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稀代の謀略家・山崎正友の悪事年表 3

 投稿者:サム  投稿日:2018年 7月17日(火)16時15分47秒
  稀代の謀略家・山崎正友の悪事年表 3

顧問弁護士には有るまじき暗躍の謀略文書

昭和52年11月 学会は、宗務院に、僧俗和合の原理についての五項目からなる素案を提出して、検討及び指導を仰ぐ。
【原案の内容】
「一、日蓮正宗並びに創価学会は、共に日蓮大聖人の三大秘法の仏法を広宣流布することを目的としており、その目的遂行のため、永久に僧俗和合して進む。
一、創価学会は日蓮正宗を外護し、宗門は、創価学会の宗教法人上の自立性を十分尊重する。
一、創価学会は、宗門・僧侶を尊敬する。宗門並びに僧侶は、学会を大事にし、批判しない。相互間に問題があれば、必ず連絡会議及び僧俗協議会で協議する。
一、宗門は、創価学会が宗教法人上の必要性から行なう一定の儀式・法要については認める。また、学会は、寺院での儀式にも参加する。
一、僧侶は、寺院に来た学会員の相談に応ずるのはよいが、その際、必ず創価学会の組織につける。また、学会員で個人的に法華講に入構を希望するもの、及び法華講員で学会に入会を希望するものがあれば、僧俗協議会にはかり検討する。但し、この場合でも双方互いに批判しないことを条件とする。」
これは素案であった為、表現において適切でない部分も多い。しかし、内容的には、当時の学会として、今後のあるべき点を確認しようとしたものであった。日達上人もその意を諒とされた。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」120-1頁)

昭和52年12月4日 宮崎・定善寺での日達法主と池田先生が話し合い、池田先生の懸命な努力により、宗門・学会の不協和問題は、修復の方向に向かう。(旭日の創価学会70年2巻128-9頁)

昭和53年1月2日 日達上人より、「宗祖日蓮大聖人第七百御遠忌を目指し僧俗和合して進む」との「訓諭」が発せられる。

昭和53年1月19日 山崎は、自ら「池田会長本仏論」なるものを作出し、日達法主の側近である光久諦顕の女房に清書させた「ある信者からの手紙」という謀略怪文書を宗門首脳に送る。これが、宗門の反学会感情を抱く若手僧侶をして、その後決定的な“組織だった反学会運動”に高めさせるキッカケとなる。(サンデー毎日 ’83.1.9号44頁)
これを同日行われた若手僧侶の集会で、読み上げられる。
【「ある信者からの手紙」の内容】
「(宗門内に)池田会長が頭を下げているのは本意でないから注意せよ」
「学会はまた必ず報復に出てくるから警戒せよ」
と、学会への不信感をたきつけ、
「学会とは、ここ二、三年の内に決着をつける戦いをすることである」
「大義名分とスケジュールと方法を充分練ってかからなくてはならない」
と対学会全面対決、全面戦争を進言し、具体的作戦の指示に大義名分の筆頭として、「教義上の逸脱」訂正をあげ、
「(学会側の対応が)三ヶ月たって変わらぬ時は手を切るとの最終通告を出す」と明確に破門せよ、と宗門に迫っている。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」130-1頁)

昭和53年2月から 突如、僧侶有志名の夥しいパンフレット類が全国に配布され、お講等で、それまでには無かった共同歩調的な学会批判が始まり、学会員切り崩しの檀徒づくりが活発化する。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」133頁)

昭和53年2月9日 宗門の時事懇談会で「学会と手を切る」つまり学会を破門する等の言動が過熱して展開される。学会とすれば、真実の僧俗和合へ向けて努力していこうとの最中だっただけに、この宗門の一種の事変ともいうべき急変は、まことに理解しがたい唐突なものであった。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」133-4頁)

昭和53年2月13日 山崎・原島は、静岡研修道場で、池田先生から
「銀座のクラブなんか行かず、生活をしっかり立て直しなさい」と注意を受ける。(サンデー毎日 ’82.11.21号159頁)、更に、
「家にも帰らない。生活もだらしない。それではダメだ。しっかり題目をあげて、立派な学会員としての人生を歩みなさい」と厳しく指導される。(旭日の創価学会70年2巻165頁)


 
 

稀代の謀略家・山崎正友の悪事年表 2

 投稿者:サム  投稿日:2018年 7月12日(木)15時34分39秒
  稀代の謀略家・山崎正友の悪事年表 2

前代未聞の悪徳顧問弁護士、暗躍開始

昭和51年1月中旬頃、月刊ペン社の隈部宛に、安藤龍也(武井保の偽名)から一通の封書が届き、「学会のスキャンダルについて重要な情報を知っている」と書かれており、学会批判キャンペーンを開始していた隈部はこの情報に飛びつき、直ちに安藤龍也に返信を出す。
隈部は、「月刊ペン」3月号の原稿締め切りの1月20日の2、3日前に安藤と直接会い、そこで、戸田二代会長、池田名誉会長のスキャンダルなる情報を仕入れ、彼の身元を確かめないで、そのまま「月刊ペン」3月号、4月号に記事にしたというわけである。(サンデー毎日 ’82.11.28号37頁)

昭和51年3月 山崎は、事業欲より部下を社長にして、音楽系企業としての(株)シーホースを発足させる。

昭和51年、学会は、雑誌「月刊ペン」3月号の特集記事「四重五重の大罪犯す創価学会」、4月号の特集記事「極悪の大罪犯す創価学会の実相」の中に学会関連の名誉の棄損を確認する。

昭和51年3月9日 山崎は自筆で「『月刊ペン』の記事内容が事実無根かつ悪質で名誉棄損が成立し、断固告訴すべし」と、学会首脳宛に具申する(いわゆる「山崎報告書」)。
【山崎報告書の内容】
「これまでの調査、分析した結果と今後の処理方針についてご報告申し上げます」
「今回の記事内容は、非常に悪質であり放置しておくと今後よくありません。以後、かかる種類の中傷を断つため断固たる処置をとるべきと考えます」
「基本的には名誉、信用毀損罪で告訴するとともに、謝罪広告、損害賠償を求める民事訴訟を起こす方針でのぞみたいと考えます」
と、山崎自身が積極的に告訴の意向を表明している。(サンデー毎日 ’82.12.19号166頁、旭日の創価学会70年2巻238頁)

昭和51年5月21日 創価学会側が名誉毀損で隈部を刑事告訴し、隈部は逮捕され25日間拘留される。

昭和51年6月11日 創価学会は、隈部を東京地裁に起訴する。
内容は創価学会、同会の池田大作会長(当時)、及び女性会員2名の名誉を毀損したというものである。

昭和51年6月~7月 山崎は、後日の月刊ペン差し戻し公判で、被告人弁護側証人として出廷し、学会への造反の始まりがこの頃であったと証言する。(サンデー毎日 ’82.11.21号159頁)

昭和51年11月 山崎は、(株)シーホースを「冷凍食品販売業」に切り替える。

昭和51年末 平安寺住職だった日顕(当時教学部長)に正信会の若手僧侶の浜中和道が面会し、「教学部長、我々若手と共に立ち上がってください。我々の“旗頭”になってください。我々には“軍師”がついています。成算があります」と言う。この時点で、山崎が彼らの軍師となって暗躍が始まる。(サンデー毎日 ’83.1.9号44頁)

昭和52年、山崎は、表面化した第一次宗門事件を仕掛け、当時の若手坊主(後の正信会)を煽動して学会を攻撃させ、宗門と学会の離間を画策したばかりか、学会師弟の分断をも策謀する。

昭和52年3月12日 隈部は月刊ペン編集局長として、東京地検に於いて検事立ち合い、被告側、学会側双方の弁護士が集まった中で、創価学会及び池田先生他4名宛てに「思い違いあり」との謝罪文を書き、署名捺印する。隈部の素直な『陳謝』を信じた学会側は告訴を取り下げる。(サンデー毎日 ’82.11.28号37頁)

昭和52年5月3日 会長就任17周年にあたり、日達上人から
「今日の日蓮正宗の未曾有の発展は、ひとえに池田会長に負うところ大である」
「今後も会長の外護によって世界広布の大道を邁進したい」とのメッセージを受ける。
しかし、池田会長は一連の祝賀行事の中で、今後は「北條理事長を中心として進むべき」と強調する。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」179頁)

昭和52年7月~8月 池田先生は、まだ宗門問題が表面化していない時期ながら、勇退の意向を学会首脳に打ち明ける。
【会長が勇退を決意した理由】
①学会が最高の充実期にあり、バトンタッチしてもスムーズに新体制が軌道に乗りやすい。
②かねてより後継者と定めていた北條理事長が年齢的にも最もふさわしい円熟期に達したこと。
③池田会長への依存体制をいつまでも続けたのでは恒久性に欠けること。
だが、首脳から時機尚早であり「もう少し池田会長に指揮を執っていただきたい」との一致した懇請により実現しなかった。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」180頁)

昭和52年11月頃 「原田副会長と私(野崎勲総合青年部長)が、山崎(正友)・原島(崇)に会い厳しく注意した。山崎も青ざめた顔をして『今回のことは本当に申し訳なかった』と詫びたことがあった」
この?責は、山崎と原島崇が、例によって、銀座の高級クラブで飲んでいて、クラブのホステスたちに「池田会長はもうすぐ辞めるよ、その後の会長はこの人、原島さんだ」と語っていたことが、会長の勇退のことを酒席の場で話すこと自体、軽率とか冗談で済まされないと、会の首脳間で問題となった為である。(サンデー毎日 ’82.11.21号159頁)


 

稀代の謀略家・山崎正友の悪事年表 1

 投稿者:サム  投稿日:2018年 6月29日(金)11時21分13秒
  稀代の謀略家・山崎正友の悪事年表 1

「野心家の欲望破綻ストリー」「“闇の帝王”になり損なった“報復”」「宗教的背信者の論理」は、野崎勲氏の著書「謀略 山崎弁護士の黒い手口」の目次にある索引の一部である。
山崎弁護士とは、山崎正友その人であり、正信会を操り、日蓮正宗の日顕氏と罵倒しあうと思えば、「反学会」という利害の一致で仲直りをするも、最後には自ら地獄に落ちて行ったのである。
野崎勲氏は「創価学会という日本最大の宗教組織を裏で一切握り、自分は一生遊んで暮らすというのが、山崎正友の法外な欲望であった。並みの神経の人なら、こんな放縦な野望は持たないのであるが、山崎正友という人物は、こうした事を本気で考えることができるタイプの人物である」と述べている。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」20頁)


順風満帆から正義喪失の時代へ

昭和11年(1936年)11月26日、山崎正友、岡山県で生まれる。

昭和30年に京都大学法学部に入学する。
入学後腎臓病を患い入退院を繰り返し、病気を機に大学在学中に創価学会に入会する。

昭和45年春、京都大学法学部を卒業し、第一号の学生部出身学会顧問弁護士になる。

昭和45年4月19日 学会首脳部達が学会の箱根研修所で池田先生を囲み、5月3日の総会における先生の『謝罪原稿』の検討会が行われ、そこに新任幹部ながら山崎も呼ばれている。(これは事実として検証されている)

翌朝(20日)、山崎正友は、池田先生の部屋に入り、会長自らの、「宮本顕治(日本共産党議長)邸盗聴」計画の承認と指示を受け、同時にそこで、池田先生の女性関係を初めて知ったというのである。(サンデー毎日 ’82.12.5号155頁)
山崎は、後日の『創価学会内部告発キャンペーン』の仕掛け人として告発記事に、また「月刊ペン事件」の被告弁護側証人の証言として、上記の如く主張したが、「月刊ペン」差し戻し公判において、検事側から意外な「証拠」と「証言」を突き付けられる。
①彼が経営していた「山崎法律事務所」の「昭和45年領収書綴」にある「昭和45年4月19日」付の東京・神田の割烹旅館「花汀」の一枚の請求書(検事から尋ねられ、「花汀はよく知っている。よくそこでマージャンをした」と認めたばかりであった。)(サンデー毎日 ’82.12.5号156頁)
②「月刊ペン」差し戻し審に、山崎とかつては共に仕事をしていた桐ヶ谷弁護士が出廷し、検討会を終えた後に、メンバーはその日のうちにマイクロバスで東京に帰り(箱根から東京への高速道路の同日付の領収書も裁判所に証拠物として提出されている)、桐ヶ谷氏に「どうだ、今晩やらないか」と誘い、当時の学生部後輩2人一緒に4人で「花汀」に行った事を証言した。(サンデー毎日 ’82.12.5号156頁)
※結局、山崎が「宮本邸盗聴事件」と池田先生女性スキャンダルの双方に重要な自身の体験と称して証言した「昭和45年4月20日の朝」という話は、彼の「作り話」であった事が判明したのである。

昭和45年7月 山崎は「宮本邸盗聴事件」を後輩の学生部員2名を使い、独断で首謀・計画する。

昭和48年夏、山崎は元佼成会幹部を使って『内部告発』をさせ、それにより教団を揺さぶるという『佼成会つぶし』を画策するが、学会首脳は彼の人間的成長を願って、これを注意しストップさせる。
「あの時、俺を撃った奴は誰だ。わかったら必ず仕返ししてやる」と強く根に持ち、この一件以後、山崎の心が、学会から離反していく決定的な分岐点となる。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」51頁)

昭和49年4月 山崎は、顧問弁護士として妙信講問題に携わりながら、仕事仲間に次の様に述べる。
「宗門は、学会のアキレス腱だ。宗門さえ押さえれば、学会は牛耳れる。俺は今、妙信講問題をやっているが、これはアテ馬だ。俺は将来のために、今から本山に通じておくのだ。いわば予行演習みたいなものだ」(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」108頁、サンデー毎日83.1.9号44頁)

昭和49年8月 山崎は法律家として、日蓮正宗「宗制宗規」の「信徒」の条項の改正に着手し、新しい規則で、妙信講を解散処分する。後にこれが学会攻撃の「予行演習」だったとしている。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」111頁)

昭和49年12月末、学会は、日本共産党と「創共協定」を締結する。
この4年半前の昭和45年5月3日の学会本部総会での講演の中で、池田先生は、
「我々はかたくなな反共主義を掲げるものではない」
「共産党との無益な泥仕合いは回避したい」
と発表し、参加者の賛同を得ており、日本共産党に対する学会の基本的態度としている。(サンデー毎日 ’82.12.5号156-7頁)

昭和50年6月 大石寺所有の土地が、墓苑用地として相応しくないと判断されて売却する事になり、山崎は、地元の土地ブローカーの有力者と共に、この土地をゴルフ場予定地とする計画を立て「山下商事」なるペーパー会社を設立し、大石寺から取得する。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」61頁)

昭和50年11月 山崎は、会員後輩弁護士達と居た四谷の法律事務所から一人独立し、赤坂の「ホテル・ニュージャパン」の5階に豪華な事務所を構え、本格的に投機の仕事を開始する。(野崎勲著「謀略 山崎弁護士の黒い手口」64頁)

昭和50年12月 山崎は、大石寺から取得した土地を彼の知人たる有力者の経営傘下にある観光開発会社に売りさばき(富士宮土地転がし事件)4億5千万円もの裏金を入手する。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」42(完)

 投稿者:サム  投稿日:2018年 5月 6日(日)14時26分38秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」42(完)

門下一同に与う 8


個人に宛てられた御消息文ながら対告衆が不明な書や重要法門が書かれた書物の中に、一般論として門下一同への成仏に関する指導が述べられており、それらを記載してきましたが、今回を最終とします。


「法華已前の諸経の如きは縦い人中・天上の女人なりといふとも 成仏の思絶たるべし、然るに竜女・畜生道の衆生として戒緩の姿を改めずして即身成仏せし事は不思議なり、是を始として釈尊の姨母・摩訶波闍波提比丘尼等・勧持品にして一切衆生喜見如来と授記を被り・羅喉羅の母・耶輸陀羅女も眷属の比丘尼と共に具足千万光相如来と成り、鬼道の女人たる十羅刹女も成仏す、 然れば尚殊に女性の御信仰あるべき御経にて候、」(女人成仏抄473頁)文永2年 44歳御作、対告衆は女性門下と思われるが不明
通解:法華以前の諸経などでは、たとえ人界・天上界の女人であるといっても、成仏の思いは絶えている筈です。それなのに、竜女が畜生界の衆生として戒律を守らなかった報いとしての姿を改めないで、即身成仏したという事は不思議なのです。それを始めとして、釈尊の姨母・摩訶波闍波提比丘尼等は、法華経勧持品第十三で一切衆生喜見如来の授記を受け、羅喉羅の母・耶輸陀羅女も眷属の比丘尼と共に具足千万光相如来となり、餓鬼道の女人である十羅刹女も成仏したのです。そうであるならば、なおさらに法華経は女性の信仰すべき御経なのです。
※男女の区別なく即身成仏が可能なのが、妙法なのです。


「妙とは天竺には薩と云い漢土には妙と云う妙とは具の義なり具とは円満の義なり(中略)譬えば秋冬枯れたる草木の春夏の日に値うて枝葉・華菓・出来するが如し、爾前の秋冬の草木の如くなる九界の衆生・法華経の妙の一字の春夏の日輪にあひたてまつりて菩提心の華さき成仏往生の菓なる(中略)妙楽大師の釈に云く『治し難きを能く治す所以に妙と称す』等云云、総じて成仏往生のなりがたき者・四人あり第一には決定性の二乗・第二には一闡提人・第三には空心の者・第四には謗法の者なり、此等を法華経にをいて仏になさせ給ふ故に法華経を妙とは云うなり。」(法華経題目抄944頁)文永3年正月 門下一同に与うか
通解:妙とはインドでは薩といい、中国では妙といいます。妙とは具足の義で、具足の具とは円満という意味なのです。(中略) 譬えていえば、秋冬の間に枯れていた草木が春夏になって太陽の暖かい光を浴びて枝葉や花や実が出てきる様なものなのです。爾前四十余年の間は秋冬の草木の様であった九界の衆生が、法華経の妙の一字という春夏の太陽にあって、菩提心の花が咲いて成仏往生の実がなるのです。(中略)妙楽大師は弘決に解釈して「爾前経で治し難い衆生をよく治して成仏させる。この理由によって法華経を妙というのである」と述べています。総じて成仏往生が難しい者に四種類の人がいます。第一は決定性の二乗であり、第二は法華経誹謗の一闡提人であり、第三は外道の空心の者であり、第四は謗法の者です。これらの人々すら法華経においては成仏させたのです。この故に法華経を妙というのです。
※大聖人の仏法は「妙法」と称し、誰でもが太陽光を浴びて成長するが如き「太陽の仏法」なのです。


「我等凡夫のつたなさは経論に有る事と遠き事はおそるる心なし、(中略)我等現には此の大難に値うとも後生は仏になりなん、設えば灸治のごとし当時はいたけれども後の薬なればいたくていたからず。」(聖人御難事1190頁)弘安2年10月58歳御作 門下一同に与う
通解:我々凡夫の拙なさとして、経文に誡め説かれている事も、自分には縁のない遠い事として、恐れる心がないのです。(中略)我等は現在、仏法の為にこの大難に値ってはいても、後生は仏に成れるのです。それはたとえば、灸治の様なもので、その時は熱く痛いけれども、後には薬となるのですから、疼くても本当は痛くないのです。
※我等は、今苦しくと必ず幸せになると、希望を持ち地道に努力する事です。


「三世の仏は皆凡夫にてをはせし時・命を法華経にまいらせて仏になり給う、此の故に一切の仏の始には南無と申す・南無と申すは月氏の語・此の土にては帰命と申すなり、帰命と申すは天台の釈に云く「命を以て自ら帰す」等云云、命を法華経にまいらせて仏にはならせ給う」(南無御書1299頁)執筆の年代・場所・対告衆は不明
通解:三世の仏が皆凡夫であられた時、命を法華経に奉って仏になられたのです。この故に一切の仏の上には南無というのです。南無というのはインドの言葉で、この国では帰命と訳すのです。帰命というのは、天台大師の解釈で「命を以って自ら帰す」とされています。一切の仏は、命を法華経に捧げて仏に成ったのです。
※一切の仏は、命を法華経に捧げて仏に成ったと、明記されている。


「南無と申すは天竺のことばにて候、漢土・日本には帰命と申す帰命と申すは我が命を仏に奉ると申す事なり、我が身には分に随いて妻子・眷属・所領・金銀等をもてる人人もあり・又財なき人人もあり、財あるも財なきも命と申す財にすぎて候財は候はず、されば・いにしへの聖人・賢人と申すは命を仏にまいらせて・仏にはなり候なり。(中略)ただし仏になり候事は凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり、志ざしと申すは・なに事ぞと委細にかんがへて候へば・観心の法門なり、観心の法門と申すは・なに事ぞとたづね候へば、ただ一つきて候衣を法華経にまいらせ候が・身のかわをわぐにて候ぞ、うへたるよに・これはなしては・けうの命をつぐべき物もなきに・ただひとつ候ごれうを仏にまいらせ候が・身命を仏にまいらせ候にて候ぞ」(白米一俵御書、事理供養御書1596-7頁) 著作年代・対告衆は不明
通解:南無というのはインドの言葉であって、中国・日本では帰命といいます。帰命というのは我が生命を仏に奉るという事です。人は分に随って妻子・眷属・所領・金銀等を持っている人もあり、また、そうした財物等を持っていない人もいます。しかし、財物の有る人も財物の無い人も、生命という財に過ぎた財は無いのです。それ故、昔の聖人・賢人といわれた人は、生命を仏に供養して成仏したのです。(中略)仏に成るという事は、凡夫は志という文字を心得て仏に成るのです。志というのはどういう事かと詳しく考えてみれば、それは観心の法門という事です。この観心の法門というのはどの様な事かと尋ねてみれば、ただ一枚しかない衣服を法華経に供養するのが身の皮を剥ぐ事になるのです。また、飢饉の世に、これを供養してしまえば今日の命を繋ぐ物もない時に、ただ一つの食物を仏に供養する事が、身命を仏に奉った事になるのです。
※生命を仏に供養する事を南無といい、仏に成る事の第一歩は、志を持ち、法を求め、身命を仏に捧げる事です。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」41

 投稿者:サム  投稿日:2018年 5月 2日(水)22時11分31秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」41

門下一同に与う7

今回は、『三世諸仏総勘文教相廃立』の成仏に関する御文を記載します。
略称『三世諸仏総勘文抄』や『総勘文抄』とされる本抄は、弘安2年10月 大聖人58歳の時、身延で著され富木常忍に与えられたとされるが、著作年代、対告衆はともに異説が多い。
題号は、三世諸仏が勘え決定された教相(化他方便の権教)を廃し、自行真実の法華経を立てる事にあるとする内容に沿っている。


「自行の法とは是れ法華経八箇年の説なり、(中略)四十二年の夢中の化他方便の法門も妙法蓮華経の寤の心に摂まりて心の外には法無きなり此れを法華経の開会とは云うなり、譬えば衆流を大海に納むるが如きなり仏の心法妙・衆生の心法妙と此の二妙を取つて己心に摂むるが故に心の外に法無きなり己心と心性と心体との三は己身の本覚の三身如来なり是を経に説いて云く[如是相応身如来如是性報身如来如是体法身如来]此れを三如是と云う、此の三如是の本覚の如来は十方法界を身体と為し十方法界を心性と為し十方法界を相好と為す是の故に我が身は本覚三身如来の身体なり、法界に周徧して一仏の徳用なれば一切の法は皆是仏法なりと説き給いし時其の座席に列りし諸の四衆・八部・畜生・外道等一人も漏れず皆悉く妄想の僻目・僻思・立所に散止して本覚の寤(うつつ)に還つて皆仏道を成ず、仏は寤の人の如く衆生は夢見る人の如し故に生死の虚夢を醒して本覚の寤に還るを即身成仏とも平等大慧とも無分別法とも皆成仏道とも云う只一つの法門なり」(三世諸仏総勘文教相廃立561-2頁)
通解:自行の法とは、八ヵ年の法華経の説の事です。この経は仏の寤の本心を説かれた経です。(中略)四十二年の夢の中の化他方便の法門も妙法蓮華経の寤の心に収まって、妙法蓮華経の心の外には法はないのです。これを法華経の開会というのです。たとえば衆流を大海に納める様なものです。仏の心法妙と衆生の心法妙と、この二妙を取って、共に己心の中に摂める故に、心の外には法はないのです。己心と心性と心体との三つは、己身の本覚の三身如来なのです。このことを法華経方便品第二には「如是相(三身に配すると応身如来如)如是性(同じく報身如来)如是体(同じく法身如来)」と説かれています。これを三如是というのです。この三如是の本覚の如来は十方法界を身体とし、十方法界を心性とし、十方法界を相好(顔つき・容姿、元は仏の顔形の特色を指す)とするのです。この故に我が身は本覚三身如来の身体なのです。法界にあまねく行き亘り、しかもそれは一仏の徳用ですから一切の法は皆これ仏法である、と釈尊が説かれた時、その座に連なっていた、もろもろの四衆・八部・畜生・外道等は一人も漏れずに、皆ことごとく妄想の僻目・僻思いが、たちどころに散り止んで本覚の寤に還って、皆仏道を成じたのです。仏は寤の人の様なものであり、衆生は夢を見ている人の様なものです。故に生死にとらわれた虚妄の夢を覚まして本覚の寤に還るのを即身成仏とも平等大慧とも無分別法とも皆成仏道ともいうのであり、ただ一つの法門なのです。
※「平等大慧」とは、一切衆生の即身成仏であるが故に平等に成仏に導く事ができるからであり、「無分別法」とは、一切衆生に対して分け隔てしない法だからであり、「皆成仏道」とは、如何なる衆生も成仏できる道が開かれている事を指し、それが妙法なのです。


「仏成道の後に化他の為の故に迹の成道を唱えて生死の夢中にして本覚の寤を説き給うなり、 智慧を父に譬え愚癡を子に譬えて是くの如く説き給えるなり、衆生は本覚の十如是なりと雖も一念の無明眠りの如く心を覆うて生死の夢に入つて本覚の理を忘れ髪筋を切る程に過去・現在・未来の三世の虚夢を見るなり、仏は寤の人の如くなれば生死の夢に入つて衆生を驚かし給える 智慧は夢の中にて父母の如く夢の中なる我等は子息の如くなり、此の道理を以て悉是吾子と言い給うなり、此の理を思い解けば諸仏と我等とは本の故にも父子なり末の故にも父子なり父子の天性は本末是れ同じ、斯れに由つて己心と仏心とは異ならずと観ずるが故に生死の夢を覚まして本覚の寤に還えるを即身成仏と云うなり、即身成仏は今我が身の上の天性・地体なり煩も無く障りも無き衆生の運命なり果報なり冥加なり」(三世諸仏総勘文教相廃立565頁)
通解:これは仏が成道した後に化他の為に垂迹の上の成道を唱えて生死の夢の中にあって本覚の寤を説かれたのです。そして智慧を父にたとえ、愚癡を子にたとえてこの様に説かれたのです。衆生は本覚の十如是であるけれども、一念の中の無明が眠りの様に心を覆って、生死の夢の中に入ってしまって本覚の法理を忘れ一本の髪を切るほどのわずかな無明の心で過去・現在・未来の三世にわたる虚夢を見るのです。仏は夢から覚めた寤の様な人ですから、衆生の生死の夢の中に入って衆生を目覚めさせるのであり、その智慧は生死の夢の中のあっては父母の様であり夢の中にいる我ら衆生は子息の様なものです。この道理によって「悉く是れ吾が子なり」といわれたのです。この法理を理解すれば諸仏と我らとは本の上からも父子であり、末の上からも父子です。父子の天性は本も末も同じです。これによって己心と仏心とは異ならないと観ずるゆえに生死の夢を覚まして本覚の寤に還るのを即身成仏というのです。即身成仏は、今、我が身に本来具わった天性であり、地体であって、煩いもなく、障りもないのです。衆生の運命であり、果報であり、冥加なのです。
※生死の夢を覚まして本来の寤に還れば、即身成仏する事ができると仰せです。


「所詮己心と仏身と一なりと観ずれば速かに仏に成るなり、故に弘決に又云く『一切の諸仏己心は仏心と異ならずと観し給うに由るが故に仏に成ることを得る』と已上、此れを観心と云う実に己心と仏心と一心なりと悟れば臨終を礙わる可き悪業も有らず生死に留まる可き妄念も有らず、一切の法は皆是れ仏法なりと知りぬれば教訓す可き善知識も入る可らず思うと思い言うと言い為すと為し儀いと儀う行住坐臥の四威儀の所作は皆仏の御心と和合して一体なれば過も無く障りも無き自在の身と成る此れを自行と云う」(三世諸仏総勘文教相廃立569-70頁)
通解:結局、己心と仏身と一体であると観ずれば速かに仏に成るのです。この事を止観輔行伝弘決にはまた「一切の諸仏は、己心は仏心と異なるものではないと観ずる故に仏になることができたのである」と述べています。これを観心というのです。実に己心と仏心とは同じ心であると悟れば、臨終を妨げる悪業もなく、生死界にとどまるに妄念もないのです。一切の法は皆これ仏法であると知ったならば、教訓をしてくれる善知識も必要ないのです。そして、思うままに思い、言うままに言い、為すままに為し、振る舞うままに振る舞うというその行住坐臥の四威儀の所作は、皆、仏の御心と和合して一体となるから、過失もなく、障害もない自由自在の身となるのです。これを自行というのです。
※己心と仏心とが同一であると悟るならば、行住坐臥の動作や振る舞いが仏の御心に適って一体となり自在の身となる、これを自行というと述べています。


「此の度必ず必ず生死の夢を覚まし本覚の寤に還つて生死の紲を切る可し今より已後は夢中の法門を心に懸く可からざるなり、三世の諸仏と一心と和合して妙法蓮華経を修行し障り無く開悟す可し自行と化他との二教の差別は鏡に懸けて陰り無し、三世の諸仏の勘文是くの如し秘す可し秘す可し。」(三世諸仏総勘文教相廃立575頁)
通解:このたび必ず必ず、生死の夢を覚まして本覚の寤に還って生死の紲を切るべきです。今から以後は夢の中の法門に心をかけてはなりません。三世の諸仏と我が一心とが和合して妙法蓮華経を修行し、障りなく開悟(成仏)すべきです。自行と化他との二教の差別は、鏡に懸けて曇りはないのです。三世の諸仏の勘文はこの通りなのです。秘すべき、重ねて秘すべきです。
※門下に対して、三世の諸仏の心と一つになって三大秘法の妙法を修行して必ずこの一生で成仏を遂げる様に激励されている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」40

 投稿者:サム  投稿日:2018年 4月20日(金)14時49分28秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」40

門下一同に与う 6

今回は、『如説修行抄』と『当体義抄』の成仏に関する御文を記載します。
『如説修行抄』は、文永10年5月大聖人52歳の時、佐渡一谷で述作され、鎌倉で難と戦っている門下一同を激励する為に与えられた書、如説修行の姿がどんなものかと詳しく教示されている。
『当体義抄』には、著作年代、著作場所、宛先が記載されていない為、その由来については明らかでないが、対告衆に関しては、当体義抄送状に「最蓮房に伝え畢んぬ」とある事から、最蓮房に与えられたとされ、著作年代と場所に関しては、文永10年大聖人52歳の時、佐渡一谷で述作されたとされるが、異説もある。本文は19の問答からなり、当体蓮華の本義と証得の方法を示している。


「末法の今の学者・何れも如来の説教なれば皆得道あるべしと思いて或は真言.或は念仏・或は禅宗.三論・法相・倶舎.成実・律等の諸宗.諸経を取取に信ずるなり、是くの如き人をば若人不信・毀謗此経・即断一切世間仏種・乃至其人命終・入阿鼻獄と定め給へり、此等のをきての明鏡を本として一分もたがえず唯有一乗法と信ずるを如説修行の人とは仏は定めさせ給へり。」(如説修行抄503頁)
通解:末法の今の学者は、どの経でも仏の説経なのだからすべて成仏できるのだと思って、あるいは真言・あるいは念仏・あるいは禅宗・三論・法相・?舎・成実・律等の諸宗・諸経を勝手に信仰している。このような人わば、譬喩品で「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、即ち一切世間の仏種を断ぜん。乃至、其の人命終して、阿鼻獄に入らん」と決定しておられるのである。
 このように約束された経文の明鏡を根本として、仏説とすこしも違うことなく、一乗の法が成仏の法であると信じて進むのが、如説修行の行者であると、仏は決定しておられるのである。
※現在的に言えば、思想・哲学に立脚した人生観や世界観がいわゆる「如説」であり、人生の中の瞬間瞬間の生命活動がおわゆる「修行」であり、その二者との間には通常乖離があるものだが、「如説」と「修行」が一致して偉大な力を生命・人生にもたらすのは、大聖人の仏法、妙法なのです。


「一期を過ぐる事程も無ければいかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ、 縦ひ頚をば鋸にて引き切り・どうをばひしほこを以て・つつき・足にはほだしを打つてきりを以てもむとも、命のかよはんほどは南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に死るならば釈迦・多宝・十方の諸仏・霊山会上にして御契約なれば須臾の程に飛び来りて手をとり肩に引懸けて霊山へ・はしり給はば二聖・二天・十羅刹女は受持の者を擁護し諸天・善神は天蓋を指し旛を上げて我等を守護して慥かに寂光の宝刹へ送り給うべきなり、あらうれしや」(如説修行抄504-5頁)
通解:一生が過ぎるのは束の間だから、いかに三類の強敵が重なろうとも、決して退転する心や恐れる心を持たないでください。迫害を受けて、たとえ頸を鋸で引き切られようとも、胴をひし鉾で突き刺され、足にほだしを打ち、さらに二錐でもまれたとしても、命が続いている限りは、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と題目を唱えに唱え通して死んでいくならば、釈迦・多宝・それに十方の諸仏が、霊山会上で約束があった通りに直ちに飛んで来て、手を取って肩にかけ、霊山にたちまち連れていって下さるのであり、薬王菩薩と勇勢菩薩の二聖、持国天王と毘沙門天王の二天、それから十羅刹女等が、妙法受持の者をかばい護り、諸天善神は天蓋を指し旗をかかげわれわれを守護して、たしかに常寂光の仏国土に、送り届けて下さるのです。なんとうれしいことではないだろうか。
※どの様な苦しい難が襲おうとも、生涯不退転の決意で信心を貫けば、必ず成仏・絶対の幸福境涯に生ききれると大聖人は御断言されているのです。


「所詮妙法蓮華の当体とは法華経を信ずる日蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是なり、正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて三観・三諦・即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土なり、能居・所居、身土・色心・倶体倶用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり是れ即ち法華の当体・自在神力の顕わす所の功能なり敢て之を疑う可からず之を疑う可からず」(当体義抄512頁)
通解:所詮、妙法蓮華の当体とは、法華経を信ずる日蓮の弟子檀那等の父母から生じたところの肉身そのものをいうのです。正直に方便の教えを捨て、ただ法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱える人は、煩悩・業・苦の三道が、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦がそのまま一心に顕われ、その人の所住の処は、常寂光土となるのです。能居所居・身土・色心・?体?用・無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮の弟子檀那等の中の正しい信心をする者の事なのです。これがすなわち法華経の当体であり、妙法に具わる自在神力の顕わすところの功能(功徳)なのです。決してこれを疑ってはなりません。重ねてこれを疑ってはなりません。
※妙法蓮華の当体とは、法華経を信ずる日蓮の弟子檀那等の生命であり、本門寿量の当体蓮華仏と顕われるのは、御本尊の法力・仏力の功能であると仰せです。


「本門寿量の説顕れての後は霊山一会の衆皆悉く当体蓮華を証得せしなり、二乗・闡提・定性・女人・悪人等も本仏の蓮華を証得するなり、伝教大師一大事の蓮華を釈して云く『法華の肝心・一大事の因縁は蓮華の所顕なり、一とは一実相なり大とは性広博なり事とは法性の事なり一究竟事は円の理教智行、円の身.若・達なり一乗.三乗・定性・不定性.内道・外道・阿闡・阿顛.皆悉く一切智地に到る是の一大事仏の知見を開示し悟入して一切成仏す』女人・闡提・定性・二乗等の極悪人霊山に於て当体蓮華を証得するを云うなり。」(当体義抄518頁)
通解:本門の寿量品が説き顕わされた後は、霊山の会座の大衆は、皆ことごとく当体蓮華を証得したと知る事ができるのです。二乗も、不信誹謗の一闡提も、(永遠に成仏できないとされる)決定性の者も、女人や悪人等も、皆、久遠本仏の蓮華を証得したのです。伝教大師は「一大事の蓮華」を守護国界章の巻下に釈して「法華経の肝心である一大事の因縁は、蓮華の顕わすところです。一とは、中道実相であり、大とは、その中道実相が森羅万象にわたってのものであり、事とは法性すなわち本来備わっている事実の姿・振舞いという意です。一究竟事は円の理教と教義と智慧と修行の円の法身、般若、解脱の三徳とである。これによって一仏乗、三乗、決定性、不定性、内道の者、外道の者、(成仏を願わなかった)阿闡提の者、(正法を信じる事ができなかった)阿顛提の者、皆悉く一切智を証得するという仏の境涯にいたる事ができるのです。故に、この一大事によって仏の知見を開かしめ、示し、悟らしめて一切の者が成仏したのである」と述べているのです。これは在世の女人や一闡提や決定性の二乗等や極悪人が霊鷲山において、当体蓮華を証得した事を言っているのです。
※今時において、御本尊を信じて折伏行に邁進する人こそ、永遠の生命観に立脚し、久遠以来の使命に目覚め、宿命転換の道を歩む、法華の行者であり、当体蓮華仏なのでしょう。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」39

 投稿者:サム  投稿日:2018年 4月12日(木)14時52分17秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」39

門下一同に与う 5

今回は、『聖愚問答抄』の成仏に関する御文を記載します。
本抄は、上下の2巻があり、大聖人が44歳の文永2年に書かれたとの伝承ながら、対告衆は不明である。本抄には大聖人の御真筆が無く、文体も大聖人の他の文体と多少異なるとして偽書とする説や日持が執筆し大聖人が印可されたとする説もある。
題号通り、聖人と愚者との問答形式で、権実相対の義が明かされ、愚者の法華一乗に帰する次第が述べられている。


「今此の妙法蓮華経とは諸仏出世の本意・衆生成仏の直道なり、されば釈尊は付属を宣べ多宝は証明を遂げ諸仏は舌相を梵天に付けて皆是真実と宣べ給へり」(聖愚問答抄上480-1頁)
通解:今この妙法蓮華経とは諸仏出世の本懐であり、衆生が成仏する為の直道なのです。だから釈尊は付属をのべ、多宝如来は証明をなし、諸仏は舌相を梵天に付けて「皆是真実」と宣言されたのです。
※大聖人の仏法・妙法こそ衆生が成仏する直道なのです。


「夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり仏性とは法性なり法性とは菩提なり、所謂釈迦・多宝・十方の諸仏.上行.無辺行等.普賢・文殊.舎利弗.目連等、大梵天王.釈提桓因.日月・明星.北斗・七星・二十八宿・無量の諸星・天衆・地類・竜神・八部・人天・大会・閻魔法王・上は非想の雲の上・下は那落の炎の底まで所有一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり、 されば一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり」(聖愚問答抄下498頁)
通解:つまり妙法蓮華経とは一切衆生の仏性(仏とは覚悟の義で、真理を悟り真智を開き、性とは外的影響によっても変化しない内性であり、仏果を得る為の因として一切衆生に備わっている仏の性分・本性をいう)の事なのです。仏性とは法性(①一切諸法が本然的に備わっている真実不変の性分、②無明に対する語で、諸法の本性を悟ること)です。法性とは菩提(声聞、縁覚、仏のそれぞれが得る悟りや智慧)です。すなわち釈迦・多宝・十方の諸仏・上行・無辺行等、普賢・文殊・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因、日・月・明星・北斗七星・二十八宿・無量の諸星、天衆・地類・竜神・八部・人界・天界の衆生、閻魔法王、上は非想の雲の上から、下は地獄の炎の底まであらゆる一切衆生の備えている仏性を妙法蓮華経と名づけるのです。それ故、一遍この妙法蓮華経と唱へ奉るならば、一切衆生の仏性が皆呼ばれて、ここに集まる時、我が身中の法・報・応の三身ともに引かれて顕れ出るのです。これを成仏というのです。
※妙法蓮華経とは一切衆生に備わっている仏性の事であり、一遍でも南無妙法蓮華経と唱えるならば、一切衆生の仏性が皆呼ばれて、我が身中の法報応の三身も共に引かれて顕れ出るというのです。


「医師が病者に薬を与うるに病者・薬の根源をしらずといへども服すれば任運と病愈ゆ若し薬の源をしらずと云つて医師の与ふる薬を服せずば其の病愈ゆべしや薬を知るも知らざるも服すれば病の愈ゆる事以て是れ同じ、既に仏を良医と号し法を良薬に譬へ衆生を病人に譬ふされば如来一代の教法を擣篵和合して妙法一粒の良薬に丸ぜり豈知るも知らざるも服せん者・煩悩の病愈えざるべしや病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども服すれば必ず愈ゆ、行者も亦然なり法理をもしらず煩悩をもしらずといへども只信ずれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて実報寂光の台にのぼり本有三身の膚を磨かん事疑いあるべからず、されば伝教大師云く『能化所化倶に歴劫無く妙法経の力即身成仏す』と法華経の法理を教へん師匠も又習はん弟子も久しからずして法華経の力をもつて倶に仏になるべしと云う文なり」(聖愚問答抄下499頁)
通解:医師が病人に薬を与えれば、病人は薬の根源を知らなくても飲めば自然に病が治ります。もし薬の源を知らないからといって医師の与える薬を飲まなければ、その病は治るだろうか。薬の内容を知っても知らなくても、飲めば病が治る事は同じなのです。
 すでに法華経では仏を良医と名づけ、法を良薬に譬え、衆生を病人に譬えています。それ故に釈尊一代の教法をつきふるい、まぜ合わせて、妙法という一粒の良薬をつくったのです。この良薬を知っても知らなくても、飲む者は煩悩の病が冶らない者はいません。病人は薬をも知らず、病をも弁えなくても、飲めば必ず治るのです。法華経を行ずる者もまた同じなのです。法理をも知らず、煩悩の病を知らないとしても、ただ信ずれば見思(見惑と思惑のことで、見惑とは邪に法理を分別計度して起す我見・偏見等の妄見をいい、意識が法境に縁して起る煩悩であり、思惑は世間の事物・事象を思慮して起す貪欲・瞋恚等の妄情をいい、意識を除く五識が五境に縁して起る煩悩とする)・塵沙(菩薩が衆生を化導する際に障りとなる惑のことで化導障の惑ともいい、菩薩が衆生を教化するには塵沙の如く無数の惑を断じなくてはならない)・無明(中道実相の理を遮蔽するする、即ち成仏を妨げる一切の煩悩の根本となる惑のこと)の三惑(惑とは煩悩の異名で、迷妄の心・対境に迷って事理を顚倒すること)の病を同時に断じて、実報・寂光の浄土に到り、本有の三身如来の生命を磨きあらわすことは疑いないのです。だから伝教大師は法華秀句で「能化(能く他を化導・教化する人)も所化(化導を受ける人、即ち弟子のこと)もともに長劫にわたる修行を経ることなく、妙法蓮華経の力で即身成仏する」と説かれているのです。法華経の法理を教える師匠も、また学ぶ弟子も直ちに法華経の力で共に仏になる、との文なのです。
※妙法は三惑を断じて僧俗共に成仏できる法なのです。


「愚人頭を低れ手を挙げて云く我れ今よりは一実の経王を受持し三界の独尊を本師として今身自り仏身に至るまで此の信心敢て退転無けん、設ひ五逆の雲厚くとも乞ふ提婆達多が成仏を続ぎ十悪の波あらくとも願くは王子・覆講の結縁に同じからん、聖人云く人の心は水の器にしたがふが如く物の性は月の波に動くに似たり、故に汝当座は信ずといふとも後日は必ず翻へさん魔来り鬼来るとも騒乱する事なかれ、夫れ天魔は仏法をにくむ外道は内道をきらふ、されば猪の金山を摺り衆流の海に入り薪の火を盛んになし風の求羅をますが如くせば豈好き事にあらずや。」(聖愚問答抄下500頁)
通解:愚人が頭をたれ掌を合わせて言います。私は今から一乗真実の法華経を受持し、三界独尊の釈尊を師として、今の凡身から仏身に至るまで怠りなく信心を続け、必ず退転する事はありません。たとい五逆を犯した罪は重いとしても、提婆達多の成仏に続き、十悪の波は荒いとしても、十六王子の覆講に結縁した衆生の様に、法華経に結縁したいと思います。
 聖人は言います。人の心は水の器の形にしたがって変わるようなものであり、物の性質は月影が波に動くのに似ている。ゆえにあなたはしばらく信ずるといっても、後日になってから必ずこころを翻すであろう。しかし魔が来ても鬼が来ても、決して心を乱してはなりません。天魔は仏法を憎み、外道は内道を嫌います。それ故猪が金山をこすってもかえって金山が光を増し、衆流が大海に入っても大海はそれを包む様に、薪がかえって火を盛んにし、風が求羅という虫をますます成長させる様に、いよいよ信心を強盛にしていく事が、望ましいのではないだろうか。
※妙法を受持し信心を強盛にしていく事こそが、魔の蠢動を阻む力なのです。



 

御書に見る「成仏を約束された人々」38

 投稿者:サム  投稿日:2018年 3月 5日(月)21時08分53秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」38


門下一同に与う 4


今回は対告衆が不明な『持妙法華問答抄』の成仏に関する御文を記載します。
本抄は、大聖人42歳の弘長3年3月の時に、伊豆流罪の赦免直後鎌倉で書かれたとされるが、対告衆は不明である。日持が執筆し大聖人が印可されたとする説もあるが、正本が存在せず、弘長3年に日持は門下に入っていない為、真偽は不明で、建治2年説や弘安3年説等もある。題号通り、妙法蓮華経の所持について、5問の問答形式となっている。




「希に人身をうけ適ま仏法をきけり、然るに法に浅深あり人に高下ありと云へり何なる法を修行してか速に仏になり候べき願くは其の道を聞かんと思ふ、答えて云く家家に尊勝あり国国に高貴あり皆其の君を貴み其の親を崇むといへども豈国王にまさるべきや、爰に知んぬ大小・権実は家家の諍ひなれども一代聖教の中には法華独り勝れたり、是れ頓証菩提の指南・直至道場の車輪なり」(持妙法華問答抄461頁)

通解:まれに人間として生まれ、たまたま仏法を聞いたのです。ところが仏の法に浅深があり、人の機根に高下があるとの事です。どの様な法を修行すれば、速やかに仏に成るのでしょうか。できればその道を聞きたいと思っています。答えて言いますと、家々に尊勝の親がおられ、国々に高貴な君主がいます。皆その君主を尊敬し、その親を崇めるといっても、どうして国王に勝る事があるでしょうか。これと同じく、大乗と小乗・権教と実教との対立や争いは家々の争いの様なものですが、釈尊一代の聖教の中では法華が独り勝れているのです。何故ならこの法華経は、頓証菩提(速やかに悟りを証得する)への指南であり、直ちに菩堤の道場に至る即身成仏の車輪(導く乗り物の譬え)だからです。

※一切衆生を成仏の境界へ直ちに導く直道が法華経に説かれている。




「二乗の作仏は一切衆生の成仏を顕すと天台は判じ給へり、修羅が大海を渡らんをば是れ難しとやせん、嬰児の力士を投ん何ぞたやすしとせん、然らば則ち仏性の種あるものは仏になるべしと爾前にも説けども未だ焦種の者作仏すべしとは説かず、かかる重病を・たやすく・いやすは独り法華の良薬なり、只須く汝仏にならんと思はば慢のはたほこをたをし忿りの杖をすてて偏に一乗に帰すべし、名聞名利は今生のかざり我慢偏執は後生のほだしなり、嗚呼恥づべし恥づべし恐るべし恐るべし。」(持妙法華問答抄463頁)

通解:「二乗の作仏は、一切衆生の成仏を顕す」と天台大師は判じられています。修羅が大海を渡るのを難しいとするでしょうか。幼児が力士を投げる事をどうして容易いといえるでしょうか。そうであるならば、則ち仏性の種子を有する者は仏に成る、と爾前に説かれていますが、いまだ焦種の者(焼け焦げた種、二乗のこと)が仏に成るとは説かれておらず、この様な重病をたやすく治すのは、独り法華の良薬だけなのです。あなたが仏に成ろうと思うならば、慢心のはたほこを倒し、瞋りの杖を捨てて、ひとえに一仏乗の法華経に帰依すべきです。名聞名利は今生だけの飾りであり、我慢や偏執は後生の足かせなのです。まことに恥ずべきであり、恐るべき事です。

※名聞名利の人生は今世だけの虚飾であり、我慢と偏執の心は成仏の妨げしかない、純粋な信心を貫くべきと、大聖人は仰せです。




「されば法華の機には既にもれて候にこそ何んがし候べき、答えて云く利智精進にして観法修行するのみ法華の機ぞと云つて無智の人を妨ぐるは当世の学者の所行なり是れ還つて愚癡邪見の至りなり、一切衆生・皆成仏道の教なれば上根・上機は観念・観法も然るべし下根下機は唯信心肝要なり、されば経には「浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は地獄・餓鬼・畜生に堕ちずして十方の仏前に生ぜん」と説き給へり、いかにも信じて次の生の仏前を期すべきなり、譬えば高き岸の下に人ありて登ることあたはざらんに又岸の上に人ありて繩をおろして此の繩にとりつかば我れ岸の上に引き登さんと云はんに引く人の力を疑い繩の弱からん事をあやぶみて手を納めて是をとらざらんが如し争か岸の上に登る事をうべき、若し其の詞に随ひて手をのべ是をとらへば即ち登る事をうべし、唯我一人・能為救護の仏の御力を疑い以信得入の法華経の教への繩をあやぶみて決定無有疑の妙法を唱へ奉らざらんは力及ばず菩提の岸に登る事難かるべし」(持妙法華問答抄464頁)

通解:そうであれば法華経によって得道する機根には既に漏れています。どうしたら良いのでしょうか。答えて言います。智慧優秀で精進に励み観法の修行をする人のみが法華経の機根であるといって、無智の人を妨げるのは今世の学者の所行なのです。これは返って愚癡・邪見の最後の考え方になるのです。法華経は一切衆生皆成仏道の教えですから、上根・上機の者は観念・観法でも良いでしょう。ただし下根・下機の者はただ信心が肝要なのです。故に法華経提婆達多品第十二には「浄心に信じ敬って疑惑を生じない者は地獄・餓鬼・畜生に堕ちることなく、十方の仏前に生ずるであろう」と説かれているのです。なんとしても法華経を信じて、次の世に仏前に生まれる事を望むべきです。例えば高い岸壁の下に人がいて登る事ができない時に、また岸の上に人が居て繩をおろし「この繩にとりつけば、私が岸の上に引いて登らせよう」というのに、引く人の力を疑い、繩が弱いのではないかと危ぶく思って手を出さず縄を取らない様なものです。どうして岸の上に登る事ができるでしょうか。もしその人の言葉に随って手を差し出し縄を掴めば即ち登る事ができるのです。唯我一人・能為救護(唯我一人が能く衆生を救い護る)の仏の御力を疑い以信得入(信を以て入ることを得)の法華経の教えの繩を危ぶんで決定無有疑(決定して疑いの有ること無けん)の妙法を唱えなければ、仏の力も及ばず菩提の岸に登る事も難しいのです。

※如何なる艱難辛苦があろうとも、御本尊を信じ抜くことが肝要であると、ご教示されている。




「何なる時節ありてか毎自作是念の悲願を忘れ何なる月日ありてか無一不成仏の御経を持たざらん、昨日が今日になり去年の今年となる事も是れ期する処の余命にはあらざるをや、総て過ぎにし方を・かぞへて年の積るをば知るといへども今行末にをいて一日片時も誰か命の数に入るべき、臨終已に今にありとは知りながら我慢偏執・名聞利養に著して妙法を唱へ奉らざらん事は志の程・無下にかひなし、さこそは皆成仏道の御法とは云いながら此の人争でか仏道に・ものうからざるべき、色なき人の袖には・そぞろに月のやどる事かは、又命已に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり、若し是れ二念三念を期すと云はば平等大慧の本誓・頓教一乗皆成仏の法とは云はるべからず、流布の時は末世・法滅に及び機は五逆・謗法をも納めたり、故に頓証菩提の心におきてられて狐疑執著の邪見に身を任する事なかれ、生涯幾くならず思へば一夜のかりの宿を忘れて幾くの名利をか得ん」(持妙法華問答抄466頁)

通解:どの様な時節にあっても仏の毎自作是念の悲願を忘れたり、どの様な月日にあっても無一不成仏の法華経を持たずにいられるでしょうか。昨日が今日になり、去年が今年となる事を期待する余命がないのでしょうか。全て過ぎた歳月を数えて年の積もる事を知っていても、今から行く末の事は、一日片時も誰が命ある者の数に入ると定められるでしょうか。臨終は既に今にありとは知りながら、我慢偏執・名聞利養に捉われ、妙法を唱えられないというのは、その志のほどは全く言う甲斐がないのです。そうであれば、皆成仏道(衆生が皆成仏する)の法華法とは言いながらも、この人がどうして仏道を成就できるでしょうか。情愛のない人の袖には、みだりに月が宿る事はないでしょう。また、命は当に一念の間に過ぎるのだから、仏は一念随喜(瞬間のうちに仏法に随順して得た歓喜)の功徳と説かれたのです。もし、これが二念・三念を待つというならば、平等大慧の本誓(衆生を等しく成仏させようとする仏の根本の誓い)・頓教一乗皆成仏の法(頓かに一切衆生を成仏に導く一仏乗の法門)とは云われないのです。法華経は流布の時は末世、仏法も滅尽の時および衆生の機根は五逆や謗法を納め入れているのです。だから頓証菩提(速やかに悟りの果である菩提を得ること)の心の指示にしたがって、狐疑・執著の邪見に身を任せてはなりません。生涯はどれほどの時もないのです。思えば、この世は一夜の仮の宿である事を忘れて、どれほどの名利を得ようというのでしょうか。

※我々は、冷厳な現実を直視し、大聖人の御金言のままに、一生成仏を目指して悔いなき人生を歩んでいきたいですね。



 

御書に見る「成仏を約束された人々」37

 投稿者:サム  投稿日:2018年 3月 1日(木)13時08分52秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」37

門下一同に与う 3


個人に宛てられた御消息文ながら対告衆が不明な書や重要法門が書かれた書物の中に一般論として門下一同への成仏に関する指導が述べられており、それらを記載します。


「正像二千年の大王よりも後世ををもはん人人は末法の今の民にてこそあるべけれ此を信ぜざらんや、彼の天台の座主よりも南無妙法蓮華経と唱うる癩人とはなるべし、梁の武帝の願に云く『寧ろ提婆達多となて無間地獄には沈むとも欝頭羅弗とはならじ』と云云。」(撰時抄260頁)54歳御作、駿河国・西山の由井氏に与えられた書で御書十大部の一つ
通解:正像二千年の大王と生まれるよりは、後世(の成仏)を念願する人は、末法の今の万民である方が(即身成仏の機会を与えられているから)良いのです。これをどうして、信じないでいられるでしょうか。彼の天台の座主(として、像法時代の仏法の最高権威者であった者)よりも、(末法において)南無妙法蓮華経と唱える癩病人となるべきです。(すなわち、末法に生まれたなら、直達正観の三大秘法の御本尊を受持できるからです。)梁の武帝の発願の文には「寧ろ提婆達多となって無間地獄に沈むとも、法華経に遭って即身成仏のできることを喜ぶか、たとえ天界に生まれるとも欝頭羅弗外道のように成仏できないことを欲しない」とあります(が、これによっても末法に生まれて南無妙法蓮華経と修行することのできるわが身の幸福に歓喜と感激を忘れてはならないのです)。
※今貧乏に悩み病気に苦しむ身であっても、折伏に励む創価学会員は、人類の一切の苦悩を救うべき使命を持って生まれた地涌の菩薩なのです。


「此の御本尊は世尊説きおかせ給いて後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず、漢土の天台日本の伝教ほぼしろしめしていささかひろめさせ給はず当時こそひろまらせ給うべき時にあたりて候へ経には上行・無辺行等こそ出でてひろめさせ給うべしと見へて候へどもいまだ見へさせ給はず、日蓮は其の人に候はねどもほぼこころえて候へば地涌の菩薩の出でさせ給うまでの口ずさみにあらあら申して況滅度後のほこさきに当り候なり、願わくは此の功徳を以て父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候、其の旨をしらせまいらせむがために御不審を書きおくりまいらせ候に 他事をすてて此の御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給い候へ、又これより申さんと存じ候、いかにも御房たちはからい申させ給へ。」(御本尊問答抄373-4頁)弘安元年9月57歳御作 浄顕房日仲に与うとあるが、内容から門下一同に与えた書と拝される
通解:この御本尊は、釈尊が法華経の中に説き置かれて後二千二百三十余年の間、一閻浮提の内に未だ弘めた人はいないのです。中国の天台大師や日本の伝教大師はほぼ知っていたが、少しも弘める事はなかったのです。末法の今こそ弘めさせる時に来ているのです。法華経には上行菩薩・無辺行菩薩等の地涌の菩薩が出現して弘めると説かれていますが、未だに現われてはおられません。日蓮はその人ではないが、ほぼ心得たので地涌の菩薩が出現されるまでの間、思い浮かぶままに概要を説いて、法華経法師品第十の「況滅度後」の大難に遭ったのです。願わくはこの功徳をもって、父母と師匠と一切衆生に回向しようと祈っているのです。以上の事をお知らせしたいと思い、あなたの不審について書き送るのですが、(これからは、)他事を捨ててこの御本尊の御前でひたすら後世を祈っていきなさい。また後に改めて申し上げようと思っていますが、他の方々にもあなた達からよろしくお伝えください。
※御本尊は、大聖人の魂であり、一切衆生の幸福を願ってご図顕されたのであり、大聖人が本仏である証拠と言えましょう。


「妙とは何と云う心ぞや只我が一念の心・不思議なる処を妙とは云うなり 不思議とは心も及ばず語も及ばずと云う事なり、然れば・すなはち起るところの一念の心を尋ね見れば有りと云はんとすれば色も質もなし又無しと云はんとすれば様様に心起る有と思ふべきに非ず無と思ふべきにも非ず、有無の二の語も及ばず有無の二の心も及ばず有無に非ずして而も有無にヘンして中道一実の妙体にして不思議なるを妙とは名くるなり、此の妙なる心を名けて法とも云うなり、此の法門の不思議をあらはすに譬を事法にかたどりて蓮華と名く、一心を妙と知りぬれば亦転じて余心をも妙法と知る処を妙経とは云うなり、然ればすなはち善悪に付いて起り起る処の念心の当体を指して是れ妙法の体と説き宣べたる経王なれば 成仏の直道とは云うなり、此の旨を深く信じて妙法蓮華経と唱へば一生成仏更に疑あるべからず、故に経文には「我が滅度の後に於て・応に斯の経を受持すべし・是の人仏道に於て・決定して疑有る事無けん」とのべたり、努努不審をなすべからず穴賢穴賢、一生成仏の信心南無妙法蓮華経」(一生成仏抄384頁)建長7年 34歳御作 富木常忍に与えたとされるが、内容からして門下一同に授与されたと解釈できる
通解:妙とはどの様な意味なのでしょうか。それはただ我が一念の心の不思議なると事を妙というのです。不思議とは心も及ばず語も及ばずという事です。従って、起こるところの一念の心を尋ねてみれば、有ると言おうとすれば、色も質もなく、また無いと言おうとすれば、様々な心が起こって来ます。有ると考えるべきでないし無いと考えるべきでもないのです。有無の二つの言葉も及ばず、有無の二つの心も及ばない。有無にあらずして、しかも有無に遍くいきわたって、中道一実の妙体であって不思議なのを、妙と名づけるのです。また、この妙なる心を名づけて法ともいうのです。この法門の不思議をあらわすのに、譬喩を具体的事法になぞらえて蓮華と名づけるのです。一心を妙と知るならば、また転じて余の心も妙法と知るところを妙経というのです。したがって、善悪について瞬間瞬間に起こるところの念心の当体をさして、これが妙法の体であると説き宣べた経王であるから、成仏の直道というのです。この理を深く信じて妙法蓮華経と唱えるならば一生成仏は絶対に間違いないのです。故に法華経如来神力品第二十一には「わが滅度の後において、この妙法蓮華経を受持すべきである。この人は仏道において必ず成仏する事は疑いないのである」と説かれています。ゆめゆめ不審を持ってはなりません。謹んで申し上げます。一生成仏の信心とは南無妙法蓮華経なのです。
※自身を成長させ他者も幸福にさせる信仰が、大聖人の法、妙法なのです。


「我等衆生・無始曠劫より已来・妙法蓮華経の如意宝珠を片時も相離れざれども・無明の酒にたぼらかされて衣の裏にかけたりと・しらずして少きを得て足りぬと思ひぬ、南無妙法蓮華経とだに唱え奉りたらましかば 速に仏に成るべかりし衆生どもの五戒・十善等のわずかなる戒を以て 或は天に生れて大梵天・帝釈の身と成つていみじき事と思ひ或時は人に生れて諸の国王・大臣・公卿・殿上人等の身と成つて是れ程のたのしみなしと思ひ少きを得て足りぬと思ひ悦びあへり、是を仏は夢の中のさかへ・まぼろしの・たのしみなり唯法華経を持ち奉り速に仏になるべしと説き給へり」(主師親御書386頁)建長7年 34歳御作 大聖人の御両親か弟子の日朗に与えたとされるが、内容からして門下一同に授与か
通解:我ら衆生は、限りない昔から妙法蓮華経の如意宝珠を片時も離れなかったけれど、無明の酒にたぼらかされて、衣の裏に繋けてあったのを知らずに、少しばかりの利益を得て、十分であると思っていました。南無妙法蓮華経とさえ唱えるならば、速やかに仏になる事ができる衆生なのに、五戒や十善戒などの僅かな戒を持って、あるいは天に生まれて、大梵天や帝釈天の身となって、それを素晴らしい事と思い、ある時は人に生まれて、もろもろの国王・大臣・公卿・殿上人などの身となって、これほどの楽しみはないと思い、少しばかりの果報を得て十分であると思って喜んでいました。これを仏は、夢の中の栄えで、幻の様な楽しみであり、ただ法華経を持って速やかに仏になるべきであると説かれたのです。
※一瞬の栄誉栄華に酔って、自身を成長させる根本を忘れてしまっては、最後に後悔することになるのです。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」36

 投稿者:サム  投稿日:2018年 2月28日(水)23時38分2秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」36

門下一同に与う 2

前回は、人本尊開顕の書と云われる「開目抄」の御文を提示しましたが、今回はもう一方の法本尊開顕の書と云われる「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」(以後は略称「観心本尊抄」と表示)の御文を提示します。


「問うて曰く出処既に之を聞く観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず明鏡に向うの時始めて自具の六根を見るが如し、設い諸経の中に処処に六道並びに四聖を載すと雖も法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡を見ざれば自具の十界・百界千如・一念三千を知らざるなり。」(観心本尊抄240頁)文永10年4月 52歳御作 富木常忍宛ての本抄の送状に、『大田乗明と曾谷教信等に奉る』とあり、門下一同に与えた法門書とされている
通解:問うて言います。一念三千の法門の出処が摩訶止観の第五に説かれているという事を既に聞いて了解していますが、「観心」の意義はどうなのでしょうか。
 答えて言います。観心とは我が己心を観じて己心の生命に具足している十法界を見る事です。例えば、他人の眼・耳・鼻等の六根を見る事はできますが、自分自身の六根を直接見る事ができないので自具の六根を知らないのです。明らかな鏡に向かって始めて自分の六根を見る事ができる様に、たとえ爾前の諸経の中に処々に六道(六凡ともいい、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六つの生命状態、ここでは凡夫迷者の意)や四聖(声聞・縁覚・菩薩・仏の四つで、ここでは覚者聖人の意)を説いているといっても、法華経や天台大師の述べられた摩訶止観等の明鏡(末法の現在では、言うまでもなく御本尊)に向かわなければ自己の生命に具わっている十界・百界千如・一念三千を知る事ができないのです。
※この妙なる生命の実体を把握するのが観心であり、大聖人の生命哲学を身読することにより自己の人間形成となる。


「問うて曰く六道に於て分明ならずと雖も粗之を聞くに之を備うるに似たり、四聖は全く見えざるは如何、答えて曰く前には人界の六道之を疑う、然りと雖も強いて之を言つて相似の言を出だせしなり四聖も又爾る可きか試みに道理を添加して万か一之を宣べん、所以に世間の無常は眼前に有り豈人界に二乗界無からんや、無顧の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり、但仏界計り現じ難し九界を具するを以て強いて之を信じ疑惑せしむること勿れ、法華経の文に人界を説いて云く『衆生をして仏知見を開かしめんと欲す』涅槃経に云く『大乗を学する者は肉眼有りと雖も名けて仏眼と為す』等云云、末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり。」(観心本尊抄241頁)
通解:問うて言います。(私達の生命の)六道について明確ではないが、説明を受けて(生命に)備わっている様に思います。しかし四聖が存在するという事は全く見られないがどうでしょうか。
 答えて言います。前には人界の六道まで疑っていたのですが、強いてよく似た事例を挙げて説明したのです。四聖もまたこれと同じですが、試みに道理を加えて可能性の少ない小数例まで説明する事にしましょう。つまり世間には有為転変の有様が眼前にあり、この無常は人界に二乗界が存在している証拠ではないでしょうか。他を顧りみることのない悪人も、なお自分の妻子に対しては慈愛の念を持っているのは、(人界に具っている)菩薩界の一分ではないでしょうか。ただ仏界ばかりは日常生活には現れがたいのです。すでに九界を具している事がわかったからには、強いてこれ(仏界が存在すること)を信じて疑わないでください。法華経方便品には人界を説いて「衆生をして仏の知見を開かしめんと欲する故に諸仏世尊はこの世に出現し給うのである」とあります(この経文は人界に仏界を具している証拠なのです)。涅槃経には「大乗を学する者(現在では御本尊を信じる者)は物を見るに肉眼で見ている様ですが、仏眼で見ているといえる」とあります(人界に仏の知見がある事を説かれている)。末代の凡夫が人間と生まれてきて法華経を信ずるのは人界に元々仏界を具足しているから信ずることができるのです。
※我々凡夫が御本尊を信受できるのは、人界に仏界を具している証拠ではないか。


「無量義経に云く『未だ六波羅蜜を修行する事を得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す』等云云、(中略)私に会通を加えば本文を黷が如し爾りと雖も文の心は釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(観心本尊抄246頁)
通解:無量義経に「いまだ六波羅蜜を修行していなくてもこの経を信じ受持する功徳によって六波羅蜜は自然に具わってくる」とあります。(中略)私に会通(和会疏通の意、和会は経論の説を照らし合わせること、疏通は筋道が通ることで、経論の異説を照らし合わせて一意に収束すること)を加えるならば返って引用した文の意を汚す事を恐れるのですが、その文意を簡単にいうならば、(先に論難した権教・迹門・本門の)釈尊の因行と果徳の二法は、ことごとく妙法蓮華経の五字に具足しており、私達がこの五字を受持すれば自然に彼(釈尊)の因果の功徳を譲り受けるのです。
※私達が学会活動する事で自然に六波羅蜜の修行している事になり、釈尊の因果の功徳を譲り受ける(つまり人間革命する)のです。


「四大声聞の領解に云く『無上宝聚・不求自得』云云、我等が己心の声聞界なり、『我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ』、妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや、宝塔品に云く『其れ能く此の経法を護る事有らん者は則ち為れ我及び多宝を供養するなり、乃至亦復諸の来り給える化仏の諸の世界を荘厳し光飾し給う者を供養するなり』等云云、釈迦・多宝・十方の諸仏は我が仏界なり其の跡を継紹して其の功徳を受得す『須臾も之を聞く・即阿耨多羅三藐三菩提を究竟するを得』とは是なり」(観心本尊抄246-7頁)
通解:法華経信解品に四大声聞が領解(仏の説法を聞いて悟ること)して「無上の宝聚を求めずして自ら得たり」と述べていますが、私達の己心の声聞界が(妙法蓮華経を受持し奉り、無上の大功徳に歓喜している姿が)これなのです。方便品には釈尊が「(法華経を説いて一切衆生に即身成仏の大直道を与え)私(仏)と衆生とは等しくして異なることがない。仏がその昔に誓願した一切衆生を度脱(生死の迷い・苦しみを乗り越えて悟りの境地に至ること)するとの誓いが今は既に満足し、一切衆生をして皆仏道に入らせることができた」と説かれています。妙覚の釈尊は私達の血肉で因果の功徳は骨髄ではないでしょうか(つまり師も久遠元初の自受用身、弟子もまた久遠元初の自受用身と顕われ、自受用身に約して師弟が不二となる)。宝塔品には「それよくこの経法(現在では御本尊)を護る事ができる者は、釈迦仏および多宝仏を供養する者であり、乃至また、諸の場所から来られた分身の化仏である諸の世界を荘厳し光飾している者を供養することになる」とあります。この様に無作の報身たる釈尊・無作の法身たる多宝・無作の応身たる分身、すなわち無作三身如来は妙法五字を受持する私達の仏界であり、無作三身の跡を継紹して無作三身の功徳を受得するのです。同じく宝塔品に「わずかな時間でもこれを聞く者は即ち阿耨多羅三藐三菩提(仏の悟りや智慧が無上・無比で平等円満であることをいう。阿耨多羅は無上の意で、これ以上に勝るものが無いこと、三藐は正等・正遍をいい清浄かつ偏頗の無いこと、三菩提は正覚・真道・仏の完全な悟りのこと)を究竟(究極・究め尽くすこと)して、凡身そのままで名字妙覚の悟りに入ることができる」というのがこれなのです。
※無作報身の釈尊・無作法身の多宝・無作応身の分身化仏、すなわち無作三身如来は妙法五字を信受する私達の仏界であり、我々が無作三身の功徳を受得するのです。


「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか。一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」(観心本尊抄254頁)
通解:天が晴れれば地はおのずから明るくなり、法華を識る者は世法もおのずから理解することになる。一念三千を識らない者(末法の我々衆生)に対して(久遠元初の)御本仏は大慈悲を起こされ、妙法五字に一念三千の珠(法門)を包み、(功徳が得られる様に)末代幼稚の(私達の)頚に懸けられるのです。
※妙法五字とは御本尊であり、この本尊を信受し唱題すれば、我が身即一念三千の本尊(則ち大聖人)と同体になり、三世十方の諸仏、菩薩・諸天善神等が我らを守護されるのです。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」35

 投稿者:サム  投稿日:2018年 1月25日(木)00時41分41秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」35

門下一同に与う 1

本シリーズの1の『序論』で紹介した御文の後半部分になります。
個人に宛てられた御消息文ながら対告衆が不明な書及び重要法門が書かれた著作物の中に一般論としての指導が述べられており、それらを記載していきます。


「法華経を信ずる者は設い臨終の時・心に仏を念ぜず口に経を誦せず道場に入らざれども心無くして法界を照し音無くして一切経を誦し巻軸を取らずして 法華経八巻を拳る徳之有り」(守護国家論56頁)正元元年 38歳御作、対告衆は定められていない
通解:法華経を信ずる者は、たとい臨終の時に心に仏を念じなくても口に経文を誦さなくても身を道場に入れなくても、意識しないで法界を照らし、声に出さなくても一切経を誦し、経巻の軸を取らなくても法華経八巻を握る功徳があるのです。
※妙法には、妙法を信じる事で、意識なしで法界を照らし、声に出さなくても一切経を誦し、法華経を手にした位の功徳がある、というのです。

「諸経の諸仏・菩薩・人天等は彼彼の経経にして仏にならせ給うやうなれども実には法華経にして正覚なり給へり、釈迦諸仏の衆生無辺の総願は皆此の経にをいて満足す今者已満足の文これなり」(開目抄下216頁)文永9年2月 51歳御作、門下一同に与う
通解:諸経に説かれている諸仏や菩薩や人界・天界などの衆生は、それぞれの経において仏に成った様ですが、実際には法華経によって真の悟りを得たのです。釈迦仏や諸仏が立てた、すべての衆生を苦しみから救おうとする総願は、すべて法華経において成就したのです。法華経方便品の「今、ついに満足した」との経文はこの事なのです。
※諸経に説かれている諸の衆生も、法華経(妙法)で成仏したのです。

「法華経已前等の大小乗の経宗は自身の得道猶かなひがたし何に況や父母をや但文のみあつて義なし、今法華経の時こそ女人成仏の時・悲母の成仏も顕われ・達多の悪人成仏の時・慈父の成仏も顕わるれ、此の経は内典の孝経なり」(開目抄下223頁)
通解:法華経以前等の大小乗経を立てる諸宗は、自分自身の成仏得道すら叶えられなかったのに、ましてや父母を助けることができるでしょうか。(法華経以前の経は)成仏とか追善供養の文のみあって、その義がないから現証もないのです。いま法華経の時にいたって女人成仏が現実に証明されて、悲母の成仏も顕われ、また提婆達多の悪人が成仏の時に、初めて慈父の成仏も顕われるのです。この経は父母の成仏をこの様に説き明かされているから、内典の孝経というべきなのです。
※法華経は、女人も悪人も成仏し、その父母も成仏する孝経なのです。

「諸経は智者・猶仏にならず此の経は愚人も仏因を種べし不求解脱・解脱自至等と云云、我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし、妻子を不便と・をもうゆへ現身にわかれん事を・なげくらん、多生曠劫に・したしみし妻子には心とはなれしか仏道のために・はなれしか、いつも同じわかれなるべし、我法華経の信心をやぶらずして霊山にまいりて返てみちびけかし。」(開目抄下234頁)
通解:諸経では智者でもなお成仏する事ができないが、この法華経は愚人も仏の因を了して成仏する事ができます。「解脱を求めなくとも、解脱がみずからいたる」との経文はこれなのです。私や私の弟子にいかなる大難があろうとも、疑う心を生じなければ、自然に仏界にいたるのです。天の加護が無いからとて、法華経の大利益を疑ってはならないし、現世に安穏でないと嘆いてはなりません。私の弟子に朝晩この事を教えてきたのに、疑いを起こしてみな退転してしまったのです。拙い者の習性として、平常の時に約束した事を大事な時に忘れるのです。妻子を可哀想と思う故に、現実の大難で妻子と別れる事を歎くのです。(しかしながら考えてみなさい)無始以来いつも生まれて来ては、親しんでいた妻子とわが心に予期して自ら別れたのか、それとも仏道の為に離れたのか、どちらも同じ別れなのです。今生において、まず自分が法華経の信心を最後まで破らずに(即身成仏し)、霊山浄土に参ってかえって妻子を導きなさい(これこそ真にわが身も妻子も、絶対の幸福を獲得する唯一の道なのです)。
※どんな事が生じても信心を試されていると覚悟し、最後まで全うする事が大事であろう。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」34

 投稿者:サム  投稿日:2017年12月 4日(月)18時58分8秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」34

その他の日蓮門下

此処に取り上げた、故弥四郎の縁故者、佐渡に住む故中興次郎入道の家族、佐渡に住む是日尼、尾張国高木郡に住む刑部左衛門尉の妻、等は、いずれも生没年不明ながら、大聖人からの成仏を約束された激励のお手紙が遺されている。


「故弥四郎殿は設い大罪なりとも 提婆が逆にはすぐべからず、何に況や小罪なり法華経を信ぜし人なれば無一不成仏疑なきものなり。」(破良観等御書1290頁)執筆年代、対告衆ともに不明
通解:故弥四郎殿はたとえ大罪ではあっても、提婆達多の三逆罪に勝る事はありません。提婆達多に比べるならば小罪であり、まして法華経を信ずる人であるから、無一不成仏(一人として成仏しないということは無けん、=成仏する)は疑いないのです。
※弥四郎は安房国(千葉県)の光日房の子息と思われるが、詳細不明。門下・弥四郎の縁故者に対して、法華経の信者であれば成仏は疑いないと確約している。


「貴辺は故次郎入道殿の御子にて.をはするなり・御前は又よめなり・いみじく心かしこかりし人の子と.よめとにをはすればや、故入道殿のあとをつぎ国主も御用いなき法華経を御用いあるのみならず・法華経の行者をやしなはせ給いて・としどしに千里の道をおくりむかへ・去ぬる幼子のむすめ御前の十三年に丈六のそとばをたてて其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕して・をはしませば、北風吹けば南海のいろくづ其の風にあたりて大海の苦をはなれ・東風きたれば西山の鳥鹿・其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率の内院に生れん、況や・かのそとばに随喜をなし手をふれ眼に見まいらせ候人類をや、過去の父母も彼のそとばの功徳によりて天の日月の如く浄土をてらし・孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ちて後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事・水すめば月うつり・つづみをうてば・ひびきのあるがごとしと・をぼしめし候へ等云云」(中興入道消息1334-5頁)弘安2年11月 58歳御作 中興次郎入道の息子夫婦か入道の未亡人に与う
通解:あなたは、亡き次郎入道殿の御子息であられます。御前は又その嫁です。非常に賢明だった方の御子息と嫁であられるのでしょうか。故入道殿の御志を継いで、国主も用いていない法華経を信仰されるだけではなく、法華経の行者である日蓮を養われて、毎年千里の道を行き来して御供養を届けられています。幼くして亡くなられた娘御前の十三年忌には、一丈六尺の卒塔婆を建立し、その表面に南無妙法蓮華経の七文字を書き顕わして追善供養されました。北風が吹けば、その南海の魚類はその風にあたって大海の苦悩を離れ、東風が来れば西山の鳥や鹿は、その風を身に触れて畜生道を免れて、都率の内院に生まれるでしょう。(畜生ですらこの様ですから)ましてや、この卒塔婆の建立を喜び、手を触れて眼に見る人々の功徳がどれほど偉大である事でしょうか。亡き父母もこの卒塔婆の功徳によって、天の日月の様に、浄土への道を明るく照らされている事でしょう。また、孝養する人(に該当するあなた自身)並びに妻子は現世には百二十歳までも長生きして、後生には父母と共に霊山浄土に行かれる(成仏する)であろう事は、水が澄めば月が映り、鼓を打てば響きが伴う様に間違いのない事だと確信していきなさい。
※中興一家の信心を讃えられ、法華経による追善供養の功徳を説いている。


「さどの国より此の甲州まで入道の来りたりしかば・あらふしぎとをもひしに・又今年来りなつみ水くみたきぎこりだん王の阿志仙人につかへしが・ごとくして一月に及びぬる不思議さよ、 ふでをもちてつくしがたし、これひとへに又尼ぎみの御功徳なるべし、又御本尊一ふくかきてまいらせ候、霊山浄土にては・かならずゆきあひ・たてまつるべし」(是日尼御書1335頁)執筆年代、対告衆の是日尼の詳細は不明
通解:佐渡の国からこの甲州の身延まで、ご主人である入道が来られたので、実に不思議だと思っていたのですが、また今年も来られ、菜を摘み、水を汲み、薪を取りして、須頭檀王が阿私仙人に仕えた様に、一ヵ月にも及んでいるのは、何と不思議な事でしょうか。筆で書き尽くす事は難しく、これはひとえに、また、尼君の御功徳となるでしょう。また、御本尊を一幅書いて差し上げます。霊山浄土では、必ず行き、お逢いしましょう。
※尼の信心・内助の功を称え、御本尊を授与され、激励されている。


「母の御訪い申させ給う人人をば我が身の様に思ひまいらせ候へば、あまりにうれしく思ひまいらせ候間あらあら・かきつけて申し候なり、定めて過去聖霊も忽に六道の垢穢を離れて霊山浄土へ御参り候らん」(刑部左衛門女房御返事1401頁)弘安3年10月 59歳御作 尾張国高木郡に住む左衛門尉の妻に与う
通解:母を弔おうとされる人々を見ると、自分の事の様に思われるのです。従ってあなたが母の供養を願われた事が、あまりにうれしく思われるので、父母孝養の法門をざっと記したのです。必ずや、亡くなられたあなたの母親の霊も、たちまちに六道の苦しみと穢れを離れて霊山浄土へ参られるでしょう。
※母への真の報恩は、法華経を信受して追善供養する事と述べられている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」33

 投稿者:サム  投稿日:2017年12月 3日(日)09時38分47秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」33

波木井殿

現在の山梨県南巨摩郡身延町大字波木井の地頭であった波木井六郎実長入道法寂房日円【1222-1297】のこと。日興上人との法縁によって大聖人門下となったが、大聖人滅後、日向の軟風に染まりて四箇の謗法を犯し、日興門下の身延離山の原因となった。但し、実長の長男である清長【?-1313】は、日興上人に誓状を捧げ清らかな信心を全うしている。六郎実長宛ての御消息文には、六郎恒長御消息、波木井三郎殿御返事、南部六郎殿御書、地引御書、波木井殿御報の5編が遺されている。


「はきりどのの事は法門の御信用あるやうに候へども此の訴訟は申すままには御用いなかりしかば・いかんがと存じて候いしほどに・さりとては・と申して候いしゆへにや候けん・すこし・しるし候か、これに・をもうほど・なかりしゆへに又をもうほどなし、だんなと師とをもひあわぬいのりは水の上に火をたくがごとし、又だんなと師とをもひあひて候へども大法を小法をもつて・をかしてとしひさしき人人の御いのりは叶い候はぬ上、我が身も・だんなも・ほろび候なり。」(四条金吾殿御返事、八風抄1151頁)建治3年 56歳御作
通解:波木井六郎実長殿は法門については御信用なさっている様ですが、この訴訟に関しては、日蓮の言う通りに用いなかったので、どうなるであろうかと思っていたところ、訴訟(幕府・主君への訴え)は叶わないと注意しておいたからでしょうか、多少の効果はあったようです。だが、こちらで思うほどに聞き入れなかったので、訴訟の効果も思うほどでなかった。この様に、檀那(弟子)と師匠とが心を同じくしない祈りは、水の上で火を焚く様なもので叶う訳がないのです。また、檀那(弟子)と師匠とが心を同じくした祈りであっても、長い間、邪法によって正法を犯している人々の祈りはかなわないばかりか、わが身(師匠)も檀那(弟子)も、共に滅びるのです。
※波木井氏は、大聖人の法門を信じても、訴訟=世法に関しては大聖人の指導に従わないという生き方で願い通りにならなかった様です。事を成就する為には、倫理・道理に適っている事が必要で、悪法ならば如何に師と檀那(弟子)が心を一つに合わせて祈っても共々に身を滅ぼし、正法による師弟不二の祈りでなければならないのです。


「末代の悪人等の成仏・不成仏は罪の軽重に依らず但此経の信不信に任す可きのみ、而るに貴辺は武士の家の仁昼夜殺生の悪人なり、家を捨てずして此所に至つて何なる術を以てか三悪道を脱る可きか、能く能く思案有る可きか、法華経の心は当位即妙・不改本位と申して罪業を捨てずして仏道を成ずるなり、天台の云く『他経は但善に記して悪に記せず今経は皆記す』等云云、妙楽の云く『唯円教の意は逆即是順なり自余の三教は逆順定まるが故に』等云云」(波木井三郎殿御返事1373頁)文永10年8月 52歳御作 南部六郎三郎に与う
通解:末法の悪人等の成仏、不成仏は、罪の軽い重いに依るのではなく、ただ、この法華経への信心が有るか、無いかによって決まるのです。ところであなたは武士の家の人であり、昼夜にわたって殺生の世界に身をおく悪人です。家を捨てず、世間を離れないまま、現在に至っては、どの様な方法をもって、未来に三悪道を免れる事ができるでしょうか。よくよく思案されるべきです。法華経の本意は「当位即妙(そのままの位で成仏すること)・不改本位(凡身の位を改めずして)」といって、罪業を捨てずに、その身のまま成仏する事ができるのです。天台は文句の七に「法華経以外の他経は但善人にのみ成仏を許して、悪人に成仏を許していない。法華経は全ての人に平等に成仏を記している」と云っています。妙楽も文句記八に「ただ円教たる法華経の本意は、逆がそのまま順となるということである。それ以外の別教・通教・蔵教すなわち爾前経は逆は逆、順は順と定まってしまっている」と書かれているのです。
※御義口伝上(747頁)に「法華経の持ち奉るとは我が身仏身と持つなり(中略)さて仏身を持つとは我が身の外に仏無しと持つを云うなり、理即の凡夫と究竟即の仏と二無きなり」とあり、十界の衆生はそのままの身で仏になり、悪人は悪人の形態のまま、女人はその身を改めないで成仏するとの意です。昼夜にわたって殺生の世界に身を置く波木井氏は悪人に等しく、法華経によってのみ仏と成ると仰せなのです。


「ただし一日経は供養しさして候、其の故は御所念の叶わせ給いて候ならば供養しはて候はん、なにと申して候とも御きねんかなはずば言のみ有りて実なく華さいてこのみなからんか、いまも御らんぜよ此の事叶はずば今度法華経にては仏になるまじきかと存じ候はん、叶いて候はば二人よりあひまいらせて供養しはてまいらせ候はん」(地引御書1375頁)弘安4年11月 南部六郎に与う
通解:ただし一日経は途中で供養を中止させました。その理由は、あなたが大坊建立にあたって立てられた念願が叶ってから供養し終えたいと思ったからです。坊が建立されたといっても、あなたのご祈念が叶わなければ、言葉のみあって実がなく、華が咲いて果実がならない様なものです。今もご覧ください。あなたの願いが叶わなければ、このたび法華経を信じても成仏できないのではないかと思われている事でしょう。願いが叶ってこそ二人共々、供養し終えましょう。
※波木井氏の胸中の僅かな驕り、不信を見逃さず、信心を確立すべきであると、指導されている。


「畏み申し候、みちのほどべち事候はで・いけがみまでつきて候、みちの間・山と申しかわと申しそこばく大事にて候いけるを・きうだちにす護せられまいらせ候いて難もなくこれまで・つきて候事をそれ入り候ながら悦び存し候、(中略)さりながらも日本国にそこばくもてあつかうて候みを九年まで御きえ候いぬる御心ざし申すばかりなく候へばいづくにて死に候ともはかをばみのぶさわにせさせ候べく候。」(波木井殿御報、池上到着御報1376頁)弘安5年9月 61歳御作
通解:謹んで申しあげます。身延からの道中は、何事もなく、池上まで着く事ができました。途中の山といい河といい、たいへん難儀な道のりでしたが、御子息たちに守られて、事故なく、ここまで着けた事を感謝すると共に喜んでおります。(中略)しかしながら、日本国では居るところもなく、少なからず余している身を、身延の地で九年間にわたって帰依されたその志に対して、言葉では言い尽くせないほど、ありがたく思っております。それだけに何処で死んだとしても墓は身延の沢に造らせたいと思っております。
※大聖人は最大限に感謝されていますが、波木井氏の成仏の約束はされなかった。
結局、波木井実長は、四箇の謗法を犯し、忘恩の徒となってしまったのである。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」32

 投稿者:サム  投稿日:2017年12月 1日(金)00時55分50秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」32

上野殿(南条家一族)5

南条家一族の最終です。
南条時光は、熱原の法難の際、立派に外護を務め、上野大石ヶ原を寄進して大石寺建立に貢献し、晩年入道して法名を大行と称した。富士興門派にとって南条家一族の尽力は著しく、南条兵衛七郎の長女で南条時光の姉(後の蓮阿尼)の子・五男は日蓮正宗第三祖とされる日目上人【1260-1333】であり、長兄五郎頼綱も入道し日善と名乗り、頼綱の次男は四世日道上人【1283-1341】、五世日行上人【?-1369】は日目上人と従兄弟(母は南条時光の息女)であり、その他、六世日時上人【?-1406】、七世日阿上人【?-1407】、八世日影上人【1353-1419】、初の稚児法主である九世日有上人【1409-1482】等は、全て南条家出身である。


「釈迦仏は・我を無量の珍宝を以て億劫の間・供養せんよりは・末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍・過ぐべしとこそ説かせ給いて候に、法華経の行者を心に入れて数年供養し給う事有り難き御志かな、金言の如くんば定めて後生は霊山浄土に生れ給うべしいみじき果報なるかな。」(南条殿御返事、法妙人貴事1578頁)弘安4年9月 60歳御作
通解:釈迦仏は「私を計り知れないほどの珍法で長遠の間供養するよりは、末法の法華経の行者を一日であっても供養する功徳は百千万億倍勝れるであろう」(法華経法師品の取意と思われる)と説かれているのですから、あなたが法華経の行者を心から数年間供養された事は有り難い御志です。金言の通りであれば、必ず後生は霊山浄土に生まれられるでしょう。何と素晴らしい果報でしょうか。
※大聖人に御供養の誠を尽くされる時光の功徳の大きさを御教示されている。


「一切経の功徳は先に善根を作して後に仏とは成ると説くかかる故に不定なり、法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り・口に唱ふれば其の口即仏なり、(中略)故に経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」云云、文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成ると申す文なり。」(上野尼御前御返事、烏竜遺竜事1580頁)年代不明11月
通解:一切経の功徳は、先に善根を積んで後に仏になると説きます。ですから成仏は定まっていません。法華経というのは、手にとればその手がただちに仏になり、口に唱えればその口がそのまま仏と成ります。(中略)故に法華経に「若し法を聞く者があるならば、一人として成仏しない者はいない」と説かれています。文の心は、この経を持つ人が百人いれば百人ともに、千人いれば千人ともに、一人も欠けずに仏に成るという文なのです。
※此処でも、妙法が万人成仏の教えである事を述べられている。


「過去の仏は凡夫にて・おはしまし候いし時・五濁乱漫の世にかかる飢えたる法華経の行者をやしなひて・仏にはならせ給うぞとみえて候へば・法華経まことならば此の功徳によりて過去の慈父は成仏疑なし。故五郎殿も今は霊山浄土にまいりあはせ給いて・故殿に御かうべをなでられさせ給うべしと・おもひやり候へば涙かきあへられず」(春初御消息1585頁)弘安5年正月 南条時光に与えられたか
通解:過去に仏が凡夫であらせられた時、五濁乱漫の世に、この様に飢えていた法華経の行者を供養して仏に成られたとあります。(今あなたが日蓮に供養した事は)法華経が真実ならば、この功徳によって、過去の慈父が成仏している事は疑いありません。故五郎殿も今は霊山浄土に参り会われて、父君に頭をなでられている事であろうと推考すると、涙を押さえる事ができないのです。
※時光と共に父の信心を継いだ七郎五郎ですから成仏を遂げて、霊山浄土で父からさぞかし褒められている事でしょうと、哀悼の意を示されている。


「天台の御釈に云く『人の地に倒れて還つて地より起つが如し』等云云、地にたうれたる人は・かへりて地よりをく、法華経謗法の人は三悪並びに人天の地には・たうれ候へども・かへりて法華経の御手にかかりて仏になると・ことわられて候。」(法華証明抄、死活抄1586頁)弘安5年2月 61歳御作 日興上人を介して南条時光に与う
通解:天台の『法華文句』を解釈した妙楽の注釈に「人の地に倒れて還って地より起つが如し」等とあります。地に倒れた人が反対に地面によって起き上がる様に、法華経を誹謗した人が、その罪により、地獄・餓鬼・畜生の三悪道や人界・天界の地に倒れても、還って法華経の御手にかかって仏に成る事ができる、と道理を明かされているのです。
※妙法を信受し得た今生において、過去の謗法の罪を消滅して成仏の大功徳を得るには、法華経(御本尊)への信心を貫き通す以外に無いと覚悟すべきである。


「この上野の七郎次郎は末代の凡夫・武士の家に生れて悪人とは申すべけれども心は善人なり、(中略)又此の者敵子となりて人もすすめぬに心中より信じまいらせて・上下万人にあるいは・いさめ或はをどし候いつるに・ついに捨つる心なくて候へば・すでに仏になるべしと見へ候へば・天魔・外道が病をつけてをどさんと心み候か、命はかぎりある事なり・すこしも・をどろく事なかれ」(法華証明抄、死活抄1587頁)弘安5年2月 61歳御作
通解:上野の七郎次郎(時光)は末代の凡夫で、武士の家に生まれて、(戦いで人を殺したりする)悪人というべきですが、心は善人なのです。(中略)此の者(七郎次郎)は(故上野殿の)嫡子となって、誰も法華経の信仰を勧めていないのに心中から信仰され、上下万人から(法華経の信仰を止める様に)或いは諌められ、或いは脅かされながらも結局捨てる心が無かった為に、(南条時光が)既に仏に成る事が確実になったので、天魔・外道が病をつけて脅かそうとしているのでしょうか。命には限りがあり南条時光少しも驚いてはなりません。
※成仏真近の時光に対して、覚悟の信心に立つように励まされている。
もし此処で、南条時光が妙法の信仰を諦めていたら、現在の創価学会の発祥及び興隆は無かった事でしょう。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」31

 投稿者:サム  投稿日:2017年11月23日(木)23時22分56秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」31

上野殿(南条家一族)4

南条家一族の続きです。
南条時光【正元元(1259)年~元弘2(1332)年】は、南条兵衛七郎の次男の南条七郎次郎のこと、幼い頃から大聖人に帰依し日興上人を師兄と仰ぎ純真な信心に励み、大聖人から上野賢人との称号を賜る。南条七郎五郎【文永2(1265)年~弘安3(1280)年】は、南条兵衛七郎の5男で時光の弟にあたる。弘安3年6月に兄と共に御供養を携え大聖人にお会いしたが、同年9月突然死去する。大聖人は死を惜しまれ、上野尼御前(母)に数通の御書を与えられている。


「願くは我が弟子等・大願ををこせ、去年去去年のやくびやうに死にし人人の・かずにも入らず、又当時・蒙古のせめに・まぬかるべしともみへず、とにかくに死は一定なり、其の時のなげきは・たうじのごとし、をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海にあつらへ・ちりを大地にうづむとをもへ、法華経の第三に云く『願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん』云云」(上野殿御返事1561頁)弘安2年11月 58歳御作
通解:願わくは、我が弟子達よ、大願を起こしなさい。(あなた達は)昨年や一昨年の疫病で亡くなった人々の数には入らなかったとしても、現在蒙古が攻めてきた時、死を免れる事ができるとは思えないのです。ともかく、死は避ける事ができないのです。その時の嘆きは、現在の迫害の苦しみと変わらないのです。同じく死ぬのであれば、かりにも法華経の為に命を捨てなさい。あたかも露を大海に入れ、塵を大地に埋めるようなものと思いなさい。法華経第三の巻化城喩品第七に「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生とは、皆共に仏道を成ぜん」と説かれている通りなのです。
※誰しもいつかは今生の命を終えるのであり、であれば大願を起こして妙法に命を捧げるならば、自身の成仏はもとより、一切の衆生の成仏をも可能にする大功徳が得られると、御教示されている。此の御抄で大聖人は時光に上野賢人との称号を賜っている。


「追申、此の六月十五日に見奉り候いしに・あはれ肝ある者かな男や男やと見候いしに・。又見候はざらん事こそかなしくは候へ、さは候へども釈迦仏・法華経に身を入れて候いしかば臨終・目出たく候いけり、心は父君と一所に霊山浄土に参りて・手をとり頭を合せてこそ悦ばれ候らめ、あはれなり・あはれなり」(上野殿御書、弔慰御書1567-8頁)弘安3年9月 59歳御作 上野殿母御前宛てか
通解:追伸、この六月十五日(南条七郎五郎殿)にお会いした時には、天晴れ度胸の座っている者だな、立派な男だな、と拝見していたのに、再びお会いする事が出来ないとは、何とも悲しい事でしょう。そうは言っても(南条七郎五郎殿は)釈迦仏・法華経を深く信仰されていたから、臨終も立派だったのです。だから、心はきっと父君と一緒に霊山浄土に参り、共に手を取り合わせて喜ばれている事でしょう。天晴れです。重ねて天晴れです。
※南条七郎五郎(南条兵衛七郎の五男で時光の弟)の突然の死去に際して、短い人生ながら妙法の信仰を貫いたのだから成仏は疑いないと述べられ激励されている。


「故七郎五郎殿は当世の日本国の人人には・にさせ給はず、をさなき心なれども賢き父の跡をおひ御年いまだ・はたちにも及ばぬ人が、南無妙法蓮華経と唱えさせ給いて仏にならせ給いぬ・無一不成仏は是なり、乞い願わくは悲母我が子を恋しく思食し給いなば南無妙法蓮華経と唱えさせ給いて・故南条殿・故五郎殿と一所に生れんと願はせ給へ、一つ種は一つ種・別の種は別の種・同じ妙法蓮華経の種を心に・はらませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし、三人面をならべさせ給はん時・御悦びいかが・うれしくおぼしめすべきや。」(上野殿母御前御返事、中陰書1570頁)弘安3年10月59歳の御作か
通解:故七郎五郎殿は当世の日本国の人々とは似ておられず、幼い心でしたが賢い父の跡を継ぎ、歳もまだ二十歳にはならない人なのに、南無妙法蓮華経と唱えられて仏になられたのです。法華経方便品に「ひとりとして成仏せずということ無けん」と説かれているのは是なのです。乞い願う処は、悲母が我が子を恋しく思われるならば、南無妙法蓮華経と唱えられて故南条兵衛七郎殿・故七郎五郎殿と同じ所に生まれる様にと願われるが良いでしょう。一つの種は一つの種であり、別の種は別の種なのです。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるならば、同じ妙法蓮華経の国へ生まれられるでしょう。三人が顔を合わせられる時、その御悦びはいかばかりで、どんなに嬉しく思われる事でしょう。
※故七郎五郎殿も父と同じく成仏されたと御教示され、母・上野殿後家尼も、死後、亡夫・兵衛七郎や末子・七郎五郎と同じ所に生まれたいと願うならば、妙法を唱え成仏を期しなさいと、励まされている。


「無量劫が間・一度もそら事なくして其の功に依りて仏となり給いて候が・無一不成仏と申して南無妙法蓮華経を只一度申せる人・一人として仏にならざるはなしと・とかせ給いて候」(南条殿御返事、百箇日御書1573頁)執筆の年代・場所不明
通解:(釈尊が凡夫の時の)無量劫の間、一度も嘘をつくことはなく、その功徳によって仏と成られ「一人として仏に成らないものはない」と申されているのであり、南無妙法蓮華経とただ一度でも唱えた人は一人として仏に成らないものはない、と説かれているのです。
※妙法が万人成仏の教えである事を述べられている。


「仏にやすやすとなる事の候ぞ・をしへまいらせ候はん、人のものををしふると申すは車のおもけれども油をぬりてまわり・ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり、仏になりやすき事は別のやう候はず、旱魃にかわけるものに水をあたへ・寒冰にこごへたるものに火をあたふるがごとし、又二つなき物を人にあたへ・命のたゆるに人のせにあふがごとし」(上野殿御返事、須達長者御書1574頁)弘安3年12月 59歳御作
通解:仏に容易く成る道があるのです。教えて差し上げましょう。人がものを教えるというのは、車が重くても油を塗る事によって容易く回る事ができ、船を水に浮かべて往来がし易くなる様に教えるのであり、仏に成りやすい道というのは特別な事ではないのです。旱魃の際に喉の渇いた者に水を与え、寒さに凍えた者に火を与える様にする事です。また二つとない物を人に与え、(それをなくしては自分の)命が絶える時に人に布施する事なのです。
※成仏の為の不可欠の実践は慈悲行であり、修行の基本である六波羅蜜の中でも第一に挙られているのは、布施行である。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」30

 投稿者:サム  投稿日:2017年11月18日(土)00時29分38秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」30

上野殿(南条家一族)3

南条家一族の続きです。
南条平七郎は南条家一族と思われるが、生没年不詳。本尊供養御書を賜る。
南条九郎太郎も南条家一族と思われるが、詳細は不明。建治2年と弘安元年の計2編の九郎太郎殿御返事が遺されている。南条家一族の真心を大聖人が讃嘆されている。


「須弥山に近づく鳥は金色となるなり、阿伽陀薬は毒を薬となす、法華経の不思議も又是くの如し凡夫を仏に成し給ふ」(本尊供養御書1536頁)建治2年12月 55歳御作 南条平七郎に与う
通解:須弥山に近づく鳥は金色となり、阿伽陀薬(最も効力がある薬)は毒を薬とします。法華経の不思議な功力もまた同様なのです。凡夫を仏に成されるのです。
※法華経の不思議(功力)は凡夫を仏にする事と仰せです。


「悪積れば地獄となる.善積れば仏となる・女人は嫉妬かさなれば毒蛇となる。法華経供養の功徳かさならば・あに竜女があとを・つがざらん、山といひ・河といひ・馬といひ・下人といひ・かたがた・かんなんのところに・度度の御志申すばかりなし。御所労の人の臨終正念・霊山浄土疑なかるべし・疑なかるべし。」(南条殿女房御返事1547頁)弘安元年5月 57歳御作 南条七郎次郎の女房に与う
通解:悪が積もれば地獄に堕ち、善行を積めば仏となります。女人は嫉妬が重なれば毒蛇となります。法華経供養の功徳が重ければ、竜女のあとを継いで成仏する事は間違いありません。身延まで来るのに山といい、河といい・馬といい、下人といい、何かと御苦労の多いところに、度々の御供養のお志、申し述べようもありません。かねて病気であった人が臨終正念であったとの事ですが、霊山浄土(に参る事)は疑いありません。重ねて絶対に疑いありません。
※時光夫人の信心を称賛され、他の御抄から病気で亡くなったのは「石川兵衛入道殿のひめ御前」と考えられるが、霊山浄土に参る(仏に成る)だろうと断じられている。


「念仏は多けれども仏と成る道にはあらず・戒は持てども浄土へまひる種とは成らず、但南無妙法蓮華経の七字のみこそ仏になる種には候へ、此れを申せば人はそねみて用ひざりしを故上野殿信じ給いしによりて仏に成らせ給いぬ、各各は某の末にて此の御志をとげ給うか、竜馬につきぬる・だには千里をとぶ、松にかかれる・つたは千尋をよづと申すは是か、各各主の御心なり」(九郎太郎殿御返事、題目仏種御書1553-4頁)弘安元年11月 57歳御作 南条九郎太郎に与う
通解:念仏を多く称えても、仏になる道とはならないのです。戒は持っていても、浄土へ参る種とはならないのです。ただ南無妙法蓮華経の七字だけが仏になる種なのです。この事を言えば、人は妬んで用いなかったのに、故上野殿は信じられた事によって仏に成られたのです。あなたがたは、その一族であって、この御志を果たされるでしょう。竜馬に取り付いたダニは千里を飛び、松に懸ったツタは千尋をよじ登るというのはこの事でしょう。あなたがたは、故上野殿と同じ心です。
※人の偉大さは信受する法により決まり、成仏が成就できる妙法を信受する九郎太郎の心は、故兵衛七郎と同じであると称賛されている。


「つちのもちゐを仏に供養せし人は王となりき、法華経は仏にまさらせ給う法なれば供養せさせ給いて、いかでか今生にも利生にあづかり後生にも仏にならせ給はざるべき、その上みひんにして・げにんなし、山河わづらひあり、たとひ心ざしありとも・あらはしがたきに・いまいろをあらわさせ給うにしりぬ、をぼろげならぬ事なり、さだめて法華経の十羅刹まほらせ給いぬらんと・たのもしくこそ候へ」(九郎太郎殿御返事、題目仏種御書1553-4頁)弘安元年11月 57歳御作 南条九郎太郎に与う
通解:土の餅を仏に供養した人が王となりました。法華経は仏より勝れた法なので、この法華経に供養された人が、どうして今生で利益を得て、後生に仏に成れない事があるでしょうか。その上、貧しい身なので下人もいません。山河を超えるのにも苦労が多いのです。たとえ志はあっても、行為に表す事は難しいのです。しかしながら、今、貴殿が志を現されたのを見ても、その信心が薄っぺらでない事が解ります。必ず法華経の十羅刹女が守られるであろうと頼もしく思っています。
※苦しい中で御供養された九郎太郎の真心を大聖人は照覧され、讃嘆されている。


「法華経は草木を仏となし給う・いわうや心あらん人をや、法華経は焼種の二乗を仏となし給う・いわうや生種の人をや、法華経は一闡提を仏となし給う・いわうや信ずるものをや」(上野殿御返事1559頁)弘安2年8月 58歳御作
通解:法華経は心のない草木を仏とするのです。ましてや、心ある人間はなおさらです。また、法華経は仏となる種を焼いて芽が出る筈もないとされている二乗を仏とするのです。ましてや生きた種を持つ人はなおさらなのです。法華経は一闡提(正法を信ぜず成仏する機縁を持たない衆生)を仏とするのです。まして法華経を信ずる者はなおさらなのです。
※草木と異なり心があり、二乗と異なり成仏の種子を有し、一闡提と異なり法華経(御本尊)を信受する時光の成仏は間違いないと激励されている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」29

 投稿者:サム  投稿日:2017年11月15日(水)14時00分19秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」29

上野殿(南条家一族)2

南条家一族の続きです。
南条とは元々は伊豆国南条郷(静岡県田方郡韮山町)という地名を指すが、駿河国富士郡上野郷の地頭の南条家が以前に南条郷に住していたのでこう呼ばれる。性格温厚な南条兵衛七郎夫妻には5男4女の子があり、主人は鎌倉在勤時に大聖人に帰依して行増と名のるも念仏を捨て切れず病床に伏していたが、文永元年の南条兵衛七郎殿御書(慰労書)を賜り、念仏を断って妙法の信心を貫いたとされる。主人は次男・時光が7歳、五男・七郎五郎が母の胎内にいる時に死去するが、その死は夫人及び親族の信心の転機になったと思われる。


「此の御房は正月の内につかわして御はかにて自我偈一巻よませんとをもひてまいらせ候、 御とのの御かたみもなしなんとなげきて候へば・とのをとどめをかれける事よろこび入つて候、故殿は木のもと・くさむらのかげ・かよう人もなし、仏法をも聴聞せんず・いかにつれづれなるらん、をもひやり候へばなんだもとどまらず、とのの法華経の行者うちぐして御はかにむかわせ給うには・いかにうれしかるらん・いかにうれしかるらん。」(春の祝御書1510頁)文永12年1月 南条兵衛七郎の遺族に宛てたと推定される。
通解:この御房(日蓮の弟子)を正月のうちに遣わして、御墓前で法華経の自我偈一巻を読誦させようと思って行かせたのです。故殿の御形見も無いなどと嘆いていましたが、殿(子息の時光のこと)を止め置かれていた事は、喜ばしい事です。故殿は今でも木のもと、草むらの陰で人が通う事もなく、仏法を聴聞する事もできず、いかに寂しい処でしょうか。それを思いやると涙も止まりませんが、殿が法華経の行者をうち連れて、墓に参られたならば、(故殿は)どんなにうれしい事でしょう。重ねてうれしい事でしょう。
※兵衛七郎の忘れ形見として若い時光が、信心の跡を継いで南条家を支える事に期待を寄せている。


「いふにかひなきものなれども約束と申す事はたがへぬ事にて候に、さりとも・仏前の御約束をば・たがへさせ給い候べき、もし此の事まことになり候はば・わが大事とおもはん人人のせいし候、又おほきなる難来るべし、その時すでに此の事かなうべきにやとおぼしめして・いよいよ強盛なるべし、さるほどならば聖霊・仏になり給うべし、成り給うならば来りてまほり給うべし、其の時一切は心にまかせんずるなり、かへす・がへす人のせいしあらば心にうれしくおぼすべし」(上野殿御返事、阿那律果報1512頁)建治元年5月 54歳御作 上野次郎光時に与う
通解:言っても効果がない者であっても約束した事は違えないのが習いですから、この人々が仏前の御約束を違えられる事がどうしてあるでしょうか。もしこの事が本当になるならば、自身が大事と思う人々が信心を制止する様に働き、また大難が来るのです。その時こそまさにこの事が叶うに違いないと確信して、いよいよ強盛に信心すべきなのです。そうであるならば聖霊は成仏されるでしょうし、成仏されたならばこちらに来て守護されるでしょう。その時こそ一切は心のままなのです。くれぐれも人(権力者)からの制止があったならば、心から嬉んで臨んでいきなさい。
※権力者や身近な人が信心を妨げ様とする難に対して、正法を持つ者の心構えを教えられている。


「仏教の四恩とは一には父母の恩を報ぜよ・二には国主の恩を報ぜよ・三には一切衆生の恩を報ぜよ・四には三宝の恩を報ぜよ、(中略)三に一切衆生の恩を報ぜよとは、されば昔は一切の男は父なり・女は母なり・然る間・生生世世に皆恩ある衆生なれば皆仏になれと思ふべきなり、(中略)何れか四恩を報ずる経有りと尋ぬれば法華経こそ女人成仏する経なれば、八歳の竜女・成仏し・仏の姨母キョウ曇弥・耶輸陀羅比丘尼記ベツにあづかりぬ、されば我等が母は但女人の体にてこそ候へ・畜生にもあらず蛇身にもあらず・八歳の竜女だにも仏になる、如何ぞ此の経の力にて我が母の仏にならざるべき、されば法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり、我が心には報ずると思はねども此の経の力にて報ずるなり。然る間.釈迦・多宝等の十方.無量の仏・上行地涌等の菩薩も.普賢・文殊等の迹化の大士も.舎利弗等の諸大声聞も・大梵天王.日月等の明主諸天も・八部王も.十羅刹女等も・日本国中の大小の諸神も・総じて此の法華経を強く信じまいらせて余念なく一筋に信仰する者をば影の身にそふが如く守らせ給ひ候なり、相構て相構て心を翻へさず・一筋に信じ給ふならば・現世安穏・後生善処なるべし」(上野殿御消息、四徳四恩御書1527-8頁)建治元年 54歳御作
通解:仏教の四恩とは、一には父母の恩を報ぜよ・二には国主の恩を報ぜよ・三には一切衆生の恩を報ぜよ・四には三宝の恩を報ぜよ、ということです。(中略)三に一切衆生の恩を報ぜよとは、三世の生命から見れば、すべての男は過去世には父であり、すべての女は母です。こうして、生生世世にみな恩ある衆生ですから、一切衆生が成仏する様にと願うべきです。(中略) いずれの経に四恩を報ずる経があるかと尋ねてみると、法華経こそ女人成仏が説かれた経です。八歳の竜女は成仏し、釈尊の姨母憍曇弥や耶輸陀羅比丘尼も成仏の記別を受けているのです。従って、我等が母はただ女人の身ですが、畜生でもなく蛇身でもないのです。八歳の竜女ですら成仏するのですから、どうしてこの法華経の力で我が母が成仏できない事があるでしょうか。それ故に法華経を持つ人こそ、父と母との恩を報じているのです。我が心には恩を報じようとは思わなくても、この経の力によって報じているのです。だから、釈迦・多宝等の十方、無量の仏・上行地涌等の菩薩、普賢・文殊等の迹化の大士、舎利弗等の諸大声聞も、また大梵天王・日月等の明主諸天も、八部王も、十羅刹女等も、日本国中の大小の諸神も、すべてこの法華経を強盛に信じて、余念なく一筋に信仰する人を、ちょうど影の身にそうように守護されるのです。しっかりと心をひるがえさずに一筋に信じあれるならば、現世安穏・後生善処は間違いないのです。
※仏教の四徳を明かし、法華経の女人成仏の例として竜女の成仏を譬えているが、一切衆生の成仏こそが本義である。


「しかるに亦於現世得其福報の勅宣.当於現世得現果報の鳳詔・南条の七郎次郎殿にかぎりて.むなしかるべしや、日は西よりいづる世・月は地よりなる時なりとも・仏の言むなしからじとこそ定めさせ給いしか、これをもつて・おもうに慈父過去の聖霊は教主釈尊の御前にわたらせ給い・だんなは又現世に大果報をまねかん事疑あるべからず」(南条殿御返事、現世果報御書1529-30頁)建治2年正月 55歳御作 南条七郎次郎に与う
通解:だから、「現世にその福報を得る」という如来の勅宣や、「必ず現世に現実も果報を得る」という経文が南条平七郎次郎殿に限って空しい筈があるでしょうか。日が西より昇る様な世の中になり、月が大地から出る様な時であっても、仏の御言葉に虚言はないと定められています。これをもって推し量れば、亡くなられた慈父の聖霊は教主釈尊の御前にお出になり、南条殿がまた、現世に大果報を招く事は疑いないのです。
※献身的に供養の誠を尽くす時光の信心によって亡き父も必ず成仏し、時光自身も現世において大福運に包まれる事は間違いないと断言されている。


「夫れ衣は身をつつみ・食は命をつぐ、されば法華経を山中にして読みまいらせ候人を・ねんごろに・やしなはせ給ふは、釈迦仏をやしなひまいらせ・法華経の命をつぐにあらずや、妙荘厳王は三聖を山中にやしなひて・沙羅樹王仏となり、檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏とならせ給ふ、されば必ずよみかかねども・よみかく人を供養すれば仏になる事疑ひなかりけり、経に云く『是の人仏道に於て決定して疑有ること無けん』」(南条殿御返事1530頁)建治2年3月 55歳御作
通解:さて衣服は身を包み、食物は命をつぐものです。それ故に、法華経を山中で読み修行する人を手厚く供養されるのは、釈迦仏を供養申し上げ、法華経の命をつぐ事と同じではないでしょうか。妙荘厳王は三人の修行者を山中に養った功徳により沙羅樹王仏となり、須頭檀王は阿私仙人を供養して釈迦仏となられた。とすれば(法華経を)読み書く事をしなくても、読み書く人を供養するならば成仏する事は疑いないのです。経に「是の人仏道に於いて仏になることは決定して疑い無い」と説かれているのです。
※「財供養にとどまらず、自ら自行化他にわたって実践するならば、成仏は間違いない」と仰せであると拝せられる。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」28

 投稿者:サム  投稿日:2017年11月14日(火)17時01分54秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」28

上野殿(南条家一族)1

上野殿は、当初、南条兵衛七郎入道行増【生年不祥】の通称であったが、入道没後は嗣子の南条七郎次郎時光の事を云う。父子共に上野郷の地頭だったので此の名がある。七郎入道行増は伊豆国南条(静岡県田方郡)の出身の北条家の御家人で、後に駿河国富士郡上方の荘上野郷(静岡県富士宮市上野)の地頭に転じた。鎌倉在勤中に大聖人に帰依し信心篤かったが、文永2(1265)年3月に没した。夫人は松野六郎左衛門の娘で入道没後も信心に励み、多くの子供を育成したが、特に二男の七郎次郎時光が立派に父の跡を継ぎ、日興上人の身延離山、大石寺建立は、時光が居なければ有り得ず、富士興門派の存続も無かったでしょう。賜った御抄も門徒の中で最も多く60編にも及んでおり、中でも時光宛の方が圧倒的に多く遺されている。


「御所労の由承り候はまことにてや候らん、世間の定なき事は病なき人も留りがたき事に候へば・まして病あらん人は申すにおよばず・但心あらん人は後世をこそ思いさだむべきにて候へ、又後世を思い定めん事は私にはかなひがたく候、一切衆生の本師にてまします釈尊の教こそ本にはなり候べけれ。」(南条兵衛七郎殿御書、慰労書1493頁)文永元年12月 43歳御作 南条兵衛七郎に与う
通解:(兵衛七郎殿は)御病気であるとお聞きしましたが事実でしょうか。世間が無常であるという事は、病気でない人も死を免れる事はできないのですから、ましてや病気の人は申すまでもありません。故に心ある人は後世の事を考え定めておくべきです。その後世を考え定める事は、自分の力では不可能です。一切衆生の本師であられる釈尊の教えこそが根本となるのです。
※大聖人は南条兵衛七郎氏の病を慰労され、仏法の重要性を明かそうとされている。


「もし・さきにたたせ給はば梵天・帝釈.四大天王・閻魔大王等にも申させ給うべし、日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子なりとなのらせ給へ、よもはうしんなき事は候はじ、但一度は念仏・一度は法華経となへつ・二心ましまし人の聞にはばかりなんど・だにも候はば・よも日蓮が弟子と申すとも御用ゐ候はじ・後にうらみさせ給うな、但し又法華経は今生のいのりともなり候なれば、もしやとしていきさせ給い候はば・あはれ・とくとく見参してみづから申しひらかばや」(南条兵衛七郎殿御書、慰労書1498頁)
通解:もし日蓮より先に旅立たれたならば、梵天・帝釈天・四大天王・閻魔大王等に申し上げなさい。日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子であると名乗りなさい。よもや粗略な扱いはされないでしょう。但し、一度は念仏、一度は法華経を唱えるという様に二心があって、人の風聞でいっぱいになる様な事があるならば、日蓮の弟子と名乗られても、お用いにはならないでしょう。後になって恨んではなりません。但し法華経は今生の祈りとなるものですから、ひょっとして生き延びられる事があれば、一刻も早くお会いして、日蓮自らお話したいものです。
※もし病気を治し生命を延ばせたならば、直接お会いして法華経の信心について語りたいと、述べられている。


「生生世世の間ちぎりし夫は大海のいさごのかずよりも・ををくこそをはしまし候いけん、今度のちぎりこそ・まことのちぎりのをとこよ、そのゆへは・をとこのすすめによりて法華経の行者とならせ給へば仏とをがませ給うべし、いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門これなり、法華経の第四に云く、「若し能く持つこと有れば即ち仏身を持つなり」云云。
夫れ浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ」(上野殿後家尼御返事、地獄即寂光御書1504頁)文永11年7月 53歳御作
通解:生死を繰り返す間に、(尼御前が)夫婦の契りを交わした男性は大海の砂の数よりも多くいらっしゃるでしょうが、この度の契りこそ真実の絆で結ばれた夫なのです。その理由はあなた(尼御前)が夫の勧めによって法華経の行者となられたからです。だから、(亡き夫を)仏として拝すべきです。生きておられた時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なのです。即身成仏という重要な法門はこの事なのです。法華経の第四の巻、宝塔品に「若し能く(この経を)持ち続けるならば、すなわちこれ仏身を持つことになる」とあります。
さて浄土といっても地獄といっても外にあるのではありません。ただ我等の胸中にあるのです。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫といいます。これを悟る事ができるのは法華経なのです。もしそうであるならば、法華経を受持する者は「地獄即寂光」と悟る事ができるのです。
※亡夫(南条兵衛七郎)の生死不二の成仏(尊敬に値すれば生死は不問)の原理を述べられ、地獄即寂光の妙理を明かされている。


「故聖霊は此の経の行者なれば即身成仏疑いなし、さのみなげき給うべからず、又なげき給うべきが凡夫のことわりなり、ただし聖人の上にも・これあるなり、釈迦仏・御入滅のとき諸大弟子等のさとりのなげき・凡夫のふるまひを示し給うか。」(上野殿後家尼御返事1506頁)文永11年7月 53歳御作
通解:故聖霊(南条兵衛七郎殿)は法華経の行者だったので即身成仏は疑いありません。だからさほどに嘆かれる事はないのです。しかし嘆かれるのもまた凡夫である道理なのでしょう。ただし聖人にもそれはあるのです。釈迦仏が御入滅された時の覚りを得ている諸大弟子等の嘆きは、凡夫の振る舞いを示されたものなのでしょうか。
※南条兵衛七郎の成仏を約束され、聖人の嘆き悲しむ例を挙げられている。


「此の法華経は他経にもすぐれさせ給へば・多宝仏も証明し諸仏も舌を梵天につけ給う、一字一点も妄語は候まじきにや。其の上殿はをさなくをはしき、故親父は武士なりしかども・あなかちに法華経を尊み給いしかば・臨終正念なりけるよしうけ給わりき、其の親の跡をつがせ給いて又此の経を御信用あれば・故聖霊いかに草のかげにても喜びおぼすらん、あわれいきてをはせば・いかにうれしかるべき、此の経を持つ人人は他人なれども同じ霊山へまいりあわせ給うなり、いかにいはんや故聖霊も殿も同じく法華経を信じさせ給へば・同じところに生れさせ給うべし」(上野殿御返事1508-9頁)文永11年11月 53歳御作
通解:この法華経は他の経よりも勝れて真実を説いている経なので、多宝仏も証明され、諸仏も舌を梵天につけて証明されているのです。一字一点も妄語がある筈はありません。その上、殿は幼少でした。亡き父君は武士だったが、強盛に法華経を信仰されていたので、臨終正念であったと承っています。その親の跡を継がれて、またこの経を信仰されているので、亡き聖霊が、どんなにか草葉の陰で喜ばれている事でしょう。もしも生きておられたならばどれほどうれしく思われる事でしょう。この経を受持する人々は、他人であっても同じく霊山へ参ってまた会う事ができるのです。ましてや故聖霊も殿も同じく法華経を信仰されているのですから必ず同じ所にお生まれになられるでしょう。
※同じ正法を信じる父子が、必ず霊山に生まれ再会できると、信心を励まされている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」27

 投稿者:サム  投稿日:2017年10月18日(水)12時45分22秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」27

大学三郎夫妻

大学三郎とは比企能員の子とされる比企大学三郎能本のこと。建仁2(西暦1202)年に生まれ、京都で儒学を学び、順徳上皇に仕え、後に鎌倉に下り、文応の頃に大聖人に帰依した。立正安国論の校訂者とも云われ、弘安9(1286)年に逝去しているが、大聖人の御遷化記録(日蓮聖人年譜、富要集5巻142頁)の大聖人御葬送の次第において、9番目に『次仏 大覚三郎』とあり、夫婦共に純真な信心を貫き通したと考えられ、大聖人からの御消息文として、大学三郎殿御書、月水御書が遺されている。


「凡そ一代聖教を披き見て顕密二道を究め給へる様なる智者学匠だにも・近来は法華経を捨て念仏を申し候に何なる御宿善ありてか此の法華経を一偈一句もあそばす御身と生れさせ給いけん。されば此の御消息を拝し候へば優曇華を見たる眼よりもめづらしく・一眼の亀の浮木の穴に値へるよりも乏き事かなと・心ばかりは有がたき御事に思いまいらせ候間、一言・一点も随喜の言を加えて善根の余慶にもやと・はげみ候へども只恐らくは雲の月をかくし塵の鏡をくもらすが如く 短く拙き言にて殊勝にめでたき御功徳を申し隠しくもらす事にや候らんといたみ思ひ候ばかりなり、然りと云えども貴命もだすべきにあらず」(月水御書、方便寿量読誦事、大覚抄1200頁)文永元年 43歳御作 大学三郎妻に与う
通解:およそ一代聖教を聞き見て、顕教、密教の二道を究めたような智者、学匠ですらも、近頃は法華経を捨て念仏を称えているというのに、あなたはどんな宿善があって、この法華経を一偈一句も唱えられる御身と生まれたのでしょうか。それ故、このお手紙を拝見する事は、優曇華を見たよりも珍しく、一眼の亀の浮木の穴に遭うよりも稀な事かと、心から尊い事だと思ったので、一言一点でも隨喜の言葉を加えて、あなたの善根の余慶にもなる様にと励んだのですが、ただおそらくは雲が月を隠し塵が鏡を曇らす様に、短く拙い言葉で、特に優れて素晴らしいあなたの御功徳を隠し、曇らす事になるのではないかと、恐れ思うばかりです。そうは言っても、もしあなたからの御尋ねに、黙っている訳にはいかないので申し上げるのです。
※大聖人は御夫人の法華経受持と積極的に質問する求道心を称賛されている。


「十悪・五逆を造れる者なれども法華経に背く事なければ往生成仏は疑なき事に侍り、一切経をたもち諸仏・菩薩を信じたる持戒の人なれども法華経を用る事無ければ悪道に堕つる事疑なしと見えたり。」(月水御書、方便寿量読誦事、大覚抄1201頁)
通解:十悪・五逆を造った者であっても、法華経に背く事が無ければ、往生成仏は疑いない事です。一切経を持ち、諸仏や菩薩を信じている持戒の人であっても、法華経を用いる事が無かったならば、悪道に堕ちる事は疑いないと経文に書かれているのです。
※法華経信謗の功罪を説かれている。


「古へも女人の御不審に付いて申したる人も多く候へども一代聖教にさして説かれたる処のなきかの故に証文分明に出したる人もおはせず、日蓮粗聖教を見候にも酒肉・五辛・婬事なんどの様に不浄を分明に月日をさして禁めたる様に月水をいみたる経論を未だ勘へず候なり、在世の時多く盛んの女人・尼になり仏法を行ぜしかども月水の時と申して嫌はれたる事なし、是をもつて推し量り侍るに月水と申す物は外より来れる不浄にもあらず、只女人のくせかたわ生死の種を継ぐべき理にや、又長病の様なる物なり例せば屎尿なんどは人の身より出れども能く浄くなしぬれば別にいみもなし是体に侍る事か。」(月水御書、方便寿量読誦事、大覚抄1202頁)
通解:昔も女人のご不審について答えた人も多くいるが、一代聖教に、特にこれとして説かれたところがないから、証文を明らかにした人もいない。日蓮がほぼ聖教を見るにも、酒肉・五辛・婬事などの様に、不浄を明らかに月日をさして禁止している様に、月水(女性特有の月経のこと)を忌む経論はいまだ思いあたらないのです。釈尊在世の時、多くの若い女人が尼になり、仏法を行じましたが、月水の時といって嫌われた事はないのです。この事から推量すると、月水というのは外から来た不浄でもなく、ただ女人としての肉体的特質で、それは生死の種を継ぐべき理(生理)ではないでしょうか。また長患いの様なものです。たとえば屎尿などは、人の身から出ますが、よく清くさえすれば別に忌むべきものではないのです。これと同じ様な事でしょう。
※仏界を有する存在が故に男女を平等視する大聖人の仏法からは、瑣末な差異など問題にならないのです。


「設い世間の諸戒之を破る者なりとも堅く大小・権実等の経を弁えば世間の破戒は仏法の持戒なり、涅槃経に云く『戒に於て緩なる者を名けて緩と為さず乗に於て緩なる者を乃ち名けて緩と為す』等云云、法華経に云く『是を持戒と名く』等云云、重き故に之を留む、事事霊山を期す」(殿御書、権実違目1205頁)建治元年7月 54歳御作
通解:たとえ世間の諸戒を破る者であっても、大乗経と小乗経、権経と実経の経典をわきまえるならば、世間の破戒は仏法では持戒なのです。故に涅槃経には「戒を守ることに緩怠である者を緩怠とはせず、仏智に到る乗り物としての教法を受持することにおいて緩怠である者を、名づけて緩怠となすのである」とあります。また法華経見宝塔品には「法華経を持つ者を戒律を持つ者と名づける」とあります。繁雑になるので筆を止めておきます。委細は霊鷲山でお会いする時に申し上げます。
※「仏法の持戒」とは、最も本源的な法の実践であり、この法理で、一往は大聖人ご自身の仏法上の尊貴を示し、再往は仏法を信じる者の真実の在り方を教えられている。
重要なのは、大聖人は「霊鷲山でお会いする」と言下に大学三郎の成仏を約束されている事です。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」26

 投稿者:サム  投稿日:2017年10月 1日(日)20時14分13秒
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  御書に見る「成仏を約束された人々」26

三沢殿

三沢小次郎は、駿河国(静岡県)富士郡の大鹿窪に住む大聖人門下なれど詳細は不明。所領を有する領主である事が覗われ、立場上とかく北条幕府の嫌疑を意識して大聖人より遠ざかりがちであった。大聖人は氏に対して、情味ある温かい言葉で激励されると共に立場を考慮され、病気の噂の折りにも使いを出そうと思案しながら本人の迷惑になる事を恐れて中止されたほどである。氏は他の終始不退の信心を貫いた武士門下とは大いに異なり、頂いた御消息文も数少なく、三沢御房御返事と三沢抄が遺されている。


「佐渡の国の行者数多此の所まで下向ゆへに今の法門説き聞かせ候えば未来までの仏種になる事是れ皆釈尊の法恩ありがたし」(三沢御房御返事1486頁)文永12年2月 54歳御作 三沢小次郎に与う
通解:佐渡の国の行者が沢山此の場所まで来られたので、いま日蓮が弘通する法門を彼らに説き聞かせました。従ってこれにより尽未来までの仏種(仏種子ともいい、成仏の種、衆生の仏性のことで、衆生の成仏得道の因種を草木の種子に喩えたもの)となる事でしょう。これはみな釈尊の法恩であって、ありがたい事です。
※身延におられた大聖人が何故か、駿河の三沢氏に佐渡の信徒の求道心の尊さを述べておられる。


「抑仏法をがくする者は大地微塵よりをほけれども・まことに仏になる人は爪の上の土よりも・すくなしと・大覚世尊・涅槃経にたしかに.とかせ給いて候いしを、日蓮みまいらせ候て.いかなれば・かくわ・かたかるらむと・かんがへ候いしほどに・げにも・さならむとをもう事候、仏法をばがくすれども或は我が心のをろかなるにより或はたとひ智慧は・かしこき・やうなれども師によりて我が心のまがるをしらず、仏教をなをしくならひうる事かたし、たとひ明師並に実経に値い奉りて正法をへたる人なれども生死をいで仏にならむとする時には・かならず影の身にそうがごとく・雨に雲のあるがごとく・三障四魔と申して七の大事出現す、設ひ・からくして六は・すぐれども第七にやぶられぬれば仏になる事かたし」(三沢抄、佐前佐後抄1487頁)建治4年2月 57歳御作 三沢小次郎に与う。
通解:さて「仏法を学ぶ者は大地の微塵の数よりも多いけれども、真実に仏に成る人は爪の上の土よりも少ない」と大覚世尊が涅槃経に確かに説かれているのを日蓮が拝見して、どうしてそんなに難しいのかと考えた時に、なるほどそうであろうと思う事があります。
 仏法を学んでも、あるいは自分の心が愚かである事により、あるいたとえ智慧は賢いようであっても師匠によって自分の心が曲がってしまっているのを知らずにいる為に、仏教を正しく修学し会得する事は難しいのです。たとえ正師および実経に値えて正法を得た人であっても、生死を出離して仏に成ろうとする時には、必ず影が身に添う様に、雨の時に雲がある様に三障四魔といって七つの大きな障魔が現れてくるのです。たとえ辛うじて六つは通過したとしても、第七番目に破られたならば仏に成る事は難しいのです。
※大聖人の仏法の正意を理解する上で、三沢氏だけでなく、全門下にとっても重要な御教示である。


「各各は又たとい・すてさせ給うとも一日かたときも我が身命をたすけし人人なれば・いかでか他人にはにさせ給うべき、本より我一人いかにもなるべし・我いかにしなるとも心に退転なくして仏になるならば・とのばらをば導きたてまつらむとやくそく申して候いき、 各各は日蓮ほども仏法をば知らせ給わざる上俗なり、所領あり・妻子あり.所従あり・いかにも叶いがたかるべし、只いつわりをろかにて.をはせかしと申し候いき・こそ候へけれ、なに事につけてか・すてまいらせ候べき・ゆめゆめをろかのぎ候べからず。」(三沢抄、佐前佐後抄1489頁)
通解:あなたがたはまた、たとえ法華経を捨てられたとしても、一日方時であっても私の命を助けてくれた人々ですから、どうして他人の様に思えましょうか。もとより私一人はどうなってもよいのです。私がどの様になったとしても心に退転する事なく仏に成るならば、あなたがたをお導きしましよう、と約束を申し上げたのです。あなたがたは日蓮ほども仏法を御存知ない上に、在家の身であり、所領があり、妻子があり、家来がおり、どう見ても初志を貫き通し難いでしょう。ただ愚かなふりをしていなさい、と申し上げた通りにしていきなさい。どうして見捨てる事があるでしょうか。決して決して疎かにする事はないのです。
※門下を何処までも守り抜き、必ず成仏に導こうとする大聖人の御心が我々に迫ってくる御文です。


「とのは・をととしかのけさんの後そらごとにてや候いけん御そらうと申せしかば・人をつかわして・きかんと申せしに・此の御房たちの申せしはそれはさる事に候へども・人をつかわしたらば・いぶせくやをもはれ候はんずらんと申せしかば・世間のならひは・さもやあるらむ、げんに御心ざしまめなる上・御所労ならば御使も有りなんと・をもひしかども・御使もなかりしかば・いつわりをろかにて・をぼつかなく候いつる上無常は常のならひなれども・こぞことしは世間はうにすぎて・みみへまいらすべしとも・をぼへず、こひしくこそ候いつるに御をとづれあるうれしとも申す計りなし、尼ごぜんにも・このよしをつぶつぶとかたり申させ給い候へ」(三沢抄、佐前佐後抄1490頁)
通解:殿は一昨年であったかお会いした後、根拠のない噂でしょうが、御病気と言われていたので「人を遣わして聞いてみよう」と言ったところ、この御房達が言うには「それはそうですが、人を遣わしたならば、却って訝しく思われ、迷惑になるのではないでしょうか」と言ったので「世間の道理はそうかもしれない。現に御志は実直である上、御病気ならば、お使いを寄越されるでしょう」と思っていたのですが、お使いも無かったので、疎遠なふりをしながらも心配していたのです。その上、無常は世の常ですが、去年や今年は世の中が特にひどく、お目にかかれるとも思っていなかったのです。恋しく思っていたところにお便りがあり、嬉しさは申し上げ様が無いほどです。尼御前にも、この事を詳しく話し上げてください。
※大聖人が全ての門下に対して心配りをされている事が解る御抄ですが、残念ながら資料が少なく、三沢氏に成仏を約束された御文は見出せませんでした。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」25

 投稿者:サム  投稿日:2017年 9月29日(金)10時43分47秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」25

弥源太殿

北条弥源太は北条氏の一門であり、大聖人が立正安国論を著わされた当時からの信徒ながら、生没年など詳細は不明。大聖人から賜った御書として、北条弥源太への御状、弥源太殿御返事、弥源太入道殿御返事、弥源太入道殿御消息、の4編が遺されている。入道が大聖人に御供養した太刀として宗近の名刀と他の刀の二振りは、大石寺に存在している筈なのに、共に行方不明になっている。


「日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あつて種種の大難にあへり然るにかかる者の弟子檀那とならせ給う事不思議なり定めて子細候らん相構えて能能御信心候て霊山浄土へまいり給へ。」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1226頁)年号不記載ながら、文永11年2月 53歳御作と推考される。
通解:日蓮は法華経の行者であるが故に、三類の強敵があって、種々の大難にあったのです。それなのに、この様な者(日蓮)の弟子檀那となられた事は不思議な事です。きっと詳しい事情があるのでしょう。よくよく信心を強盛にして霊山浄土に参ってください。
※仏法の鏡に照らせば、種々の大難に遭ったが故に、大聖人は偉大な法華経の行者であり、その弟子である事に無上の誇りを持ちなさいと、指導されている。


「御祈祷のために御太刀同く刀あはせて二つ送り給はて候、此の太刀はしかるべきかぢ・作り候かと覚へ候、あまくに或は鬼きり或はやつるぎ・異朝には・かむしやうばくやが剣に争でか・ことなるべきや・此れを法華経にまいらせ給う、殿の御もちの時は悪の刀・今仏前へまいりぬれば善の刀なるべし、譬えば鬼の道心をおこしたらんが如し、あら不思議や不思議や、後生には此の刀を・つえとたのみ給うべし」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1226-7頁)
通解:御祈祷の為に太刀と刀とを合わせて二振をお送りいただきました。この太刀は相当な刀鍛冶が作ったかと思われます。日本の天国あるいは鬼切あるいは八剣、外国(中国)の干将・莫耶の剣とどうして異なるでしょうか。これを法華経(御本尊)に供養されたのです。あなたのお持ちの時は悪の刀でしたが、今は仏前に来たのですから、善の刀なのです。譬えば鬼が道心を発した様なものです。まことに不思議な事です。後生にはこの刀を杖と頼んでいきなさい。
※奉納された刀は殺人の道具ですが、法華経に供養された故に、前の持ち主の弥源太を死後、悪道に堕ちない様に支える善の刀と成り得る、と仰せです。


「法華経は三世の諸仏・発心のつえにて候ぞかし、但し日蓮をつえはしらとも.たのみ給うべし、けはしき山・あしき道.つえを・つきぬれば・たをれず、殊に手を・ひかれぬれば・まろぶ事なし、南無妙法蓮華経は死出の山にては・つえはしらとなり給へ、釈迦仏・多宝仏上行等の四菩薩は手を取り給うべし日蓮さきに立ち候はば御迎にまいり候事もやあらんずらん、又さきに行かせ給はば日蓮必ず閻魔法王にも委く申すべく候、此の事少しもそら事あるべからず、日蓮・法華経の文の如くならば通塞の案内者なり、只一心に信心おはして霊山を期し給へ、ぜにと云うものは用に・したがつて変ずるなり、法華経も亦復是くの如し、やみには燈となり・渡りには舟となり・或は水ともなり或は火ともなり給うなり、若し然らば法華経は現世安穏・後生善処の御経なり。」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1227頁)
通解:法華経は三世の諸仏の発心の杖なのです。ただし日蓮を杖、柱と頼まれるがよいでしょう。険しい山、悪い道では杖をつくならば倒れないのです。特に手を引かれるならば転ぶ事はないのです。南無妙法蓮華経は死出の山では杖・柱となられ、釈迦仏、多宝仏、上行等の四菩薩はあなたの手をとられるでしょう。日蓮が先に霊山に立つならば、あなたをお迎えにいく事もあるでしょう。また、あなたが先にお行きになるなら、日蓮は必ず閻魔法王にも詳しく申し上げましょう。この事は少しも虚偽の事ではないのです。日蓮は法華経の文の通りならば、通塞の案内者(通塞とは通る事と塞がる事で、運の開く事と開かない事を意味し、その案内者は生死・煩悩の悪道を案内して衆生を仏道に導く者の意で仏のこと)なのです。ただ一心に信心を持たれて霊山を目指しなさい。銭というものは使い様によって変わるのです。法華経もまた同じです。闇には燈となり、渡りには舟となり、あるいは水ともなり或いは火ともなるのです。それ故、法華経は「現世は安穏にして後には善処に生じる(薬草喩品の文)」の御経なのです。
※法華経・即ち南無妙法蓮華経があらゆる仏の発心の杖(仏道を遂げる為の支え)であり、貴方は日蓮を支えとし、法は「死出の山」でも支えに為るのだから、信心を貫き通して成仏を目指しなさいと、激励されている。


「能く能く諸天にいのり申べし、信心にあかなくして所願を成就し給へ女房にも・よく・よく・かたらせ給へ」(弥源太殿御返事、善悪二刀御書1227頁)
通解:よくよく諸天に祈りなさい。信心に怠りない様にして、所願を成就してください。女房にもよくよく語り伝えてください。
※重ねてどこまでも妻ともども、信心に励み、心合せて祈り、所願を成就してくださいと指導されている。


「御音信も候はねば何にと思いて候つるに御使うれしく候、御所労の御平愈の由うれしく候うれしく候、尚仰せを蒙る可く候」(弥源太入道殿御返事、転子病御書1228頁)文永11年9月 53歳御作
通解:お便りもなかったので、どうされたかと案じていたところに、このお便りがあり嬉しく思っています。ご病気も快復されたとの事、重ねて嬉しい限りです。なお仰せ(質問)を承りたく期待しています。
※大聖人は本抄でも、弟子への深い心遣いと共に、弟子を育てる為に質問を受ける事を期待されている。


「日蓮は度度知つて日本国の道俗の科を申せば是は今生の禍・後生の福なり、(中略)又は日蓮房が存知の法門を人に疎ませんとこそたばかりて候らめ、あまりの事どもなれば誑惑顕われなんとす、但しばらく・ねうじて御覧ぜよ、根露れぬれば枝かれ・源渇けば流尽くると申す事あり」(弥源太入道殿御消息、建長寺道隆事1229頁)弘安元年8月 57歳御作
通解:日蓮はこの事を知って、たびたび日本国の道俗の誤りを諌めたので、これは今生には迫害を受ける禍であっても、後生には福となるのです。(中略)又は日蓮の存知の法門を人に疎ませようとして、噂を仕組んだものでしょう。しかしあまりの仕打ちなので、その誑惑(人をだまし惑わすこと、たぶらかし)が露見しかけているのです。ただしばらく我慢してご覧なさい。根が露われれば枝は枯れ、源が渇けば流れは途絶えるという道理なのです。
※大聖人の真の弟子ならば、いかなる時代・立場であれ、どんなに「今生の禍」を惹き起こそうとも「後生の福」の為、正義を貫き、邪悪に対しては敢然と責める精神である事を教示されている。しかしながら、弥源太入道の成仏の確約を一切提示されていないのは、残念でなりません。


 

東方出版刊 苅田定彦 『法華経〈仏滅後〉の思想』

 投稿者:愚人  投稿日:2017年 9月 2日(土)20時41分30秒
  大乗仏教の起こりは阿羅漢を目指す伝統仏教の僧院の中から、菩薩道を行じてブッダになることを目指す僧が顕れたことによるそうですね。

その中で法華経は、ほんらい皆ボサツであり成仏確定者であることを説いているそうです。
 

御書に見る「成仏を約束された人々」24

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月30日(水)01時13分30秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」24

内房女房とその父


内房女房と内房尼御前とは同人物ではなく、むしろ内房女房の母親が内房尼御前とも推考される。駿河国(静岡県)庵原郡の内房の住人で大聖人の檀那とされるが、詳細は不明。三沢抄には、内房尼御前が、神社参拝のついでに大聖人にお会いしょうとして、厳しく追い返されている。内房女房御返事には、内房女房が、父の百か日追善供養に大聖人に布施十貫文を献じ、願文を奉って「女弟子大中臣氏敬白」と署名しており、神祇に関係した人物か。布施の状況から経済的に裕福な婦人であったと思われる。内房女房への御消息文は、内房女房御返事の外には遺されていなく、此処で大聖人が亡父の成仏を約束されている。


「うつぶさの御事は御としよらせ給いて御わたりありしいたわしくをもひまいらせ候いしかども・うぢがみへあまいりてあるついでと候しかば・けさんに入るならば・定めてつみふかかるべし、其の故は神は所従なり法華経は主君なり・所従のついでに主君への・けさんは世間にも・をそれ候、其の上尼の御身になり給いては・まづ仏をさきとすべし、かたがたの御とがありしかばけさんせず候、此の又尼ごぜん一人にはかぎらず、其の外の人人も・しもべのゆのついでと申す者をあまた・をひかへして候、尼ごぜんは・をやのごとくの御としなり、御なげきいたわしく候いしかども此の義をしらせまいらせんためなり。」(三沢抄、佐前佐後抄1489-90頁)建治4年2月 57歳御作 三沢小次郎に与う
通解:内房の尼御前の事は、お年をめされてお越しになり、気の毒に思ったけれども、氏神へ参詣するついでという事であったので、お目にかかるならば必ず罪業が深くなるでしょう。その理由は、神は家来であり、法華経は主君なのです。家来の所へ行くついでに主君を訪ねるというのは、世間でもおそれ多い事です。その上、尼の身にあったからには、まず仏を先とすべきです。あれこれと過ちがあったので対面しなかったのです。また、この尼御前一人に限った事ではないのです。その他の人々にも、下部の湯のついで、という者を数多く追い返しています。尼御前は親の様な年齢であり、お嘆きの事については心が痛んだけれども、この法義をお知らせしておきたい為だったのです。
※神社参拝を優先された内房尼御前に対し、大聖人が信心上の不心得を厳しく御指導されている。


「内房よりの御消息に云く八月九日父にてさふらひし人の百箇日に相当りてさふらふ、 御布施料に十貫まいらせ候乃至あなかしこあなかしこ、御願文の状に云く『読誦し奉る妙法蓮華経一部読誦し奉る方便寿量品三十巻読誦し奉る自我偈三百巻唱え奉る妙法蓮華経の題名五万返』云云同状に云く『伏して惟れば先考の幽霊生存の時弟子遥に千里の山河を凌ぎ親り妙法の題名を受け然る後三十日を経ずして永く一生の終りを告ぐ』等云云、又云く『嗚呼閻浮の露庭に白骨仮りに塵土と成るとも霊山の界上に亡魂定んで覚蕊を開かん』又云く『弘安三年女弟子大中臣氏敬白す』等云云。」(内房女房御返事、白馬白鳥御書1420-1頁)弘安3年8月 59歳御作
通解:内房からの御手紙に「八月九日は父の百箇日に当たります。御布施料に十貫文をお送り申し上げます。ないし、あなかしこあなかしこ」とあります。また御願文の状に「読誦し奉る妙法蓮華経一部、読誦し奉る方便品・寿量品三十巻、読誦し奉る自我偈三百巻、唱え奉る妙法蓮華経の題名五万遍」云云とあります。また同状に「伏してよく考えてみますと、亡父が生存しておりました時に、弟子(私、内房女房)がはるばる千里の山河をしのいで、(身延山に参り)親しく妙法蓮華経のお題目をお受けし、それから後、三十日を経たずに永く一生の終りを告げました」等とあります。また「ああ、閻浮の露庭に白骨となり、仮に塵土となっても、この功徳によって霊山において亡父の魂は必ず妙覚の悟りを開くでしょう」とあり、また「弘安三年女弟子大中臣氏敬白す」等云云とあります。
※「妙法の題名を受け」は大聖人と一緒にお題目を唱えて頂いたか、御本尊を授与されたのどちらかだろう。女房は、亡父の百日忌にあたり法華経・方便品・寿量品を読誦すると共に五万遍唱題しており、亡父の成仏を願った事が示されている。


「妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし、毒薬変じて薬となる妙法蓮華経の五字は悪変じて善となる、玉泉と申す泉は石を玉となす此の五字は凡夫を仏となす、されば過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人なり、石変じて玉と成るが如し孝養の至極と申し候なり、故に法華経に云く『此の我が二りの子已に仏事を作しぬ』又云く『此の二りの子は是我が善知識なり』等云云。」(内房女房御返事1423頁)
通解:妙法蓮華経の徳を大まかに申し開いていきましょう。毒薬が変じて薬となるとの譬えの様に、妙法蓮華経の五字は、悪が変じて善となるのです。玉泉という泉は石を玉に変えると云われていますが、この五字は凡夫を仏に変えるのです。それ故、過去の慈父尊霊は、存命中に南無妙法蓮華経を唱えていたのですから、即身成仏の人なのです。それはちょうど石が変じて玉となる様なものです。これこそ孝養の至極というべきで、法華経の妙荘厳王本事品に「この我が二人の子がすでに仏事をなした」とあり、また「この二人の子はこれ我が善知識である」と説かれています。
※内房女房の父親は、生存中の唱題により「即身成仏の人」と断じられ、妙荘厳王本事品の「子が親を正法に導く」事例を引いて、内房女房自身も妙法を信受して父親にも唱題させた事こそ「孝養の至極」と称賛されている。


「氏女の慈父は輪陀王の如し氏女は馬鳴菩薩の如し、白鳥は法華経の如し・白馬は日蓮が如し・南無妙法蓮華経は白馬の鳴くが如し、大王の聞食して色も盛んに力も強きは、過去の慈父が氏女の南無妙法蓮華経の御音を聞食して仏に成せ給ふが如し。」(内房女房御返事1424頁)
通解:氏女(内房女房のこと)の慈父は輪陀王の様であり、氏女は馬鳴菩薩の様なのです。白鳥は法華経の様であり、日蓮は(輪陀王を蘇らせた)白馬の様であり、南無妙法蓮華経の題目は白馬のいななきの様なものです。そして、輪陀王が(白馬のいななきを)聞かれて色も盛んに、力も強くなった姿は、ちょうど過去の慈父が氏女の唱える南無妙法蓮華の題目を聞かれて、仏に成られた様なものなのです。
※大聖人は、輪陀王が白馬のいななきを聞いて徳と力を増した様に、内房女房の追孝報恩の功徳によって、慈父は必ず成仏するであろうと述べられている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」23

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月28日(月)21時22分2秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」23

新尼と大尼

安房国(千葉県)長狭郡東条は北条の支族で名越家の領知であり、その領地の尼を大尼といい、その嫁が新尼と云われている。新尼は信心が強盛で、大尼は信心が弱く大聖人が佐渡へ流罪された際に退転している。後に大聖人が身延に居られた時、二人は御本尊のお下げ渡しを願い出たが、退転した大尼には渡されず、新尼にはお下げ渡しになっている。拝受した御書には、新尼御前御返事(別名:新尼御前御書、新尼抄)と大尼御前御返事の断簡が遺されている。


「此の御本尊こそ冥途のいしやうなれ・よくよく信じ給うべし、をとこのはだへをかくさざる女あるべしや・子のさむさをあわれまざるをやあるべしや、釈迦仏・法華経はめとをやとの如くましまし候ぞ、日蓮をたすけ給う事・今生の恥をかくし給う人なり後生は又日蓮御身のはぢをかくし申すべし、昨日は人の上・今日は我が身の上なり、花さけばこのみなり・よめのしうとめになる事候ぞ、信心をこたらずして南無妙法蓮華経と唱え給うべし、度度の御音信申しつくしがたく候ぞ、此の事寂日房くわしくかたり給へ。」(寂日房御書903頁)弘安2年9月の御述作で寂日房日家に与えられた書と推定されている。
通解:この御本尊こそ、冥途の恥を隠す衣装なので、よくよく信心してください。夫の膚を隠そうとしない妻がいるでしょうか。子供の寒さを憐れと思わない親がいるでしょうか。釈迦仏・法華経は妻と親の様なものなのです。日蓮に供養し、身を助けてくださる事は、私の今生の恥を隠してくださる人ですから、後生は日蓮があなたの恥をお隠しするでしょう。昨日は他人の上、今日は我が身の上です。花が咲けば必ず実がなり、嫁はやがて姑になる事は疑いない事です。信心を怠らず南無妙法蓮華経と唱えてください。度々のお便りをくださり、いい尽くせない思いです。この事について寂日房から(婦人に)詳しく語ってあげてください。
※本書は、房州出身の寂日房を介して、同地の御婦人(恐らく新尼と思われる)に与えられた感謝と激励に満ちた御指導書と拝される。


「東条左衛門景信が悪人として清澄のかいしし等をかりとり房房の法師等を念仏者の所従にし・なんとせしに日蓮敵をなして領家のかたうどとなり清澄・二間の二箇の寺・東条が方につくならば日蓮法華経をすてんと、せいじやうの起請をかいて日蓮が御本尊の手にゆいつけていのりて一年が内に両寺は東条が手をはなれ候いしなり、(中略)領家の尼ごぜんは女人なり愚癡なれば人人のいひをどせば・さこそとましまし候らめ、 されども恩をしらぬ人となりて後生に悪道に堕ちさせ給はん事こそ不便に候へども又一つには日蓮が父母等に恩をかほらせたる人なればいかにしても後生をたすけたてまつらんと・こそいのり候へ」(清澄寺大衆中894-5頁)建治2年正月 55歳御作
通解:東条左衛門景信は悪人であり、清澄寺で飼っている鹿等を狩り取り、各房の法師等を念仏者の所従にしようと企んだ時に、日蓮はこれに反対をして領家の味方となり、清澄・二間の二つの寺が東条方に付くならば日蓮は法華経を捨てましょう、と真心から起請文を書いて、日蓮が御本尊の手に結びつけて祈ったので、一年の内に両寺は東条方の手を離れたのです。(中略)領家の(大)尼御前は女性であり愚かな人なので、人々が言い嚇すと、そうかと思って納得されるでしょう。だけど恩を知らない人となってしまい、後生に悪道に堕られる事が可哀想ですし、また一つに日蓮の父母等に恩を施された人なので、何としても後生を助けて差し上げようと祈っているのです。
※地頭の東条景信が大尼の領内の二つ寺を奪う等の土地侵犯を企てたのに対し、大聖人は、大尼に味方してこの窮地を助けられており、大尼の後生を心配されている。


「領家は・いつわりをろかにて或時は・信じ或時はやぶる不定なりしが日蓮御勘気を蒙りし時すでに法華経をすて給いき、日蓮先よりけさんのついでごとに難信難解と申せしはこれなり、日蓮が重恩の人なれば 扶けたてまつらんために此の御本尊をわたし奉るならば十羅刹定めて偏頗の法師と・をぼしめされなん、又経文のごとく不信の人に・わたしまいらせずば日蓮・偏頗は・なけれども尼御前我が身のとがをば・しらせ給はずして・うらみさせ給はんずらん、此の由をば委細に助阿闍梨の文にかきて候ぞ召して尼御前の見参に入れさせ給うべく候。」(新尼御前御返事906-7頁)文永12年2月 54歳御作
通解:領家(の大尼御前)は偽り愚かで、ある時は信じある時は破る、という風に信念が定まらなかったのですが、日蓮が御勘気を蒙った(竜の口の法難、佐渡流罪)時に法華経を捨ててしまわれたのです。日蓮が前からお目にかかる毎に「法華経は信じ難く解し難し」と話してきたのはこの事なのです。(領家の大尼御前は)日蓮にとって重恩の人ですから、助けてあげようとこの御本尊をしたためて差し上げるならば、十羅刹はきっと日蓮を偏頗な法師と思われるでしょう。また経文に説かれている通りに不信の人に御本尊を差し上げるならば、日蓮は偏頗ではないけれども、大尼御前は自身の失を知らないで、日蓮を恨まれる事でしょう、その事は詳しく助阿闍梨(領家に親しい人物と思われるが、詳細は不明)の手紙に書いておきましたので、(助阿闍梨を)呼ばれて(大)尼御前に御目にかけてください。
※大聖人は、大尼に御本尊を授与すれば、たとえ重恩の人でも御自身が法義をまげる事になり、授与しなければ「大尼が自分の過ちに気付かず日蓮を恨むでしょう」と大尼の御本尊を戴けない場合の心情を酌み、弟子に丁寧に伝えるようにと配慮されている。


「御事にをいては御一味なるやうなれども御信心は色あらわれて候、さどの国と申し此の国と申し度度の御志ありてたゆむ・けしきは・みへさせ給はねば御本尊は・わたしまいらせて候なり、それも終には・いかんがと・をそれ思う事薄冰をふみ太刀に向うがごとし、くはしくは又又申すべく候、それのみならず・かまくらにも御勘気の時・千が九百九十九人は堕ちて候人人も・いまは世間やわらぎ候かのゆへに・くゆる人人も候と申すげに候へども・此れはそれには似るべくもなく・いかにも・ふびんには思いまいらせ候へども骨に肉をば・かへぬ事にて候へば法華経に相違せさせ給い候はん事を叶うまじき由いつまでも申し候べく候」(新尼御前御返事907頁)
通解:新尼御前は大尼御前と御一緒の様ですが、法華経への信心は形(行動)に現れておられます。佐渡の国までの御心尽くしといい、この国(身延)までといい、度々の厚い志で信心が弛む御様子は見えないので、御本尊をしたためて差し上げたのです。しかし、この先はどうであろうかと思うと、薄い氷を踏み、太刀に向かう様です。詳しくは、また申し上げましょう。それだけではなく、鎌倉での御勘気の時、千人のうち九百九十九人が退転してしまいましたが、それらの人々も今は世間も(日蓮や法華経信仰に対して)和らいできた為か、後悔されている人々もおられるという事です。大尼御前はそれらの人々とは全く違っているので、本当に可哀想だとは思いますが、骨に肉を換えられない道理ですから、法華経に相違された人に御本尊を差し上げる事はできないと、どこまでもお伝えください。
※大聖人は新尼に対しても、縁に紛動されやすい人の心の弱さを指摘し信心の確立を目指しあえて厳しく指導されている。


「日蓮が弟子にもをはせず・よくよく内をしたためて・をほせを・かほり候はん、なづきをわりみをせめて・いのりてみ候はん、たださきの・いのりと・をぼしめせ、これより後は・のちの事をよくよく御かため候へ」(大尼御前御返事908頁)年代不明9月御作
通解:(大尼御前は現在)日蓮の弟子ではありません。それ故、あなたの心の内を充分にしたためて、仰せを承る事に致しましょう。(もし本当に法華経を信じられるならば)頭を破り、身を責めて祈ってみましょう。(しかしそれは)ただ、これから先の祈りと思いなさい。これより後は、後生の事を十分に(思慮し)固められる事が肝要でしょう。
※大聖人は大尼に対して、前文で閻魔王や獄卒の恐ろしさを説かれ、一度は「日蓮の弟子ではない」と突き放しつつも、後生の大苦を思うならば、真剣に信心に励むべきと御指導されている。

結局どちらの尼に対しても、大聖人が成仏を約束された文面は見つけられなかったけれど、素直な信心を貫く新尼と不安定な信心の大尼の両者に、平等に「幸福になって欲しい」との大聖人の御心が伝わってきますね。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」22

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月25日(金)11時43分54秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」22

道善房と浄顕房・義浄房

道善房は安房国(千葉県)の清澄寺の住僧で大聖人幼少時の出家・剃髪の師匠である。浄顕房・義浄房は大聖人の同寺修行時代の兄弟子達で、大聖人を何くれとなく庇護し、開宗の当日に強盛な念仏信者である地頭東条景信等が大聖人を斬殺しようと襲った時も大聖人を匿い逃がしている。道善房に与えられた書は無く、浄顕房には本尊問答抄が、義浄房には義浄房御書が現存し、二人に充てられた御書として、有名な報恩抄を始め、善無畏三蔵抄、華菓成就御書があり、その他、佐渡御勘気抄、清澄寺大衆中は、二人が対告衆と見られている。


「此の功徳は定めて上三宝・下梵天・帝釈・日月までも・しろしめしぬらん、父母も故道善房の聖霊も扶かり給うらん、但疑い念うことあり」(報恩抄323頁)建治2年7月 55歳御作、安房の清澄寺における故師、道善房の追善供養の為、浄顕房・義浄房に送られた御書
通解:この(日蓮の死身弘法の)功徳は、必ずや、上は仏法僧の三宝から下は大梵天王・帝釈天王・日天・月天まで承認される事になるでしょう。故に、わが父母も、故道善房の聖霊も、(この大功徳によって)成仏される事でしょう。但し、疑念する事があるのです。
※大聖人は師匠の故道善房の成仏を願われていますが、下記の理由で苦慮されている。


「故道善房はいたう弟子なれば日蓮をば・にくしとは・をぼせざりけるらめども・きわめて臆病なりし上・清澄を・はなれじと執せし人なり、地頭景信がをそろしさといゐ・提婆・瞿伽利に・ことならぬ円智・実成が上と下とに居てをどせしをあながちにをそれて・いとをしと・をもうとしごろの弟子等をだにも・すてられし人なれば後生はいかんがと疑わし(中略)それにつけても・あさましければ彼の人の御死去ときくには火にも入り水にも沈み・はしりたちても・ゆひて御はかをも・たたいて経をも一巻読誦せんとこそ・おもへども賢人のならひ心には遁世とは・おもはねども人は遁世とこそ・おもうらんに・ゆへもなくはしり出ずるならば末へも・とをらずと人おもひぬべし、さればいかにおもひたてまつれども・まいるべきにあらず、但し各各・二人は日蓮が幼少の師匠にて・おはします、勤操僧正・行表僧正の伝教大師の御師たりしが・かへりて御弟子とならせ給いしがごとし、日蓮が景信にあだまれて清澄山を出でしにかくしおきてしのび出でられたりしは天下第一の法華経の奉公なり後生は疑いおぼすべからず。」(報恩抄323-4頁)
通解:わが師匠・故道善房にとって、日蓮はかわいい弟子であるから、日蓮を憎いとは思わなかったでしょうが、(故道善房は)きわめて臆病であった上に、邪宗清澄山の住職を離れまいと執着した人でした。地頭の東条景信を恐れていたし、また釈尊時代の提婆達多・瞿伽利という悪僧にも異ならない円智や実成(共に清澄山の住僧と思われる)が、それぞれ上と下とに居られて脅かされていたので、大変恐れていたのです。(その為に故道善房は、)最もかわいいと思っていた正法を奉ずる年頃の弟子達までも捨てた様な人でしたから、後生はどうなるだろうかと疑ったのです。(中略)それにしても、(故道善房が法華経を信受した事にはならないと)心から思っていたので、故道善房が亡くなられたと聞いた時には、火の中をくぐり、水の中にも沈み、走って行って、故道善房のお墓をたたいて、法華経一巻を読誦してあげたいと思ったけれど、賢人の習いとして、我が心では遁世とは思っていないが、世の人々は皆遁世と思っているのですから、理由もなく走り出すならば、最後まで志を全うできなかったと、人々は非難するでしょう。従っていかに故道善房のお墓にお参りしたいと思っても、参る訳にはいかないのです。但し、あなた方、浄顕房・義浄房のお二人は、日蓮の幼少時の師匠でした。あたかも勤操僧正と行表僧正は、初め伝教大師の師匠であったが、かえって後に、伝教大師の弟子となられた様なものです。日蓮が東条景信に仇まれて、清澄山を出ようとした時、あなた方二人で、この日蓮を匿い密かに道案内をして無事に逃がしてくださった事は、まことに天下第一の法華経の行者に対するご奉公というべきです。それによって、あなた方二人の後生の成仏は疑う余地のない事なのです。
※大聖人が師の道善房の恩に報いようとの御心情を吐露され、此処で兄弟子であった浄顕房・義浄房の後生の成仏を確約されている。


「いかでかその義候べき、其の義なくば日本国は一同の南無妙法蓮華経なり、されば花は根にかへり真味は土にとどまる、此の功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし」(報恩抄329頁)
通解:(法華経薬王品の経文が空しくなるという)その義があるでしょうか。その義が無ければ、日本国は一同に南無妙法蓮華経と唱えるのは決定的なのです。されば花は根に帰り、菓は土に留まるのです。(日蓮の)この功徳は、道善房の聖霊の御身に集まるでしょう。
※結局、未来永劫の衆生が救済される証明として、完全には日蓮仏法を信受できない道善房だったのに、大聖人の大慈悲は、功徳の回向を約束されている。


「故道善御房は師匠にておはしまししかども法華経の故に地頭におそれ給いて心中には不便とおぼしつらめども外にはかたきのやうににくみ給いぬ、後にはすこし信じ給いたるやうにきこへしかども臨終にはいかにやおはしけむおぼつかなし地獄まではよもおはせじ又生死をはなるる事はあるべしともおぼへず中有にやただよひましますらむとなげかし、 貴辺は地頭のいかりし時・義城房とともに清澄寺を出でておはせし人なれば 何となくともこれを法華経の御奉公とおぼしめして生死をはなれさせ給うべし。」(本尊問答抄373頁)弘安元年9月 57歳御作 浄顕房日仲に与う
通解:故道善御房は師匠でしたが、法華経を信受するか否かの理由で、地頭・東条景信に恐れを抱いており、日蓮の事を心中では気に掛けておられた様ですが、表面上は仇の様に憎んでいたのです。後に法華経を少し信じられた様に聞きましたが、臨終の時はどうであったのか心配なのです。よもや地獄に堕ちたと思えませんが、かといって生死の苦しみから離れたとも思われないので、中有に漂っておられるかと想像すると気の毒に思います。あなた(浄顕房)は東条景信が襲ってきた時、義城房(義浄房)と共に、私を案内して清澄寺から逃がしてくれた人ですから、何か特別な事をしなくてもこれを法華経への御奉公だと確信して、生死の苦しみから離れられると覚悟してください。
※大聖人は道善房には厳しく、浄顕房・義浄房には成仏を約束されています。


「草木は大地なくして生長する事あるべからず、日蓮・法華経の行者となつて善悪につけて日蓮房・日蓮房とうたはるる此の御恩さながら故師匠道善房の故にあらずや、日蓮は草木の如く師匠は大地の如し、(中略)いねは華果成就すれども必ず米の精・大地にをさまる、故にひつぢおひいでて二度華果成就するなり、日蓮が法華経を弘むる功徳は必ず道善房の身に帰すべしあらたうとたうと、よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり」(華果成就御書900頁)弘安元年4月 57歳御作 浄顕房・義浄房に与う
通解:草木は大地が無ければ生長する事ができません。日蓮が法華経の行者となって、善悪につけて日蓮房・日蓮房と呼ばれる様になりましたが、此の御恩はさながら故師匠道善房のおかげなのです。例えば日蓮は草木の様であり、師匠の道善房は大地の様なものなのです。(中略)稲は花を咲かせて果を実らせても、米の精は必ず大地に還ります。故に一度刈り取った後に芽が出て再び花や果を結ぶのです。日蓮が南無妙法蓮華経を弘める功徳は必ず道善房の身に帰るでしょう。まことに貴い事なのです。良い弟子を持てば師弟はとも共に成仏し、悪い弟子を養えば師弟共に地獄に堕ちると言われているのです。
※大聖人という稲を生み出した道善房の大地に、大聖人の米の精が納まり、そこから再び苗が出生するとあり、道善房が成仏するのは疑いないとの大聖人の御心を拝する事ができます。

考察すると、法華経を正視できなかった道善房は、大聖人の仏法を歪曲している現在の日蓮正宗・宗門の姿と重なって見えます。法華経を信受した浄顕房・義浄房は、御書根本で進む創価学会の姿であり、我々・創価学会員は宗門・法華講を含めて全民衆を救済する使命を有するのですね。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」21

 投稿者:サム  投稿日:2017年 8月19日(土)03時17分33秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」21

高橋殿

「高橋六郎兵衛入道は、日興第一の弟子なり、仍て申し与うる所件のごとし」(日興上人の弟子分帳より)と有る通り、日興上人により入信し、大聖人にも信頼篤く、富士周辺信者の最古老であり、夫人は日興上人の叔母である。富士郡南方の賀島(静岡県富士市本市場)に住み、四十九院・熱原の法難中は外護の本拠となり、大井・西山・由比の各氏と同族であり、岩本実相寺に住む筑前房とも深縁であった。一時病気にもなったが、富士一帯に信仰の礎を築き、入道死後も夫人に数々の激励書簡が送られている。


「妙楽大師釈して云く『供養すること有らん者は福十号に過ぐ』と云云、されば仏を供養する功徳よりも・すぐれて候なれば仏にならせ給はん事疑いなし。其の上女人の御身として尼とならせ給いて候なり・いよいよ申すに及ばず。」(高橋殿御返事1457頁) 建治元年7月 54歳御作 高橋入道及びその妻に与えられた書とされる。
通解:妙楽大師法華文句記に「法華経の行者に供養する者は福が十号に過ぐ」と釈されています。この様に釈尊を供養する功徳よりも、末代の法華経の行者を供養する功徳が勝れているのであるから、あなたが成仏される事は疑いないのです。その上、あなたは女人の身でありながら、尼となられたのです。仏になる事はいよいよ間違いないのです。
※供養の功徳の甚大さと夫人の正法堅持の信心を喜ばれている。


「阿闍世王は父をころし仏の敵となれり、悪瘡身に出で後に仏に帰伏し法華経を持ちしかば悪瘡も平癒し寿をも四十年のべたりき、而も法華経は閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ、閻浮の内の人は病の身なり法華経の薬あり、三事すでに相応しぬ一身いかでかたすからざるべき、但し御疑のわたり候はんをば力をよばず」(高橋入道殿御返事1462頁)建治元年7月 54歳御作
通解:阿闍世王は父を殺害し仏の敵となりましたが、悪瘡が身に出て、後に悔いて仏に帰伏して法華経を持ったので、悪瘡も平癒して寿命を四十年延ばしたのです。その上、法華経の薬王菩薩本事品には「閻浮提の人の病の良薬」と説かれているのです。閻浮提(全世界)の人々は病気の身なのですが、それには法華経という薬があるのです。病気回復の為の三事(新田殿御書1452頁での「経・仏・行者」のこと、同書で「経は法華経・顕密第一の大法なり、仏は釈迦仏・諸仏第一の上仏なり、行者は法華経の行者に相似たり、三事既に相応せり檀那の一願必ず成就せんか」とある)は既に相応しているのです。どうして貴方が助からないという理由があるでしょうか。ただし、貴方に法華経への疑いがあるのならば、日蓮の力は及ばないのです。
※病気回復の為の三事は揃っており、疑い無き信心を貫くように勧めて激励されている。


「本末究竟と申すは本とは悪のね善の根・末と申すは悪のをわり善の終りぞかし、善悪の根本枝葉をさとり極めたるを仏とは申すなり、(中略)智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり、殷の代の濁りて民のわづらいしを大公望出世して殷の紂が頚を切りて民のなげきをやめ、二世王が民の口ににがかりし張良出でて代ををさめ民の口をあまくせし、此等は仏法已前なれども教主釈尊の御使として民をたすけしなり、外経の人人は・しらざりしかども彼等の人人の智慧は内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり。」(減劫御書、智慧亡国書1466頁)執筆年代、宛先不明、但し六郎入道の家族に与えられたと推定される。
通解:本末究竟というのは、本とは悪の根本・善の根本であり、末というのは悪の終わり、善の終わりの事です。善悪の根本から枝葉までを悟り極めている人を仏というのです。(中略)智者とは世間の法以外である仏法を行ずる事はありません。世間の治世の法を十分に心得ているのを智者というのです。殷の世が濁乱して民衆が苦しんでいた時に大公望が世に出て殷の紂王の頚を切って民の嘆きを止め、二世王(中国・秦の第二世皇帝・胡亥)が民衆の生活を苦しめた時には張良が出て世の中を治め、民の生活を豊かにしましたが、これらは仏法以前であるけれども教主釈尊の御使として民衆を助けたのです。外道の経書を持った人々は認識しなかったけれども、それらの人々の智慧は実際には仏法の智慧を内心に包含していたのです。
※生活上の事象と仏法とは一体不二であり、世法が一分仏法に通じる事から、大聖人は仏教者でない人物をも高く評価されている。


「又法華の行者をやしなうは慈悲の中の大慈悲の米穀なるべし、一切衆生を利益するなればなり、故に仏舎利変じて米と成るとは是なるべし、かかる今時分人をこれまでつかはし給う事うれしさ申すばかりなし、釈迦仏・地涌の菩薩・御身に入りかはらせ給うか。其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従つて起る是の故に一乗を説くなるべし」(高橋殿御返事、米穀御書1467頁)執筆年代、宛名不明なれど、建治・弘安年間で高橋六郎兵衛宛て、と推定される。
通解:また法華経の行者を養うのは、慈悲の中の大慈悲の米でしょう。一切衆生を利益する事になるからです。故に仏舎利が変じて米と成るというのは、この事なのです。この様な今時分に人を当方まで遣わされた事の嬉しさは、言い様がないほどです。釈迦仏や地涌の菩薩が、あなたの御身に入り替わられているのでしょうか。その国の広宣流布は、あなたにお任せします。仏種は縁によって起こるのです。この為に一乗の法を説くのです。
※大聖人は高橋氏に「その国の仏法流布は、あなたにお任せする」と、深い信頼を寄せられている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」20

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月22日(土)22時24分52秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」20

治部房

大聖人の門下の中老の一人日位とされ、大聖人の墓所輪番では八月勤仕となり、「治部公日位・持師の弟子で孫弟子に当たり庵原郡の住」(堀日亨上人著・日興上人詳伝上210頁)、「(前略)治部房(承賢)日位があつて、共に南条家の支族の出身で日興上人の門下であった」(御書・弟子檀那等列伝21頁)とあり、日興弟子分帳に「一、駿河国四十九院の住治部房(日位)は蓮華闍梨の弟子なり仍て日興之を与え申す、但し聖人御滅後に背き了ぬ」(富要集8巻6頁)とあるが、生没年、略伝等は明らかではない。通俗の伝聞では駿河国(静岡県)安部郡に本覚寺を建立したとされている。賜書に本人への治部房御返事と祖母への盂蘭盆御書の2編が遺されている。

「仏には春の花秋の紅葉・夏の清水・冬の雪を進らせて候人人皆仏に成らせ給ふ、況や上一人は寿命を持たせ給ひ下万民は珠よりも重くし候稲米を法華経にまいらせ給う人・争か仏に成らざるべき」(治部房御返事1425頁)年代不明8月
通解:仏に春の花・秋の紅葉・夏の清水・冬の雪を供養した人々でも、皆、仏に成られるのです。ましてや、上一人の寿命を持ち、下万民が珠より大切にしている白米を法華経に供養された人が、どうして仏にならない事があるでしょうか。
※当時の貴重な白米を法華経に供養されたその信心を褒めておられる。


「我等は過去遠遠劫より菩提をねがひしに、或は国をすて或は妻子をすて或は身をすてなんどして、後生菩提をねがひし程にすでに仏になり近づきし時は、一乗妙法蓮華経と申す御経に値いまいらせ候いし時は、第六天の魔王と申す・三界の主・をはします、すでに此のもの仏にならんとするに二の失あり、一には此のもの三界を出ずるならば我が所従の義をはなれなん、二には此のもの仏になるならば此のものが父母・兄弟等も又娑婆世界を引き越しなん、いかがせんとて身を種種に分けて・或は父母につき・或は国主につき、或は貴き僧となり、或は悪を勧め・或はおどし・或はすかし、或は高僧或は大僧或は智者或は持斎等に成りて或は華厳或は阿含或は念仏或は真言等を以て法華経にすすめかへて・仏になさじとたばかり候なり、法華経第五の巻には末法に入りては大鬼神・第一には国王・大臣・万民の身に入りて法華経の行者を或は罵り或は打ち切りて、それに叶はずんば無量無辺の僧と現じて一切経を引いてすかすべし、それに叶はずんば二百五十戒・三千の威儀を備へたる大僧と成りて国主をすかし国母をたぼらかして、或はながし或はころしなんどすべしと説かれて候。」(治部房御返事1425頁)
通解:我等は過去遠遠劫から菩提を願って、あるいは国を捨て、あるいは妻子を捨て、あるいは身を捨てるなどして後生菩提を願ってきたので、すでに成仏が近づいた時、つまり一乗妙法蓮華経と申す御経に値った時に、第六天の魔王という三界の主が存在して「すでにこの人が仏に成ろうとすれば、自分に二つの損失ができる。一には、この人が三界を離れれば我が所従を離れてしまう。二には、この人が仏に成るならば、父母・兄弟等もまた、娑婆世界を引き越してしまう。どうしてこれを食い止めようか」と、身を種々に変じて、あるいは父母の身に付き、あるいは国主の身に入り、あるいは立派そうな僧となって、あるいは悪を勧め・あるいは脅し・或はすかしたりします。また、高僧・大僧、或は智者・持斎等に成って華厳・阿含・念仏・真言等をもって法華経に勧め代えて、成仏させまいと歎くのです。この事を、法華経の第五の巻・勧持品には「末法に入ると、大鬼神が第一に国王・大臣・万民の身に入って法華経の行者を、あるいはののしり、あるいは打ったり切ったりし、それでもかなわなければ無量無数の僧として現われて、一切経を引いて、すかすであろう。それでもかなわなければ、二百五十戒・三千の威儀を備えた大僧となって、国主をすかし、国母をたぶらかして、あるいは島流しにし、あるいは殺すなどするであろう」と説かれているのです。
※民衆が成仏に近づいた時、成仏をさせない様にあらゆる手段を使って魔が妨害するのです。それに紛動されては、成仏は叶わないのです。


「目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、乃至子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生・三悪道をはなるるのみならず皆初住・妙覚の仏となりぬ、故に法華経の第三に云く『願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん』云云。」(盂蘭盆御書、治部房祖母への書1430頁)建治3年7月 治部房日位の祖母に与う
通解:目連尊者が法華経を信じた大善は、目連自身が仏に成っただけでなく、目連の父母も仏になったのです。また父母のみならず上七代・下七代に及び、ひいては上無量生・下無量生の父母達までが存外に成仏することができるのです。更には、子息・夫妻・所従・檀那・その他無量の衆生までも三悪道を離れる事ができただけでなく、皆、ことごとく初住・妙覚の仏と成ったのです。だから、法華経の第三の巻の化城喩品に「願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」と説かれているのです。
※我々自身の人間革命が、一切の環境を善知識の方向へ影響を及ぼしていく事を自覚すべきです。


「貴女は治部殿と申す孫を僧にてもち給へり、此僧は無戒なり無智なり二百五十戒一戒も持つことなし三千の威儀一も持たず、智慧は牛馬にるいし威儀は猿猴ににて候へども、あをぐところは釈迦仏・信ずる法は法華経なり、例せば虵の珠をにぎり竜の舎利を戴くがごとし、藤は松にかかりて千尋をよぢ鶴は羽を恃みて万里をかける、此は自身の力にはあらず。治部房も又かくのごとし、我が身は藤のごとくなれども法華経の松にかかりて妙覚の山にものぼりなん、一乗の羽をたのみて寂光の空にもかけりぬべし、此の羽をもつて父母・祖父.祖母・乃至七代の末までも・とぶらうべき僧なり、あわれ・いみじき御たからは.もたせ給いてをはします女人かな、彼の竜女は珠をささげて・仏となり給ふ、此女人は孫を法華経の行者となして・みちびかれさせ給うべし」(盂蘭盆御書1430頁)
通解:貴女は治部殿という孫を僧にもっておられます。この僧は無戒・無智で二百五十戒の一戒も持つ事はなく、三千の威儀の一つも満たしていませんが、智慧は牛馬の頭で、威儀(の整わないこと)は猿の様なのですが、その仰ぐところの仏は釈迦仏であり、信ずる法は法華経です。これを譬えれば、蛇が珠を握り竜が舎利を戴いている様なものです。藤は松に懸って千尋をよじ登り、鶴は羽の力によって万里を飛ぶ事ができます。これらは自身の力ではありません。治部房もまた同じです。我が身は藤の様でも法華経という松の木に懸かれば妙覚の山にも登る事ができ、一乗妙法の羽をたのんで寂光の空を自由に翔ること事ができるのです。この羽をもって父母・祖父・祖母・乃至七代の末まで弔う事のできる僧なのです。立派な、素晴らしい宝をお持ちになっている女人です。彼の竜女は珠を仏に供養して成仏されました。この女人(貴女)は孫を法華経の行者にして、寂光浄土に導かれていくことでしょう。
※大聖人は、治部房の祖母に対して、素晴らしい宝をお持ちになっている、と褒められている。しかし残念ながら、大聖人から治部房直接に成仏の約束はされておられず、治部房は大聖人滅後、日興上人に違背されています。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」19

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月15日(土)09時20分34秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」19

新池殿

新池左衛門尉といい、生没年不明、大聖人御在世当時の鎌倉幕府直参の武人の門下で遠江国磐田郡新池(静岡県袋井市)に住み、日興上人の折伏によって妻・新池尼と共に大聖人に帰依されたと思われる。新池殿御消息と新池御書の2編が遺されている。


「諸経は随他意なり仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に、法華経は随自意なり一切衆生を仏の心に随へたり、諸経は仏説なれども是を信ずれば衆生の心にて永く仏にならず、法華経は仏説なり仏智なり一字一点も是を深く信ずれば我が身即仏となる、譬えば白紙を墨に染むれば黒くなり黒漆に白き物を入るれば白くなるが如し毒薬変じて薬となり衆生変じて仏となる故に妙法と申す」(新池殿御消息、法華経随自意事1437頁)弘安2年5月 58歳御作
通解:諸経は随他意なのです。仏が一切衆生の心に随って説かれたからです。法華経は随自意です。一切衆生を仏の心に随がわせて説かれたからなのです。故に諸経は仏説ではあるけれども、これを信ずるならば、衆生の心に随ったものであるから、永久に仏に成れないのです。法華経は仏説であり仏智であるから、一字一点でもこれを深く信ずるならば、我が身は即仏となるのです。たとえば、白紙を墨で染めると黒くなり、黒漆に白い物を入れると白くなる様なものです。毒薬が変じて薬となり衆生が変じて仏となる、故に妙法というのです。
※衆生を仏と変じさせるから、日蓮仏法を妙法というのです。


「かかる上下万人一同のにくまれ者にて候に・此れまで御渡り候いし事・おぼろげの縁にはあらず宿世の父母か昔の兄弟にておはしける故に思い付かせ給うか、又過去に法華経の縁深くして今度仏にならせ給うべきたねの熟せるかの故に・在俗の身として世間ひまなき人の公事のひまに思い出ださせ給いけるやらん。(中略)かかる所へ尋ね入らせ給いて候事・何なる宿習なるらん、釈迦仏は御手を引き帝釈は馬となり梵王は身に随ひ日月は眼となりかはらせ給いて入らせ給いけるにや、ありがたしありがたし」(新池殿御消息1438頁)
通解:この様に、日蓮が日本国の上下万人一同の憎まれ者であるのに、この身延山まで訪ねて来られた事は、浅い縁ではないのでしょう。前世の父母か、昔の兄弟でおられた故に、思いつかれたのでしょうか。また過去に法華経との縁が深くて、今度仏になるべき種が熟した故に、多忙な在家の身でありながら、公務の暇に思い出されたのでしょうか。(中略)この様な所に尋ねて来られた事は、どの様な過去世の因縁なのでしょうか。釈迦仏は手を引き、帝釈は馬となり、梵王は身に随い、日月は眼と成り代わって来られたのでしょう。有難い事です、重ねて有難い事です。
※我等も宿縁深しと思い合わせて、弘教に励めば、道は開かれるのです。


「相構へて・いかにしても此の度此の経を能く信じて命終の時・千仏の迎いに預り霊山浄土に走りまいり自受法楽すべし、信心弱くして成仏ののびん時・某をうらみさせ給ふな、 譬えば病者に良薬を与ふるに毒を好んでくひぬれば其の病愈えがたき時・我がとがとは思はず還つて医師を恨むるが如くなるべし、此の経の信心と申すは少しも私なく経文の如くに人の言を用ひず法華一部に背く事無ければ仏に成り候ぞ、仏に成り候事は別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申し候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり」(新池御書1443頁)弘安3年2月 59歳御作
通解:心して、何としてもこの度この経をよく信じて臨終の時は千仏の迎えを受け、霊山浄土に速やかに参り自受法楽すべきです。信心弱くて成仏が延びた時に、私を恨んではならなりません。例えば、病人に良薬を与えたのに、病人が毒を好んで食べていれば、その病は癒えがたいのです。そのくせ病人は自分の過ちとは思わずにかえって医師を恨む様なものです。この経の信心というのは、少しも我見なく経文の通りに、人の言動を用いないで法華経の一部に背く事が無ければ、仏に成るのです。仏に成るという事は別の事ではないのです。南無妙法蓮華経と他の事に捉われる事無く唱へていく時に自然と三十二相・八十種好を備えるのです。「我が如く等しくして異なることなし」と説かれており、釈尊の様な仏に簡単に成るのです。
※簡単に釈尊の様な仏に成れると云われていますが、「如我等無異」は師弟不二の関係でもあるのです。


「有解無信とて法門をば解りて信心なき者は更に成仏すべからず、有信無解とて解はなくとも信心あるものは成仏すべし、皆此の経の意なり私の言にはあらずされば二の巻には『信を以て入ることを得己が智分に非ず』とて智慧第一の舎利弗も但此の経を受け持ち信心強盛にして仏になれり・己が智慧にて仏にならずと説き給へり、舎利弗だにも智慧にては仏にならず、況や我等衆生少分の法門を心得たりとも信心なくば仏にならんことおぼつかなし、末代の衆生は法門を少分こころえ僧をあなづり法をいるかせにして悪道におつべしと説き給へり、法をこころえたる・しるしには僧を敬ひ法をあがめ仏を供養すべし、今は仏ましまさず解悟の智識を仏と敬ふべし争か徳分なからんや、後世を願はん者は名利名聞を捨てて何に賎しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬ふべし、是れ正く経文なり。」(新池御書1443-4頁)
通解:有解無信といって法門を理解しても信心の無い者は、絶対に成仏する事はできないのです。有信無解といって理解は無くても信心の有る者は成仏できるのです。これが全てこの経(法華経)の意味するところであり、私の言ではないのです。それ故に法華経第二の巻の譬喩品第三には「信をもって悟りに入る事ができた。自分の智慧ではない」といって、智慧第一の舎利弗も、ただこの経を受持し信心を強盛にして仏に成ったのであり、自分の智慧によっては仏に成らなかったのです。ましてや我ら衆生が少しばかりの法門を心得たといっても、信心が無ければ、仏に成る事は明確でないのです。末法の時代の衆生を指して『法門を少しばかり心得て、僧を侮り、法をゆるがせにして悪道に堕ちるであろう』と説かれているのです。法を心得た証拠としては、僧(日蓮)を敬い、法(妙法:南無妙法蓮華経)を崇め、仏(文底の教主釈尊)を供養すべきなのです。今は仏がいらっしゃらないので、仏法を解悟した善知識(日蓮)を仏として敬うべきなのです。そうすれば、どうして功徳が無い事があるでしょうか。後世を願う者は名利名聞を捨てて、どんなに賎しい者であっても法華経を説く僧(日蓮)を生身の仏の様に敬うべきです。此れが正しく経文に説かれているのです。
※宗門・法華講では、本文を曲解して、僧宝を歴代法主としたり、僧を敬わなければ謗法の様に言っているが、此処での僧は大聖人御自身の事なのです。あくまでも日蓮仏法に信を採るべきなのです。


「是等の法門を能く能く明らめて一部八巻・廿八品を頭にいただき懈らず行ひ給へ、又某を恋しくおはせん時は日日に日を拝ませ給へ・某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候、此の僧によませまひらせて聴聞あるべし、此の僧を解悟の智識と憑み給いてつねに法門御たづね候べし、聞かずんば争か迷闇の雲を払はん足なくして争か千里の道を行かんや、 返す返す此の書をつねによませて御聴聞あるべし」(新池御書1444頁)
通解:これらの法門をよくよく明解にして、法華経一部八巻二十八品を信じ敬い、怠らず修行してください。また私を恋しく想った時には日々に太陽を拝してください。私は日に一度、天の太陽に影を映す者です。この僧(日蓮)に法華経を読ませ解釈させて聞く事が良いでしょう。この僧を解悟の智識と頼みにされて、常に法門をお聞きください。聞かなければ、どうして迷いの雲を払えるでしょうか。足がなくて、どうして千里の道を行けるでしょうか。繰り返しになりますが、この書を常に読ませて、お聞きください。
※信心の要諦として、法華経を根本として信受し懈怠なく自行化他の実践に励む事を教示されているが、残念ながら、新池氏の成仏への確約は見出せていないのです。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」18

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月 5日(水)18時54分14秒
  御書に見る「成仏を約束された人々」18

日妙聖人

生没年、本名不明、大聖人御在世当時の鎌倉に住む女性信徒、寡婦となったが、堀日亨上人は、乙御前の母であると推定されている。日妙尼とも称され、幼き娘の乙御前を連れて佐渡の大聖人を訪ねたほどの純真な信心から、『日妙聖人』の法号を賜り、日妙聖人御書に娘の名を冠した乙御前御消息、乙御前母御書が遺されている。


「我等具縛の凡夫忽に教主釈尊と功徳ひとし彼の功徳を全体うけとる故なり、経に云く「如我等無異」等云云、法華経を心得る者は釈尊と斉等なりと申す文なり、譬えば父母和合して子をうむ子の身は全体父母の身なり誰か是を諍うべき、牛王の子は牛王なりいまだ師子王とならず、師子王の子は師子王となる・いまだ人王・天王等とならず、今法華経の行者は其中衆生悉是吾子と申して教主釈尊の御子なり、教主釈尊のごとく法王とならん事・難かるべからず。(中略)
民の現身に王となると凡夫の忽に仏となると同じ事なるべし、一念三千の肝心と申すはこれなり。」(日妙聖人御書1215-6頁)文永9年5月 51歳御作
通解:煩悩に縛られた私達・凡夫が、たちまちに教主釈尊と等しい功徳が得られるのです。それは教主釈尊の功徳全体を受けとるからです。法華経方便品には「我が如く等しくして異なること無し」とあります。法華経を信じ行ずる者は釈尊と等しいという文なのです。譬えば、父母が和合して子を産みますが、その子の身はすべて父母の身であり、誰がこの事で異論をはさむでしょうか。牛王の子は牛王であり、いまだに師子王とはなりません。師子王の子は師子王です、いまだに人王や天王などにはなりません。今、法華経の行者は「其の中の衆生は悉く是れわが子なり」(譬喩品)といって、教主釈尊の御子なのです。よって、教主釈尊の様に法の王となる事は難しくないのです。(中略)
民が現身に王の身となる事と、凡夫がたちまちに仏と成る事とは同じ事なのです。一念三千の肝心というのはこの事なのです。
※大聖人は「一念三千の肝心」と云って、「凡夫がたちまちに仏と成る事は難しくない」と仰せです。


「此の御経こそ実語の中の実語にて候へ、実語の御経をば・正直の者心得候なり、今実語の女人にて・おはすか、当に知るべし須弥山をいただきて大海をわたる人をば見るとも此の女人をば見るべからず、砂をむして飯となす人をば見るとも此の女人をば見るべからず、当に知るべし釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏・上行・無辺行等の大菩薩・大梵天王・帝釈・四王等・此女人をば影の身に・そうがごとく・まほり給うらん、日本第一の法華経の行者の女人なり、故に名を一つつけたてまつりて不軽菩薩の義になぞらへん・日妙聖人等云云。」(日妙聖人御書1215-6頁)
通解:此の法華経こそ実語の中の実語です。実語の法華経は正直の者が信じ会得できるのです。今、あなたは実語の女人でおられるのでしょう。まさに(御自身を)認識してください。須弥山を頭に載せて大海を渡る人を見る事ができても、此の(様な)女人を見る事はできません。砂を蒸して飯とする人を見る事はできても、此の(様な)女人を見る事はできません。まさしく釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏・上行菩薩・無辺行等の大菩薩・大梵天王・帝釈天王・四王等が、此の女人を影が身に添う様に守られる事でしょう。あなたは、日本第一の法華経の行者の女人です。それ故、名を一つ付けて不軽菩薩の義に準えましょう、「日妙聖人」等と。
※「日妙聖人」の名が、どれ程深い敬意を込められていたかは明瞭です。


「法華経を信ずる人人は志あるも・なきも知られ候はざりしかども・御勘気を・かほりて佐渡の島まで流されしかば問い訪う人もなかりしに・女人の御身として・かたがた御志ありし上・我と来り給いし事うつつならざる不思議なり、其の上いまのまうで又申すばかりなし、定めて神も・まほらせ給ひ十羅刹も御あはれみましますらん、法華経は女人の御ためには暗きに・ともしび・海に船・おそろしき所には・まほりと・なるべきよし・ちかはせ給へり、(中略)
されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりも・つよかるべしと・おぼすべし」(乙御前御消息、身軽法重抄1220頁)建治元年8月 54歳御作
通解:法華経を信ずる人々の中で誰が、信心が有るとか無いとかは知らなかったけれど、(北条氏の)咎めを受けて佐渡の島まで流されると、問い訪ねる人も無かったのに、女人の身でありながら、いろいろとお志を示された上、あなた自らはるばる来られた事は、現実とは思えないほど不思議な事です。その上この度の身延への訪れは何とも申し述べ様もありません。必ず諸天善神も守られ、十羅刹も賞嘆されている事でしょう。法華経には女人の為に、暗い夜は灯となり、海を渡る折には船となり、恐ろしい所では守護役になると、薬王品で誓われています。(中略)
それ故に妙楽大師は「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等と云われています。心の堅固な者には神の守りも必ず強いというのです。此れは、あなたの為に申すのです。これまでのお志については、言いつくせません。だが、それよりも尚、一層強盛な信仰に励んでください。その時は、いよいよ十羅刹女のお守りも強くなっていくと確信してください。
※大聖人の最も苦しい時から変わらない信心だからこそ、諸天善神の守りも強くなっていく、と仰せなのでしょう。


「いかなる男をせさせ給うとも法華経のかたきならば随ひ給うべからず、いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる、同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり」(乙御前御消息、身軽法重抄1221頁)
通解:どんな男を夫とされても、法華経に敵対するならば随ってはなりません。いよいよ強盛な信心を持ちなさい。氷は水から出たけれども水よりも冷たく、青い色は藍から出たけれども色を重ねると藍よりも色が濃いのです、同じ法華経ですが、信心を強く重ねれば他人よりも色もすぐれ利益もある筈なのです。
※この法華経とは御本尊であり、御本尊を受持するにあたって、持つ人の信心こそ大切であると御教示されている。


「をとごぜんのはは
いまは法華経をしらせ給いて仏にならせ給うべき女人なり、かへすがへすふみものぐさき者なれども・たびたび申す、又御房たちをも・ふびんにあたらせ給うとうけ給わる・申すばかりなし。なによりも女房のみとして・これまで来りて候いし事・これまで・ながされ候いける事は・さる事にて御心ざしの.あらわるべきにや・ありけんと・ありがたくのみをぼへ候、(中略)
をとごぜんが・いかに尼となり候いつらん、法華経にみやづかわせ候ほうこうをば・をとごぜんの尼は・のちさいわいになり候に○○○。」(乙御前母御書1222頁)年代不明11月
通解:乙御前の母
今は法華経を慕われて、仏に成るべき女人です。返すがえすも筆無精の者ですが、度々申し上げます。また御房達をも色々と面倒をみてくださっていると伺っています。お礼の申しようもありません。何よりも女房の身として此処までこられたこと(佐渡の事か?)日蓮が此処まで流された事は理由あっての事であり、あなたの厚い御志が顕れる為であったのかと、ただありがたくのみ思っているのです。(中略)
乙御前は、どの様に成長されたのでしょうか。法華経に宮仕えをされているともいえるその奉公は、乙御前の御命となり、幸福になる事でしょう。○○○。
※此処でも、大聖人は、妙法を求める信心の一念により、乙御前の母は必ず仏に成られるであろうと喜ばれている。


 

御書に見る「成仏を約束された人々」17

 投稿者:サム  投稿日:2017年 7月 4日(火)08時40分39秒
編集済
  御書に見る「成仏を約束された人々」17

日女御前

大聖人御在世当時の女性信徒、池上太夫志氏の妻や松野後家尼の娘と云われているが、詳細は不明。信心強盛で身分高く、学識があり、裕福な婦人であったと思われる。日女御前に与えられた御書は、日女御前御返事として2編が遺されている。


「かかる御本尊を供養し奉り給ふ女人・現在には幸をまねぎ後生には此の御本尊左右前後に立ちそひて闇に燈の如く険難の処に強力を得たるが如く・彼こへまはり此へより・日女御前をかこみ・まほり給うべきなり」日女御前御返事、本尊相貌抄1244頁)建治3年8月 56歳御作
通解:この様な尊い御本尊を供養する女人は、現在には幸せを招きよせ、後生には、この御本尊が左右前後に立ち添いて、あたかも闇夜に燈火を得た様に、また険難な山路で強い力を得た様に、彼方へ回ったり此処に寄り添ったりして、日女御前の周りを囲みあなたを護る事でしょう。
※大聖人は、尊い御本尊を授与され日女御前の「現世安穏後生善処」を願われている。


「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり。日蓮が弟子檀那等・正直捨方便・不受余経一偈と無二に信ずる故によつて・此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり・たのもし・たのもし、如何にも後生をたしなみ給ふべし・たしなみ給ふべし、穴賢・南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり、信心の厚薄によるべきなり仏法の根本は信を以て源とす」(日女御前御返事、本尊相貌抄1244頁)
通解:この御本尊も、ただ信心の二字に収まっているのであり、「信を以って入ることを得たり」とあるのは、この事なのです。日蓮の弟子檀那等は「正直に方便を捨てて」の文や「余経の一偈をも受持してはならない」の文の通り、法華経のみを唯一無二に信ずる事によって、この御本尊の宝塔の中へ入る事ができるのです。まことに頼もしいことです。なんとしても、未来の福運の為に、仏道に心を打ち込んでいきなさい。「南無妙法蓮華経」とだけ唱えて、仏に成っていく事が最も大切なのです。ひとえに信心の厚薄によるのであり、仏法の根本は信をもって源とするのです。
※大聖人は、信こそ成仏の要諦である事、題目を唱えて仏に成っていく事が最も大切、と述べられている。


「法華経を受け持ちて南無妙法蓮華経と唱うる即五種の修行を具足するなり、此の事伝教大師入唐して道邃和尚に値い奉りて五種頓修の妙行と云う事を相伝し給ふなり、日蓮が弟子檀那の肝要是より外に求る事なかれ」(日女御前御返事、本尊相貌抄1245頁)
通解:御本尊を受け持って南無妙法蓮華経と唱える事が、即ち、五種の修行(法華経法師品にあり、法華経を修行する五種の行のことで、経文を①受持し、②読み、③暗唱でき、④書写し、他者に⑤法を説く修行である)を具える事になるのです。この事は、伝教大師が中国に渡り、道邃和尚に会って、五種頓修の妙行という事を相伝されたのです。日蓮の弟子檀那にとっての信心の肝要は、この事以外に、断じて求めてはならないのです。
※大聖人は、繰り返し「御本尊を受持して題目と唱える事」が信心の肝要と、述べておられる。


「妙荘厳王品と申すは殊に女人の御ために用る事なり、妻が夫をすすめたる品なり、末代に及びても女房の男をすすめんは名こそかわりたりとも 功徳は但浄徳夫人のごとし、いはうや此は女房も男も共に御信用あり・鳥の二の羽そなはり車の二つの輪かかれり・何事か成ぜざるべき、天あり地あり日あり月あり日てり雨ふる功徳の草木花さき菓なるべし。」(日女御前御返事、嘱累品等大意1249頁)弘安元年6月 57歳御作
通解:妙荘厳王品というのは、特に女性の為の重要な経であり、妻が夫を信仰に勧めた経なのです。末法においても妻が夫を勧める功徳は名称が変わっても浄徳夫人と同じなのです。ましてやあなた方は夫婦共々に強信なのですから、それはちょうど鳥に二つの翼があり、車に両輪があるのと同様で何事も成就しないことはないのです。天地・日月があって、日が照ったり雨が降ったりしているのです。必ず功徳の草木に花咲き菓がなるでしょう。
※夫婦共に信心に励んでいる事を褒められ、力をあわせれば、和楽の家庭という功徳が顕れる、と断言されている。


「日女御前の御身の内心に宝塔品まします凡夫は見ずといへども釈迦・多宝・十方の諸仏は御らんあり、日蓮又此をすいす・あらたうとし(中略)女人の御身として法華経の御命をつがせ給うは釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母の御命をつがせ給うなり此の功徳をもてる人・一閻浮提に有るべしや」(日女御前御返事、嘱累品等大意1250頁)
通解:日女御前の御身の内に、厳然と宝塔品はましますのです。凡夫には見えなくても、釈迦・多宝・十方の諸仏はご覧になっているのです。日蓮もまたこれを本当に尊い事だと推察するのです。(中略)あなたが女人の身でありながら、法華経を信仰し法華経の御命を継いでおられる事は、釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母の御命を継いでおられる事になるのです。この様な大きい功徳を持っている人は、世界中で他におられるでしょうか。
※日女御前の信心を賞讃されている事から、他の女性信徒と同様に、日女御前の成仏を約束されたものと拝される。


 

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