悩ます人々なのです。我々の住む娑婆世界は、第六天の魔王の眷属なのです。魔王は六道の中に二十五有という牢を構えて、一切衆生を入れるばかりでなく妻子という絆を打ち、父母主君という網を空にはり、貧瞋癡の酒をのませて、一切衆生の仏性の本心をたぼらかします。そして、悪の肴ばかりをすすめて三悪道の大地に伏臥させ、衆生にたまたまの善心があれば邪魔をするのです。(中略)
たとえ等覚の菩薩であっても、元品の無明という大悪鬼がその身に入って、法華経という妙覚の功徳を妨げるのです。まして、それ以下の人々においては、なおさらの事なのです。また、第六天の魔王があるいは妻子の身に入って親や夫をたぼらかし、あるいは国王の身に入って法華経の行者をおどし、あるいは父母の身に入って孝養の子を責めたりするのです。
※大聖人は、暗躍する第六天の魔王の姿を述べられています。


「この経文に過去の誹謗によりて・やうやうの果報をうくるなかに或は貧家に生れ或は邪見の家に生れ或は王難に値う等云云、この中に邪見の家と申すは誹謗正法の家なり王難等と申すは悪王に生れあうなり、此二つの大難は各各の身に当つてをぼへつべし、過去の謗法の罪を滅せんとて邪見の父母にせめられさせ給う、又法華経の行者をあだむ国主にあへり経文明明たり経文赫赫たり、我身は過去に謗法の者なりける事疑い給うことなかれ、此れを疑つて現世の軽苦忍びがたくて慈父のせめに随いて存外に法華経をすつるよし・あるならば我身地獄に堕つるのみならず悲母も慈父も大阿鼻地獄に堕ちて・ともにかなしまん事疑いなかるべし、大道心と申すはこれなり。」(兄弟抄1083頁)
通解:この経(般泥洹経)文に、過去の謗法によって、さまざまな果法を受ける中に、あるいは貧しい家に生まれ、あるいは邪見の家に生まれ、あるいは王難に値う等と示されています。この中に「邪見の家」というのは誹謗正法の家であり「王難等」というのは、悪王の世に生まれ遭わせる事です。この二つの大難は、あなたがたの身にあたって感ずる事でしょう。過去の謗法の罪を滅しようとして今邪見の父母に責められているのです。また法華経の行者をあだむ国主に遭う事が、経文には明々であり赫々なのです。故にわが身が過去に謗法者であった事は疑ってはならないのです。これを疑って現世の軽苦が忍びがたく慈父の責めにあってこれに随い、仮に法華経を捨てる事があれば、自分が地獄に堕ちるばかりでなく、悲母も慈父も大阿鼻地獄に堕ちて、共に悲しむ事は疑いないのです。大道心と云うのは、此れ(大目的観に立って信心を全うする事)なのです。
※大聖人は「邪見の家に生まれ」「王難に値う」を通して「大道心」の大切さを教示されています。


「各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし、石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる、此の度こそ・まことの御信用は・あらわれて法華経の十羅刹も守護せさせ給うべきにて候らめ、雪山童子の前に現ぜし羅刹は帝釈なり尸毘王のはとは毘沙門天ぞかし、十羅刹・心み給わんがために父母の身に入らせ給いてせめ給うこともや・あるらん、それに・つけても、心あさからん事は後悔あるべし、又前車のくつがへすは後車のいましめぞかし」(兄弟抄1083頁)
通解:あなたがた兄弟は、かなり法華経を信じてきたので、過去世の重罪の果報を現世に責め出しているのです。それは例えば鉄を念入りに鍛えて打てば内部の疵が表面にあらわれてくる様なものです。石は焼けば灰となるが、金は焼けば真金となります。この度の難においてこそ、本当の信心があらわれて法華経の十羅刹女もあなたがたを必ず守護するにちがいないのです。雪山童子の前にあらわれた鬼神は帝釈であり、尸毘王に助けられた鳩は毘沙門天でした。同じく、十羅刹女が、信心を試す為に、父母の身に入って、法華経を信ずる人を責めるという事もあるでしょう。それにつけても信心が弱くては、必ず後悔するに違いありません。前車が覆えったのは、後車の誡しめなのです。
※「難の出現」と「諸天善神の守護」を通して、強き信心の必要性を述べられています。


「しをのひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(兵衛志殿御返事1091頁)建治元年11月 54歳御作
通解:潮が干る時と満つる時に、月の出る時と入る時に、また、夏・秋・冬・春の四季が変わる時には、必ず普段と異なる事があります。凡夫が仏に成る時もまた同じです。すなわち、仏に成る時には、必ず三障四魔という障害が出て来るので、賢者は喜び、愚者はひるんで退くのです。
※仏に成る時の障魔は、賢者ならば喜び、愚者は退くのです。


「仏になり候事は此の須弥山にはりをたてて彼の須弥山よりいとをはなちて、そのいとの・すぐにわたりて・はりのあなに入るよりもかたし、いわうや・さかさまに大風のふきむかへたらんは・いよいよかたき事ぞかし」(兵衛志殿御返事1092頁)建治元年11月
通解:仏に成る事は、かりに二つの須弥山が二つ並んでそびえているとして、こちらの須弥山に針を立てて、あちらの須弥山より糸を放って、その糸がまっすぐに渡って針の穴に入るよりも難しいのです。いわんや、逆向きに大風が吹いてきたならば、いよいよ難しい事なのです。
※我々も前もって、成仏の困難さを理解しておくべきです。


「良観等の天魔の法師らが親父左衛門の大夫殿をすかし、わどのばら二人を失はんとせしに、殿の御心賢くして日蓮がいさめを御もちゐ有りしゆへに二のわの車をたすけ二の足の人を・になへるが如く二の羽のとぶが如く日月の一切衆生を助くるが如く、兄弟の御力にて親父を法華経に入れまいらせさせ給いぬる御計らい偏に貴辺の御身にあり」(兵衛志殿御書1095頁)
通解:彼の極楽寺良観等の天魔の法師たちが、父親の左衛門大夫康光を騙してあなた方兄弟二人を迫害し退転させようとしましたが、兵衛志殿の心が賢明で、日蓮が諫めた事を用いられたが故に、あたかも二つの輪が車を助け、二本の足が人を担う様に、日月が輝いて一切衆生を助ける様に、兄弟二人の力によって、父親を法華経の信心につかせることができたのです。この計らいは偏に兵衛志殿の信心によるものです。
※大聖人は、兄弟の父の左衛門康光を入信させた事を喜ばれて、その長い間の兄弟の労をねぎらわれている。


「御親父御逝去の由・風聞真にてや候らん、貴辺と大夫志の御事は代末法に入つて生を辺土にうけ法華の大法を御信用候へば悪鬼定めて国主と父母等の御身に入りかわり怨をなさん事疑なかるべき・ところに、案にたがふ事なく親父より度度の御かんだうをかうほらせ給ひしかども兄弟ともに浄蔵・浄眼の後身か将た又薬王薬上の御計らいかのゆへに・ついに事ゆへなく親父に御かんきを・ゆりさせ給いて前に・たてまいらせし御孝養心に任せさせ給いぬるはあに孝子にあらずや、定めて天よりも悦びをあたへ法華経十羅刹も御納受あるべし。其の上貴辺の御事は心の内に感じをもう事候、此の法門・経のごとく・ひろまり候わば御悦び申すべし」(孝子御書1100頁)弘安2年2月
通解:御親父が御逝去との噂は事実でしょうか。あなた(兄)と大夫志殿(弟)の事は、世は末法に入って、しかも生を辺土日本にうけて、法華の大法すなわち御本尊を信心されたのですから、悪鬼が必ず国主と父母等の身に入り代わって、あなたがた兄弟に怨をなす事は疑いないところでしたが、案に相違することなく、御親父より度々の御勘当を蒙ったけれども、兄弟共に妙荘厳王を仏法に帰依させた浄蔵・浄眼の後身か、はたまた薬王菩薩・薬上菩薩の御計らいの故でしょうか、ついに無事に御親父の御勘気も許されて、以前に尽くされていた御孝養心にまかせて、御親父に尽くす事ができたのは、真実の孝子ではないでしょうか。定めし、諸天も喜びを与え、御本尊もその志を納受されるでしょう。その上、あなたの事について心の内に深く感じ思う事があり、この法門すなわち三大秘法が法華経に予言されている通り弘まっていくならば、あなたにお悦びを申すでしょう。
※大聖人は、無上の孝養を果たした池上兄弟の信心を褒められ、広布実現への原理を述べられています。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」6

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月 4日(日)21時10分9秒
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富木常忍

富木五郎左衛門尉胤継は、鎌倉幕府の問注所に仕えた文官で、大聖人の御在世中の強信者です。始め太田乗明の姉を娶るが死別しその後に富木尼御前と大聖人から呼ばれた妙常を後妻に迎え、その子伊予房日頂を養子にしたと云われ、二人の間に後に重須談所の初代学頭になった寂仙房日澄と乙御前(日妙聖人の娘とは別人)の一男一女に恵まれた。胤継は入道となり『常忍』と称し、大聖人より常修院日常の法諱を賜り、妻の妙常も落飾して尼となっている。胤継は法本尊開顕の書たる『観心本尊抄』の他に法華取要抄(331頁、文永11年)、四信五品抄(338頁、建治3年)、法華行者逢難事(965頁、文永11年)、聖人知三世事(974頁、建治元年)、始聞仏乗義(982頁、建治4年)、四菩薩造立抄(987頁、弘安2年)、佐渡御書(956頁、文永9年)、常忍抄(980頁、建治3年)、治病大小権実違目(995頁、弘安5年)の重要御書を賜っている。大聖人が御入滅され御葬送の折、胤継は門下の重鎮として香炉を持って参列し、大聖人滅後17年目の正安元年に自邸を寺とした法華堂を日高に付し、84歳で逝去している。


「釈迦仏御造立の御事、無始曠劫よりいまだ顕れましまさぬ己心の一念三千の仏造り顕しましますか、はせまいりてをがみまいらせ候わばや、「欲令衆生開仏知見乃至然我実成仏已来」は是なり、但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて 生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ、自身並に子にあらずばいかんがと存じ候、御所領の堂の事等は大進の阿闍梨がききて候、かへすがへすをがみ結縁しまいらせ候べし」(真間釈迦仏御供養逐状950頁)文永7年9月 49歳御作
通解:釈迦仏を御造立されたとの事、無始曠劫より今日まで、未だ一度も顕れた事のない己心の一念三千の仏を、今造立し顕現されたのです。急ぎ参って拝すれば、法華経方便品に「衆生をして仏知見を聞かしめんと欲す」と云われ、如来寿量品に「然るに我、実に成仏してより已来、無量無辺」と宣べられていますが、それがこの釈尊の造立顕現なのです。但し、この仏の御開眼の事は速やかに伊予房に行わせなさい。伊予房に法華経一部を御仏の御六根に読み入れ参らせて、生身の教主釈尊となし奉ってお迎え申し上げ奉安しなさい。それはあなた御自身ならびに御子息でなければどうかと思われます。御所領の堂の事については大進の阿闍梨が承知しています。かえすがえすもこの御仏を拝し奉り、成仏得脱を願うべきです。
※発迹顕本前の大聖人の御心ですが、富木常忍の成仏を願われています。


「衣かたびらは一なれども法華経にまいらせ給いぬれば法華経の文字は六万九千三百八十四字・一字は一仏なり、此の仏は再生敗種を心符とし 顕本遠寿を其の寿とし常住仏性を咽喉とし一乗妙行を眼目とせる仏なり、応化非真仏と申して三十二相八十種好の仏よりも 法華経の文字こそ真の仏にてはわたらせ給いて仏在世に仏を信ぜし人は仏にならざる人もあり、仏の滅後に法華経を信ずる人は無一不成仏如来の金言なり、この衣をつくりてかたびらをきそえて法華経をよみて候わば日蓮は無戒の比丘なり法華経は正直の金言なり」(御衣並単衣御書971頁)建治元年9月 54歳御作 富木常忍に与う
通解:お送りくださった帷子は一つですが、法華経に供養すれば、法華経の文字は六万九千三百八十四字であり、その一字一字が一仏なのです。しかもこの仏は再生敗種を己が心となし、顕本遠寿をその寿とし、常住仏性を咽喉とし、一乗妙行を眼目とする仏なのです。「応化は真仏に非ず」といって、三十二相八十種好の相を現じた仏よりも法華経の文字こそが真の仏です。仏在世に仏を信じた人の中には成仏しない人もいます。しかし、仏滅後に法華経を信ずる人は、一人として成仏しない人はいない。とは仏の金言なのです。この衣を作り、帷子を着そえて法華経を読み奉るならば、日蓮は無戒の僧ですが、法華経は仏の正直の金言ですから、毒蛇が珠をはき、伊蘭の中から栴檀が生ずる様に、大功徳を生ずるのです。
※法華経を信ずる人は、一人として成仏しない人はいない。とは仏の金言です。


「我れ等は仏に疑いなしとをぼせば・なにのなげきか有るべき、きさきになりても・なにかせん天に生れても・ようしなし、竜女があとをつぎ摩訶波舎波提比丘尼のれちにつらなるべし、あらうれし・あらうれし、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経と唱えさせ給へ」(富木尼御前御返事976頁)建治2年3月 55歳御作
通解:私達が仏に成る事は絶対に疑いないと思えば、何の嘆きがあるでしょうか。皇妃になっても、また天上界に生まれても何になるでしょう。竜女(法華経提婆達多品に説かれる竜王の八歳の娘、法華経の会座に詣でて爾前の諸経では許されなかった女人成仏の相を現じた)のあとを継ぎ、摩訶波舎波提比丘尼(摩訶針刺闍鉢底とも書く。釈尊の継母。釈尊の生母・摩耶夫人が釈尊出生七日後に死去したため、夫人に替わって浄飯王の妃となり、釈尊を養育した。浄飯王の死後に出家を志し三度釈尊に請願して許され、釈尊教団最初の比丘尼となった。法華経勧持品で一切衆生喜見如来の記別を受ける。)の列に並ぶ事ができるのです。なんと嬉しい事でしょうか。ただ南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。
※大聖人は夫人に対して、私達が仏に成る事は間違いないので、ただ唱題していきなさい、と御指南されている。


「問うて云く凡夫の位も此の秘法の心を知るべきや、答う私の答は詮無し竜樹菩薩の大論に云く九十三なり「今漏尽の阿羅漢還つて作仏すと云うは唯仏のみ能く知ろしめす、論議とは正しく其の事を論ず可し測り知ること能わず是の故に戯論すべからず若し仏を求め得る時乃ち能く了知す余人は信ずべく而も未だ知るべからず」等云云、此の釈は爾前の別教の十一品の断無明・円教の四十一品の断無明の大菩薩・普賢・文殊等も未だ法華経の意を知らず何に況や蔵通二教の三乗をや何に況や末代の凡夫をやと云う論文なり、之を以て案ずるに法華経の唯仏与仏・乃能究尽とは爾前の灰身滅智の二乗の煩悩・業・苦の三道を押えて法身・般若・解脱と説くに二乗還つて作仏す菩薩・凡夫も亦是くの如しと釈するなり、(中略)問う是くの如し之を聞いて何の益有るや、答えて云く始めて法華経を聞くなり、妙楽云く若し三道即是れ三徳と信ぜば尚能く二死の河を渡る況や三界をやと云云、末代の凡夫此の法門を聞かば唯我一人のみ成仏するに非ず父母も又即身成仏せん此れ第一の孝養なり」(始聞仏乗義984頁)建治4年2月 58歳御作
通解:問います。凡夫の我等でもこの秘法の意を理解することができるでしょうか。答えましょう。私見による答えは無益です。竜樹菩薩の大智度論巻九十三には「今、煩悩を断じ尽くした阿羅漢は、仏になれないと決まっているのに、かえって成仏するというのは、唯仏のみがよく知っている事です。論議は正しくその事を論ずべきですが、測り知る事はできない。だから戯れの論議をしてはならない。もし仏になる事ができた時は、よく了解する事ができる。それ以外の人は、ただ信ずべきであって、末だ了解する事はできない」と云われています。この釈は、法華経以前の別教に説く十一品の無明を断じた菩薩、円教に説く四十一品の無明を断じた大菩薩である普賢菩薩・文殊菩薩等も未だ法華経の意は分からないのです。だからそれ以下の蔵教・通教の二教における三乗においてはいうまでもなく、まして末代の凡夫においてもいうまでもないと論ぜられた文なのです。この事を考えると、法華経方便品第二の「唯仏と仏とのみがよく究め尽くしている」とは、爾前経において灰身滅智した二乗が法華経において煩悩・業・苦の三道をそのまま法身・般若・解脱の三徳となると説かれ成仏しており、菩薩や凡夫もまた同じく成仏することが可能となったと解釈するのです。(中略)
問います。以上の様な法門を聞いて何の利益があるのでしょうか。答えます。始めて法華経を聞くという事です。妙楽大師は止観輔行伝弘決巻一の二に「もし三道がそのまま三徳であると信ずれば、よく文段・変易の二種の生死の河を渡ることができる。ましてや三界を渡りうることはいうまでもない」と云われています。末代の凡夫がこの法門を聞くならば、唯我一人が成仏するばかりでなく、父母もまた即身成仏するのです。これが第一の孝養なのです。
※大聖人は難解な法門を丁寧に解説し、富木常忍がこの法門を聞き信じた事は、自身の即身成仏だけでなく、父母の成仏も可能にした事になり、これこそ第一の孝養なりと称えています。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」5

 投稿者:サム  投稿日:2017年 6月 2日(金)11時27分15秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」5

曾谷教信

曾谷二郎兵衛尉教信は、元仁元年(1224)~正応4年(1291)の人で、曾谷二郎入道・教信御房という。大聖人御在世当時、下総国(千葉県)葛飾郡曾谷に住んでいたので曾谷氏と呼ばれ、文応元年(1260)頃に大聖人に帰依し後に出家し大聖人から法蓮日礼の法号を授かっている。重要法門を記した多くの御書を賜り、安国寺と法蓮寺の2寺を建立、子息の道宗(山城守四郎左衛門直秀)も妙興寺を建てている。


「彼の五千の上慢は聞きてさとらず不信の人なり、然れども謗ぜざりしかば三月を経て仏になりにき「若しは信じ若しは信ぜざれば即ち不動国に生ぜん」と涅槃経に説かるるは此の人の事なり、法華経は不信の者すら謗ぜざれば聞きつるが不思議にて仏になるなり」(法蓮抄1046-7頁)建治元年4月 54歳御作 曾谷教信入道法蓮に与う
通解:彼の五千の上慢の比丘は、法華経を聞いても悟る事のできなかった不信の人なのです。しかしながら、誹謗しなかったので、三ヶ月の後には仏になったのです。「もしは信じても、もしは信じなくても、皆不動国に生まれる(不動とは動せずと読み、人生の如何なる出来事にも動じない境涯、仏の境涯をいい、生不動国とは仏国土に生じ仏に成ることができるとの意)」と涅槃経に説かれているのは、この人々の事なのです。法華経は不信の者でも誹謗しなければ、一度聞いたならば、不思議にも仏に成るのです。
※大聖人は法蓮上人と敬いつつも、仏に成る条件を示されています。


「されば十方世界の諸仏は自我偈を師として仏にならせ給う世界の人の父母の如し、今法華経・寿量品を持つ人は諸仏の命を続ぐ人なり、我が得道なりし経を持つ人を捨て給う仏あるべしや、若し此れを捨て給はば仏還つて我が身を捨て給うなるべし」(法蓮抄1050頁)建治元年 54歳御作 曾谷法蓮日礼に与う
通解:だから十方世界の諸仏は、自我偈を師として仏に成られたのです。世界の人の父母の様なものなのです。今法華経寿量品を持つ人は、諸仏の命を継ぐ人です。自分が得道できた経を持つ人を捨てられる仏があるでしょうか。もし、この人を捨てるなら、仏はかえって自分の身を捨てる事になるでしょう。
※勤行をする人が、諸仏の命を継ぐ人である事は明確です。


「経に云く『在在諸の仏土に常に師と倶に生ぜん』又云く『若し法師に親近せば速かに菩薩の道を得ん是の師に随順して学せば恒沙の仏を見たてまつることを得ん』釈に云く『本此の仏に従つて初めて道心を発し亦此の仏に従つて不退地に住す』又云く『初め此の仏菩薩に従つて結縁し還此の仏菩薩に於て成就す』云云、返す返すも本従たがへずして成仏せしめ給うべし、釈尊は一切衆生の本従の師にて而も主親の徳を備へ給う」(曾谷殿御返事1056頁)建治2年 55歳御作
通解:法華経に「在在、諸の仏土に常に師と倶に生まれる」と説かれ、また「もし法師に親近するならば、速やかに菩薩の道を得ることができ、この師に随順して学ぶならば、恒沙の仏を見ることができる」と説かれています。釈には「もとこの仏に従って初めて道心を発し、またこの仏に従って不退地に住する」とあり、また「初めこの仏・菩薩に従って結縁し、またこの仏・菩薩によって成就する」とあります。かえすがえすも本従を間違えないで、成仏していきなさい。釈尊は一切衆生の本従の師であって、しかも主と親の徳を備えておられるのです。
※大聖人は曾谷教信に「本従を間違えず、成仏していきなさい」と御教示されている。


「抑貴辺の去ぬる三月の御仏事に鵞目其の数有りしかば今年一百よ人の人を山中にやしなひて十二時の法華経をよましめ談義して候ぞ、此れらは末代悪世には一えんぶだい第一の仏事にてこそ候へ、いくそばくか過去の聖霊も・うれしくをぼすらん、釈尊は孝養の人を世尊となづけ給へり貴辺あに世尊にあらずや」(曾谷殿御返事1065頁)弘安2年8月
通解:さて、あなたが去る三月の御仏事に、多数の鵞目を供養されたので、今年は百余人をこの山中で養うことができ、昼夜十二時にわたって法華経を読誦したり、講義したりするほど盛況なのです。この姿は末代悪世においては世界第一の仏事というべきです。どんなにか、亡くなられた聖霊もうれしく思われている事でしょう。釈尊は孝養の人を世尊と名付けられました。あなたも世尊というべきではないでしょうか。
※大聖人は、供養された多額の金銭を、弟子の養育、法華経読誦や講義等の仏事に使用すると明らかにされていますが、「楠板曼荼羅」建立を示唆する御文は見出せません。
そして、曾谷教信に対して「貴方は世尊に等しい」と労われている。


「爰に貴辺と日蓮とは師檀の一分なり然りと雖も有漏の依身は国主に随うが故に此の難に値わんと欲するか感涙押え難し、何れの代にか対面を遂げんや唯一心に霊山浄土を期せらる可きか、設い身は此の難に値うとも心は仏心に同じ今生は修羅道に交わるとも後生は必ず仏国に居せん」(曾谷二郎入道殿御返事1069頁)弘安4年7月 60歳御作
通解:思えば貴辺と日蓮とは師檀の一分です。そうとは言っても、有漏の依身(煩悩を所依とする凡夫の肉身)は国主に随うものであるが故に、貴辺もこの蒙古襲来の難に値おうとしているのでしょうか。その貴辺の立場を思うと感涙を押さえる事ができません。いずれの代に対面をとげる事ができるでしょうか。ただ一心に霊山浄土に往く事を期されるべきでしょう。たとえ身はこの難に遭ったとしても、貴辺の心は仏心と同じです。今生は修羅道に交わったとしても後生は必ず仏国に居住するでしょう。
※大聖人は曾谷教信に「心は仏心と同じで、後生は必ず仏国に居住するでしょう」と約束されている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」4

 投稿者:サム  投稿日:2017年 5月28日(日)12時04分45秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」4

国府入道・尼御前夫妻

資料が乏しく生没年等不明、大聖人御在世当時の門下で佐渡の国(新潟県佐渡郡)国府の住人だったので、この名称で書かれたものと思われる。国府入道は大聖人流罪の折りに弟子となり、夫婦揃って種々の御供養し外護され、また、大聖人が身延入山後もはるばる訪れて御供養し、純真な信心を貫いた方々である、事は大聖人御抄の文面から推察される。


「しかるに御子もをはせず但をやばかりなり、其中衆生悉是吾子の経文のごとくならば教主釈尊は入道殿尼御前の慈父ぞかし、日蓮は又御子にてあるべかりけるが、しばらく日本国の人をたすけんと中国に候か、宿善たうとく候、又蒙古国の日本にみだれ入る時は・これへ御わたりあるべし、又子息なき人なれば御としのすへには・これへと・をぼしめすべし、いづくも定めなし、仏になる事こそつゐのすみかにては候いしと・をもひ切らせ給うべし」(国府入道殿御返事1323頁)文永12年4月 54歳御作
通解:ところであなた方には子もなく、親ばかりです。法華経譬喩品第三の「其の中の衆生は、悉く是れ吾が子なり」の経文の通りであるならば、教主釈尊は入道殿と尼御前の慈父でしょう。日蓮は、また、あなたがたの子である筈です。しばらく、日本国を助けようと、(佐渡の地ではなく)国の中央にいるのです。あなた方が前世に積んだ善業は尊いのです。また、蒙古国が日本に乱れ入る時には、この身延へ避難しておいでなさい。また、御息子もいない事ですから、年をとった末には、こちらに移る事をお考えなさい。いずれの地も一定しないものです。ただ仏に成る事こそ、最後の住み家であると、心に決めておきなさい。
※大聖人が、佐渡御流罪の折りに入信した国府入道・尼御前の老夫婦に宛てた激励のお手紙です。同じ佐渡の同志である阿仏房・千日尼には、立派な子息がおられたが、年老いた国府入道・尼御前には子供がいなくて、時には寂しい思いをされたに違いありません。大聖人は、御夫妻に対して「私はあなた方の子供です」と慈愛に満ちたお言葉を掛けられ、「成仏こそが最終の住み家です」と仰せられているのです。


「法華経第四法師品に云く「人有つて仏道を求めて一劫の中に於て 合掌して我が前に在つて無数の偈を以て讃めん、是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん、持経者を歎美せんは其の福復た彼に過ぎん」等云云、文の心は釈尊ほどの仏を三業相応して一中劫が間・ねんごろに供養し奉るよりも・末代悪世の世に法華経の行者を供養せん功徳は・すぐれたりと・とかれて候、まことしからぬ事にては候へども・仏の金言にて候へば疑うべきにあらず、其の上妙楽大師と申す人・此の経文を重ねて・やわらげて云く「若し毀謗せん者は頭七分に破れ若し供養せん者は福十号に過ぎん」等云云、釈の心は末代の法華経の行者を供養するは十号を具足しまします如来を供養したてまつるにも 其の功徳すぎたり、又濁世に法華経の行者あらんを留難をなさん人は頭七分にわるべしと云云。(中略)尼ごぜん並びに入道殿は彼の国に有る時は人めを・をそれて夜中に食ををくり、或る時は国のせめをも・はばからず身にも・かわらんと・せし人人なり、さればつらかりし国なれどもそりたるかみをうしろへひかれ・すすむあしもかへりしぞかし、いかなる過去のえんにてや・ありけんと・おぼつかなかりしに・又いつしか・これまで・さしも大事なるわが夫を御つかいにて・つかはされて候、ゆめかまぼろしか尼ごぜんの御すがたをば・みまいらせ候はねども心をば・これに・とどめをぼへ候へ、日蓮をこいしく・をはしせば常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり、又後生には霊山浄土に・まいりあひ・まひらせん、南無妙法蓮華経。」((国府尼御前御書1324-5頁)建治元年6月 54歳御作
通解:法華経第四巻法師品の文に「仏道を求める人が、一劫の長い間、合掌して仏の前にあって、無数の偈を唱え讃嘆するならば、この讃仏によって、量り知れない功徳を得るであろう。しかし法華経を受持する者を讃嘆する功徳は、復それよりもすぐれている」とあります。文の心は、釈尊ほどの仏を、身口意の三業をもって、一中劫の間、心を込めて供養するよりも、末代悪世の時代に、法華経の行者を供養する功徳の方が勝れていると説かれているのです。真実とは思えぬ事ですが、仏の金言なので疑うべきではありません。その上、妙楽大師という人は、この経文を重ねて解釈して、「若しこの法華経を毀謗する人は頭が七分に破れ、若し供養する人は、その福は仏の十号に過ぎるであろう」と述べています。この釈の心は、末代の法華経の行者を供養する事は、十号を具足された仏を供養するよりも、その功徳が勝れているという事です。また五濁悪世に出現した法華経の行者に対して迫害する人々は、頭が七分に破れるという事なのです。(中略)尼御前および入道殿は、日蓮が佐渡にいた時は、人目をはばかって夜中に食物を送り、ある時は国の役人の咎めをも恐れず、日蓮の身代わりになろうとされた人々なのです。それ故、辛かった佐渡の国でしたが、剃った髪を後へ引かれる様に、進む足も戻りそうになるほど名残り惜しいものとなりました。どの様な過去の因縁によるものかと不思議に思っていたところ、又いつの間にかこの身延まで、これほど大切な我が夫を御使いとして(この身延まで)遣わされました。夢か幻なのか、尼御前の御姿は見る事はできませんが、心は此処におられると信じています。日蓮を恋しく思われるならば、常に出る日、夕に出る月を拝みなさい。(日蓮は)何時であっても日月に影を浮かべている身なのです。又後生には、霊山浄土へ行ってそこでお会いしましょう。南無妙法蓮華経。
※大聖人がどれほど国府入道・尼御前の御夫婦を大切に思われていたのか、想像できます。現存する国府入道・尼御前夫妻に宛てた御消息文は少ないですが、国府入道・尼御前夫妻の成仏は、きっと約束されているのでしょう。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」3

 投稿者:サム  投稿日:2017年 5月27日(土)11時39分50秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」3

阿仏房日得と千日尼

阿仏房日得は、阿仏御房や阿仏上人とも呼ばれ、阿仏房は号、日得は法名で、俗名を遠藤左衛門尉為盛といい、順徳上皇の元北面の武士で、上皇が佐渡に流された折りに佐渡に来て定住したと伝えられている。大聖人の佐渡流罪中に論詰しようとして返って折伏され、念仏を捨てて妻千日尼と共に大聖人に帰伏した。文永11年に大聖人が流罪赦免となって鎌倉に帰られるまで、悪天候を厭わず危険を冒して櫃を背負い深夜の道を往復して給仕に努めた。大聖人が身延に入山されてからも八、九十歳の老体にも拘わらず御供養を携えて三度もお訪ねしている。そして豊後房、覚静房、山伏房等を指導し、子息の藤九郎盛綱もその意志を継ぎ、曾孫の如寂日満は年少より富士に上って日興上人に仕え北陸に於ける仏法の中心者を命じられたのも、大聖人の時代の阿仏房の大功労に因るのです。阿仏房は弘安2年91歳で亡くなられている。


「末法に入つて法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり、」(阿仏房御書1304頁)或文永9年3月13日 51歳御作
通解:末法に入って、法華経を持つ男女の姿よりほかには宝塔はないのです。もしそうであれば、身分の貴賎上下とは関係なく南無妙法蓮華経と唱える者は、その人のそのままの身が宝塔であり、その人自身がまた多宝如来なのです。
※「あなたの生命こそ最極の宝塔なのです」と大聖人は仰せになられた。


「かかるいみじき法華経と申す御経は・いかなる法門ぞと申せば、一の巻方便品よりうちはじめて菩薩・二乗・凡夫・皆仏になり給うやうを・とかれて候へどもいまだ其のしるしなし、設えば始めたる客人が相貌うるわしくして心も・いさぎよく・よく口もきいて候へば・いう事疑なけれども・さきも見ぬ人なれば・いまだ・あらわれたる事なければ語のみにては信じがたきぞかし、其の時語にまかせて大なる事・度度あひ候へば・さては後の事も・たのもしなんど申すぞかし、一切信じて信ぜられざりしを第五の巻に即身成仏と申す一経第一の肝心あり、譬へばくろき物を白くなす事・漆を雪となし・不浄を清浄になす事・濁水に如意珠を入れたるがごとし、竜女と申せし小蛇を現身に仏になしてましましき、此の時こそ一切の男子の仏になる事をば疑う者は候はざりしか、されば此の経は女人成仏を手本としてとかれたりと申す」(千日尼御前御返事1311頁)弘安元年7月28日 57歳御作
通解:この様な尊い法華経という御経は、どの様な法門であるかと言えば、第一巻の方便品第二より初めて菩薩・二乗・凡夫等が皆仏に成れると説かれていますが、未だ成仏した証拠は無いのです。例えば、初めてあう客人の姿が麗しく、心も清らかで、話す言葉に疑う処が無いとしても、これまで見知らぬ人であるから、また話の内容が実際に証明されなければ言葉だけでは信じ難いのです。言葉通りに大事な事が度々証明されれば、それだけで後の事も信頼できるのです。一切の人が法華経を信じながらも信じ切れないでいたのを、第五巻の提婆達多品第十二に即身成仏という法華経第一の肝心が説かれたのです。譬えば、黒い物を白くする事、漆を雪とし、不浄の身を清浄にする事、濁水に如意宝珠を入れた様なものです。竜女という小蛇を現身に仏に成されたのです。この時こそ、一切の男子が成仏できる事を疑う者はいなかったのです。故にこの法華経は女人成仏を手本として、一切衆生の成仏が説かれたというのです。
※衆生の皆が成仏するという証拠は、法華経提婆達多品の竜女の成仏に始まったのです。


「譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり、仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」(千日尼御前御返事1316頁)弘安元年10月57歳御作
通解:譬えば、天月は四万由旬離れているが、大地の池には瞬時に影が浮かび、雷門の鼓は千万里の遠くにあっても打てば瞬間に聞こえます。同様に、あなたの身は佐渡の国にいらっしゃるけれども、心はこの国(身延)に来られているのです。仏に成る道もこの様なものです。私達は穢土に住んではいますが、心は霊山浄土に住んでいるのです。お顔をみたからとて何になるでしょう。心こそ大切なのです。
※成仏への道は、距離や時間の隔たりに関係せず、心が大切なのです。


「されば此の経文をよみて見候へば此の経をきく人は一人もかけず仏になると申す文なり」(千日尼御返事1319頁)弘安3年7月2日 59歳御作
通解:(法華経の一字一句を読めば、一切経を読んだ事になる)それ故、この経文(方便品の「若有聞法者無一不成仏」)を読んでみると、この法華経を聞く人は、一人も欠けることなく仏に成るという文なのです。
※大聖人の真意は、「唱題する人は、一人も欠ける事なく仏に成る」という事なのです。


「いろいろに候へども・法華経に入りぬれば唯一人の身一人の心なり、譬へば衆河の大海に入りて同一鹹味なるがごとく・衆鳥の須弥山に近ずきて一色なるがごとし、提婆が三逆も羅睺羅が二百五十戒も同じく仏になりぬ、妙荘厳王の邪見も舎利弗が正見も同じく授記をかをほれり、此れ即ち無一不成仏のゆへぞかし」(千日尼御返事1319頁)
通解:いろいろですが、法華経に入ってしまうと、ただ一人の身・一人の心なのです。譬えば、多くの川の水も大海に入れば同一鹹味となり、多くの色とりどりの鳥も須弥山に近づけば同じ金色となる様なものです。三逆罪を犯した提婆達多も、二百五十戒を守った羅睺羅も同じく仏に成ったのです。妙荘厳王の様な邪見の者と、舎利弗の様な正見の者とが、同じく成仏の授記を受けたのです。これ即ち「一人として成仏しないことはない」との理由なのです。
※大聖人は、「皆成仏道」の法門を示されています。


「故阿仏聖霊は日本国・北海の島のいびすのみなりしかども後生ををそれて出家して後生を願いしが・流人日蓮に値いて法華経を持ち去年の春仏になりぬ、尸陀山の野干は仏法に値いて生をいとひ死を願いて帝釈と生れたり、阿仏上人は濁世の身を厭いて仏になり給いぬ」(千日尼御返事1322頁)
通解:亡くなった阿仏房は、日本国・北海の島の夷の身です。けれども、後生を恐れて出家し、後生を願っていたが、流人の日蓮に値って法華経を持ち、去年の春・仏になったのです。尸陀山(インド毘摩大国にあった山名)の野干(中国の伝説上の獣又は狐の別称)は仏法に値って、生を嫌い死を願って、帝釈と生まれたのです。阿仏上人は濁世の身をきらって仏に成られたのです。
※大聖人は「阿仏房が成仏された」と確かに仰せです。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」2 

 投稿者:サム  投稿日:2017年 5月26日(金)15時02分22秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」2

四条金吾とその家族

四条中務三郎左衛門尉頼基は、寛喜2年(1230)頃~正安2年(1300)左衛門尉という官名からその唐名により金吾と通称され、北条氏の支族・江間(江馬)家に仕えた武士で、武術に優れ、医術に通達していた。妻は日眼女、娘に月満御前・経王御前がおり、他に三人の兄弟と妹もいたと思われる。大聖人の弟子として強盛な信心を貫いてきた四条金吾は、大聖人が佐渡に流罪され、大聖人一門が大弾圧を受けた時にも、鎌倉の門下の中心者として大聖人を外護し、人本尊開顕の書たる『開目抄』を賜っている。建治3年の桑ヶ谷問答では、「徒党を組み武装して乱入し、暴力で法座を乱した」と主君江馬氏に讒言され、主君より勘気を蒙り「法華経信仰を捨てるかでなければ所領を没収する」旨の下文を受ける。 大聖人は「所領は没収されても信仰は捨てない」との金吾の健気な覚悟に、主君への陳状一篇を代作され、一時は没収された領地も三倍となって返されている。正安2(1300)年に71歳の高齢で亡くなるまで、四条金吾の一生は強信を以て末代門下の鏡とされている。


「盂蘭盆と申すは源目連尊者の母青提女と申す人慳貪の業によりて五百生・餓鬼道にをち給いて候を目連救ひしより事起りて候、然りと雖も仏にはなさず其の故は我が身いまだ法華経の行者ならざる故に母をも仏になす事なし、霊山八箇年の座席にして法華経を持ち南無妙法蓮華経と唱えて多摩羅跋栴檀香仏となり給い此の時母も仏になり給う」(四条金吾殿御書1111頁)文永8年7月 50歳御作
通解:盂蘭盆というのは、もともと目連尊者の母・青提女という人が慳貪の業によりて五百生の間、餓鬼道に堕ちたのを目連尊者が救った事から起ったのです。しかしながら、その時は母を成仏させることはできなかったのです。その理由は目連自身が、法華経の行者でなかった為に母を成仏させる事ができなかったのです。その後、霊山八箇年の説法の席で、目連は法華経を持ち、南無妙法蓮華経と唱えて多摩羅跋栴檀香仏となり、この時母も仏に成ったのです。
※法華経により母子共に仏に成ったのです。


「経王御前を儲させ給いて候へば現世には跡をつぐべき孝子なり後生には又導かれて仏にならせ給うべし、今の代は濁世と申して乱れて候世なり、其の上・眼前に世の中乱れて見え候へば皆人今生には弓箭の難に値いて修羅道におち後生には悪道疑なし。而るに法華経を信ずる人人こそ仏には成るべしと見え候へ」(経王御前御書1123頁)文永9年 51歳御作 四条金吾と娘の経王御前に与う
通解:あなた方が経王御前を儲けられたのですから、現世には、必ず跡を継ぐ孝子なのです。また後生には、この子に導かれて仏に成られるでしょう。今の代は、濁世といって乱れている世なのです。その上、眼前の事実として、世の中が乱れているので、人はみな今生では、弓箭の難にあって、修羅道に堕ち、後生には、三悪道に堕ちる事は疑いありません。しかしながら、法華経を信ずる人々こそ仏に成ると説かれているのです。
※大聖人は、門下の後継の誕生をこれほどまでに喜ばれている。


「此の経をききうくる人は多し、まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり、此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持つなり」(四条金吾殿御返事1136頁)文永12年3月
通解:法華経を聞き、信受する人は多いのです。しかし、大難が来た時に、聞き信受した通りに銘記して忘れない人はまれです。法華経を受ける事はやさしいが、持(たも)つ事は難しいのです。しかしながら成仏は持ち続ける事にあるのです。それ故、この法華経を持つ人は必ず難に遭うのだと心得て持つべきなのです。
※必ず難に遭うと覚悟して信仰を継続するところに成仏はあるとの御指導です。


「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文・あに自受法楽にあらずや、衆生のうちに貴殿もれ給うべきや、所とは一閻浮提なり日本国は閻浮提の内なり、遊楽とは我等が色心依正ともに一念三千・自受用身の仏にあらずや、法華経を持ち奉るより外に遊楽はなし現世安穏・後生善処とは是なり」(四条金吾殿御返事1143頁)建治2年6月
通解:一切衆生にとって南無妙法蓮華経と唱える以外の遊楽はないのです。法華経如来受量品第十六に「衆生の遊楽する所なり」とあります。この文は自受法楽の事をいっているのです「衆生」の中にあなたが洩れることがあるでしょうか、また「所」とは全世界を示しており、日本国は閻浮提の内にあります。「遊楽」とは、すなわち我々の色心・依報・正報ともに、一念三千の当体であり、自受用身の仏であるという事ではないでしょうか。従って、法華経(御本尊)を持つ以外に遊楽はないのです。法華経薬薬喩品第五にある「現世安穏にして、後に善処に生ずる」とはこの事をいうのです。
※「衆生所遊楽」とは、自受用身の仏が存在している証明である、と仰せです。


「頼基が今更・何につけて疎縁に思いまいらせ候べき、後生までも随従しまいらせて頼基・成仏し候はば君をも・すくひまいらせ君成仏しましまさば頼基も・たすけられ・まいらせむと・こそ存じ候へ。其れに付ひて諸僧の説法を聴聞仕りて何れか成仏の法と・うかがひ候処に日蓮聖人の御房は三界の主・一切衆生の父母・釈迦如来の御使・上行菩薩にて御坐候ける事の法華経に説かれて・ましましけるを信じまいらせたるに候(中略)此くの如き厳重の法華経にて・をはして候間、主君をも導きまいらせむと存じ候故に・無量の小事をわすれて今に仕われまいらせ候、頼基を讒言申す仁は君の御為不忠の者に候はずや、御内を罷り出て候はば君たちまちに無間地獄に堕ちさせ給うべし、さては頼基・仏に成り候ても甲斐なしとなげき存じ候。」(頼基陳状1161-2頁)建治3年6月
通解:この頼基が、今更どうして主君を疎縁に思うでしょうか。後生までも随従して、頼基が成仏したなら主君をも救い、主君が成仏されたならば頼基も助けていただこうと思う所存です。それについて諸僧の説法を聴聞して、いかなる法が成仏の法かと尋ねたところ、日蓮聖人は、三界の主であり一切衆生の父母であり、釈迦如来の御使い、上行菩薩であられる事が法華経に説かれていたので信ずるに至った次第であります。(中略)
この様な厳重な法華経である故に、主君をもお導きしようと思うので、無量の小事を忘れて今日までお仕えしてまいりました。この頼基を讒言する人は、主君のためには、不忠の者ではないでしょうか。頼基が御内を去ってしまうならば、主君はたちまちのうちに無間地獄に堕ちられるでありましょう。それでは、頼基一人が成仏してもなんの甲斐もないと嘆くばかりでございます。
※大聖人が金吾に替わって主君江馬氏に出した陳状ですが、主君への忠義が読み取れます。


「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(崇峻天皇御書1174頁)建治3年9月11日 56歳御作 与四条金吾
通解:釈迦一代の説法の肝心は法華経です。そして、法華経の修行という点でのその肝心は、不軽品になります。不軽菩薩が人ごとに敬ったという事は、どういう事なのでしょうか。教主釈尊の出世の本懐は、人としての振る舞いの道を説く事だったのです。
※成仏(人間革命)の本質は何か、を考えさせられます。


「日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり。」(四条金吾殿御返事1169頁)建治3年 56歳御作
通解:日蓮は若い時から、今生の栄を祈ったことはありません。ただ仏に成ろうと思い願うだけです。しかしながらあなたの事は、絶えず法華経、釈迦仏、日天子に祈っているのです。それは、あなたが法華経の命を継ぐ人だと思うからです。
※後事を継ぐ人は大事なのです。


「阿闍世王は賢人なりしが父を・ころせしかば即時に天にも・すてられ大地も・やぶれて入りぬべかりしかども・殺されし父の王・一日に五百りやう五百りやう数年が間・仏を供養しまいらせたりし功徳と後に法華経の檀那となるべき功徳によりて天もすてがたし地もわれず・ついに地獄にをちずして仏になり給いき、とのも又かくのごとし(中略)いよいよ道心堅固にして今度・仏になり給へ、御一門の御房たち又俗人等にも・かかるうれしき事候はず、かう申せば今生のよくとをぼすか、それも凡夫にて候へば・さも候べき上慾をも・はなれずして仏になり候ける道の候けるぞ」(四条金吾殿御返事1183-4頁)弘安元年10月
通解:阿闍世王は賢人でしたが、父を殺したのですから、即座に天に捨てられ、大地が割れて地獄に堕ちるべきところを、殺された王が生前に一日五百輌ずつ、数年間にわたって、仏を供養した功徳と、阿闍世王自身、後に法華経外護の檀那となる功徳によって、天も捨てがたく、地も割れず、ついに地獄にも堕ちないで仏に成ったのです。あなたもまたその通りなのです。(中略)いよいよ信心を強盛にして今生に成仏を期していきなさい。御一門の出家の御房達や在家の人々の中にも、これほどうれしい事はないのです。この様に所領の事についていえば、現世の欲望だと思われるかもしれませんが、凡夫であるからにはそれは当然ですし、その欲を離れずして仏に成る道があるのです。
※弥々信心を強盛にして今生に成仏を期せよ、と大聖人が仰せなのです。


 

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